表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/34

32

 城の中は、すでに襲撃を受けたかのようにあちこちに無残な死体が転がっていた。俺に付いてきた部下や大帝国カリバヴィバルドの兵士は目の前の光景に動揺する。


「……っ! 殿下っ!」

「同じだ」


 イグリート卿の言葉にそう返し、俺は王の間に向かって死体が転がってる廊下を駆け出した。


「なぜ奴はこんな……理解に苦しみます……」


 背後からイグリート卿の困惑に満ちた声が聞こえる。イグリート卿たちには巻き戻る前の城内の惨状も全て話してある。


「ベルナルド・アレニウス・ウォーガンっ‼」


 不意に背後から名を呼ばれ振り返ると、金髪に深紅の瞳をした男が兵士を引き連れてこちらに向かってくる姿があった。


「殿下、私がここで食い止めます」

「頼む」


 イグリート卿と部下数名が立ち止まり、向かってくる敵に剣を構えた。


 目的の場所……王の間は扉がすでに破壊されていた。


「…………ッ‼」


 部屋に入った瞬間、肩に圧し掛かる目に見えぬ重圧。


「殿下っっ!」


 背後で仲間の苦し気な声が聞こえた。背後をチラリと見るとその場に膝をついている者もいた。


 再度正面を見ると薄暗い広間の中に佇む影………ルシウスがこちらに背を向けて立っていた。奴の周りに無数の死体が転がっている。


 ゆっくりとルシウスがこちらを振り返った。


「これはもう必要ない」


 そう言って手に持っていたソレ………この国の帝王の首を床に落とした。帝王の顔が恐怖に染まっているのが暗がりでも分かった。


 俺は小さく息を吐き出し剣を構える。ルシウスもゆっくりと剣を持ち直した。


「終わりにしようか、ルシウス」


 俺の言葉を皮切りに俺とルシウスの間に甲高い金属音と火花が散った。


(……本当は)


 本当は俺が彼の元へ駆けつけ彼の死を止めたかった。脳裏に浮かぶのは地面の上に横たわる息絶えた彼の姿。


 だが俺が対峙しなければならないのは目の前にいる。


「………ッッ!」


 ルシウスの剣先をギリギリのところで躱す。


(……やはりだ)


 巻き戻る前の奪還戦でルシウスと剣を交えた時は気づかなかった。


(奴の剣筋に感情が滲み出ている)


 奴が纏う鋭い空気も、肩に圧し掛かる重圧も、繰りだす迷いのない剣先も変わらないというのに。


 ヴァルトス国の城でルシウスと対峙した時、奴の動きはまるで感情のない人形そのものだった。だが今の彼は感情を持った……一人の人間のように感じた。


(しかし、だからと言って奴の狂気が弱まったわけではない)


 例え今までの経験を思い出したとしても、俺は奴を倒すことはできない。


(だから……)


 巻き戻る前の、あの瞬間がくるまで耐え凌ぐしかない。こちらからは攻撃をせず防御に徹していたが、奴のスピードに追いつけずほんの一瞬、隙が生じた。


「………ッッ!」


 ルシウスに一気に距離を詰められ俺は息を呑んだ。首を取られる。そう思った瞬間だった。


 ルシウスが動きを止め俺の背後を凝視した。


「にいさん……」


 ルシウスは笑みを浮かべそう呟くと、床を蹴って後ろに下がり俺から距離を取った。そして剣の刃を自分の首に当て……。


「もう必要ない」


 と、笑みを浮かべたまま自身の首を切り裂いた。


「………」


 首元を赤く染め糸が切れた操り人形のように床に崩れ落ちたルシウスルはそのまま動かなくなった。俺は詰めた息を吐き出しルシウスを見下ろした。奴の口元には笑みが刻まれたままだった。


(………巻き戻る前と違う)


 巻き戻る前もルシウスは俺の目の前で自決した。だが、その時の奴は笑みを浮かべていなかった。俺は後ろを振り返る。後ろには破壊された扉と戸惑う仲間の姿だけだった。突然自決したルシウスに困惑しているのだろう。ルシウスとの決着がどう転がるか分らなかったので、彼らには巻き戻る前のルシウスの最期を話してない。


「殿下っ!」


 イグリート卿が王の間に飛び込んできた。軍服のあちこちが切れており血が付いていたが怪我はないようだ。


「第三王子は?」

「この手で確かに」

「そうか……」


 外の喧騒も小さくなっている。イグリート卿が部下に「狼煙を」と指示を出す。俺は再びルシウスとそして転がっている帝王の首に視線を向けた。


 ルシウスが何を思って城の者を、自分の父親を殺したのかは分からない。


‟にいさん„


 そう言って笑ったルシウスはまるで少年のようだった。にいさんとはルシウスの実兄のことだろうか。だがルシウスは実兄を自ら手にかけたと聞く。


 「殿下」とイグリート卿が俺の傍にきた。


「第六王子殿下の元へ向かわせた者より報告が……」


 小さな声で伝えられた言葉に俺はイグリート卿越しに入り口のほうをちらりと見ると、全身黒ずくめの人間が一人立っていた。


「無事保護したと」


 その言葉に俺は安堵し「そうか」と答えた。「それから……」と続けられたイグリート卿の言葉に俺は瞳を揺らした。


 彼が自分の父親に会いたいと……。


 対面した彼は俺の記憶の中より幼かった。彼は自分の父親の首を高く掲げ狂ったように笑い……そして泣いた。


「ヴァルトス国の王よ。オルディウス帝国の王族は俺で最後だ」


 もう何も思い残すことはないという顔で笑う彼に俺は剣柄をぎゅっと握り締めた。


 ‟彼が死を望むならそれを受け入れる„


 だが俺が言う彼とは目の前にいる彼ではない。俺は剣を鞘に収め、彼の失った足に触れると彼は肩を跳ね上げ、酷く困惑した様子で俺のことを見た。


(どうかあなたが……)


 あなたが誰なのか思い出してほしい……。


 俺の手から黄金色の光が迸った。


*********************


 ベルム・アレニウス・ウォーガン。

 かの国の暴君を打ち倒し、増税に喘ぐ民を救った英雄。

 暴君によって崩壊しかけた国を立て直した賢王。

 歴史に刻まれた自分の姿に笑いが込み上げた。いや実際に笑っていた。


 俺は英雄でもなければ賢王でもない。

 虚勢を張っただけの心の弱い愚か者だ。

 心が弱かったばかりに、俺は愚かな願いを抱いてしまった。

 

 友が地獄を何度も味わう事も知らずに……。 

 

 

 俺はウォーガン公爵家の不義の子として生を受けた。父はウォーガン公爵家の嫡男で、母は公爵家の下働きだった。母は俺を生んだ後亡くなったと聞く。


 ウォーガン公爵家の当主であり俺にとって祖父となるその人は、赤子の俺を一族の末端にある未亡人の年老いた子爵夫人に預けた。


 公爵家にとって醜態でしかない俺が生かされたのは、消すには惜しいほどの膨大な魔力を持っていたからだ。


 夫と息子夫婦を病気で相次いで失い、小さな領地で一人余生を送っていた彼女は俺の存在に大いに戸惑ったことだろう。だが彼女は嫌な顔一つ見せず俺を育ててくれた。


 俺の容姿はウォーガン公爵家の特徴を色濃く受け継いでいたため、常に腕輪型の魔道具を付け本来の色を隠していた。魔道具は公爵家の当主から渡されたものだった。灰茶色の髪と灰色の瞳は彼女の夫とその息子の色だった。傍目からみれば、彼女が寂しさから夫と息子と同じ色の赤子を引き取ったように見えただろう。


 彼女……おばあ様は俺の出生のことについて包み隠さず話してくれた。俺がおばあ様に預けられた翌年、父は婚約者と結婚し、二人の間に男児が生まれたということも……。


 両親がいる異母兄弟が羨ましかった。なぜ父は自分に会いに来てくれないのかと泣いた夜もあった。


 成長するにつれて自分がウォーガン公爵家にとってどういう存在なのか理解するようになった。寂しさはあったが仕方がないのだと、不義の子といえどこうして何不自由なく生かしてくれてることを感謝しなければと自分を納得させた。


「おいでベルム」


 おばあ様は俺の手を引いて領地内にある森の中に入った。暫く歩くと寝台のような大きな岩がある少し開けた場所に着いた。


「ここには私が信仰している治癒の神様がいるの」


 ただ、その神はこの国が信仰してる治癒神ではないという。その神は赤茶色の長い髪を一つに結んで、髪と同じ色の瞳をしており移民のような恰好をしているという。


 その神は長年を掛けて痛み止めの薬草を各地に植え、その存在と効能を民に伝えまわっていたという。その痛み止めの薬草は俺もよく知っているものだった。

 

 その神様曰く、ずっとずっと昔は平民でも治癒魔法を簡単に受けることができていたが、次第に教会が治癒魔法を独占するようになり、治癒魔法を受ける費用も高額になっていったという。


 それを見かねたその神は治癒魔法に変わるものを広めようと考えた。だが効能が良すぎるとまた独占されかねないので、せいぜい痛みを和らげるぐらいの効能で雑草の如くどこにでも自生する薬草にしたという。


 薬草の存在がみんなに浸透した後も、その神は薬草の様子を時折見て回っていて、おばあ様はその時知り合ったという。


 わざわざ長年掛けなくても神様の力で一瞬でできるのでは? と疑問を口にすると、おばあ様も同じ事を神様に言ったそうだ。


「神様が地上で自分の力を大々的に使うことは禁じられているそうなの。……あと、自分の力を一人の人間に与えてしまうことも……」

「もしそれを破ったら……どうなるの?」

「天に……天に帰るための足を失う……と彼は言っていたわ」


 おばあ様はそっと岩を撫でた。


「ベルム。もしその神様と会っても内緒よ? あなたと私だけの秘密」


 口元に人差し指を当てて祖母は笑った。


 俺が十歳の時、おばあ様は肺を患い寝たきりの生活を余儀なくされた。日に日に弱っていくおばあ様。俺は毎日のようにあの岩の所に行って神様に願った。おばあ様を助けてくださいと。


「迷子?」


 そして俺の前に彼が現れた。


 おばあ様から聞いていた姿と似ていたが、不法移民かもしれないと最初は警戒した。でも彼は本当に神様だった。簡単に信じるなと彼に言われたが、その時の俺はおばあ様を失う恐怖でいっぱいで、なんでもいいから何かに縋りたかった。


 おばあ様は彼からの施しを拒否し、俺の行く末を見守ってほしいと、できるのなら俺の傍にいてほしいと願った。


 彼が去った後、おばあ様は俺の手を握った。おばあ様の指は小枝の様に細かった。


「この屋敷は残して下さるよう公爵様にお願いしてるの。いつでもここに来なさい。あの場所に彼はいるわ」

「おばあ様……」

「ベルム。彼は私にとって良き友人だったわ。きっとあなたにとっても良き友人となるわ。………そして彼はあなたと私の唯一の神様よ」


 数日後、おばあ様は静かに息を引き取った。おばあ様の葬儀はウォーガン公爵家が取り計らいひっそりと行われ、俺は王都にあるウォーガン公爵家に住まいを移すことになった。ただ新たな住まいは本館ではなく別館だった。別館には身の回りの世話をしてくれる老年の侍女が二人だけで、その二人とも必要最小限のこと以外顔を合わせることはなかった。


 俺は高位貴族としての教育と自分の立場というものを叩き込まれた。


 卑しい血を持つ公爵家の汚点。公爵家の温情で生かされていること。当主に決して逆らうな。異母弟の上に立とうと思うなと。


 教育者たちの吐く言葉は俺の心を蝕み、毒のように身体中に広がっていった。今思えばあれは明確な悪意だった。自分が公爵家にとって歓迎できない存在だということはとうに知っている。でもそのことを告げるおばあ様の言葉に悪意などなかった。


(おばあ様……)


 どんなに願ってもおばあ様にはもう会えない。ここにはおばあ様を知る人はいない。おばあ様のことを良く知っているのは……あの神様だけ。


(会って、おばあ様の話をしたい)


 たった一度しか会わず、碌な会話もしたことないのに。彼に会いたいとそう願ってしまうほど俺の心は……弱っていた。


 学園に入学した俺は寄宿舎に入った。学園では「卑しい子」と影口を叩かれたりしたが理解してくれる友人も少なからずいたため、別館にいるときよりも息がしやすかった。


 長期休暇はおばあ様の家で過ごした。そのことに関してウォーガン公爵家の当主である祖父は何も言わなかった。数人の護衛は付けられたが、彼らが森の中まで付いてくる様子はなかった。祖父に何か言われているのだろうか。だがそのお陰で一人で彼に会いに行けた。


 彼は俺に「護衛を付けろ」と何度も言ってきたが最後は諦めて何も言わなくなった。ただ森の入り口近くまで俺を送ってくれた。彼は当たり前のように俺の手を握ってくれてそれが嬉しかった。


 彼は俺のことを見て、俺に笑いかけてくれて、俺の話に耳を傾けてくれる。いつしか彼の存在が俺の心の拠り所になっていた。……いや、寂しさと愛情に飢えていた俺は彼という存在に縋っていた。


 それが良くなった。もっと……もっと早く彼を解放すべきだった。自分はもう大丈夫だと言うべきだった。俺の心が弱かったばかりに彼に残酷な決断をさせてしまった。


 見上げた先にある壁画には新たな治癒神から黄金色の治癒魔法を授かるヴァルトス国の王の姿が描かれている。


 壁画に描かれた美しい姿をした治癒神。だが、俺の脳裏に浮かぶのは木漏れ日のような温かさを持った素朴な姿をした彼の姿だ。


『生きろ』


 涙が頬をつたう。


「ヒリス……」


 俺が彼に与えた……二人だけの秘密の名前。


「ヒリス、ヒリス、ヒリス………ッッ!」


 ……ああ、お願いです。どうか、どうか。もう一度彼に会わせてください。




 黄金色の光が徐々に消え去り、闇夜が再び辺りに落ちた。


「ベルム……」


 彼の手が俺の頬に触れ、小さく俺の名を呼んだ。


「ベルム」


 彼の優しい声音に俺はくしゃりと顔を歪め彼の額に自分の額をそっと重ねた。


「会えることをずっと願っていた……俺の友であり、俺の唯一の神………ヒリス」

「……ッ!」


 縋るように俺に抱き着いてきた彼の小さな身体をただただ抱きしめた。


「彼を連れて帰る」


 気を失った第六王子殿下を横抱きにして、そう静かに告げる殿下の表情は酷く穏やかだった。まるで母に会えた子のような……そんな表情だった。


 私はカッセル卿と数名の部下を殿下に付け、残りの部下と大帝国カリバヴィバルドの兵士たちで城の内部……他の王族たちを探した。


 その結果として王族……第一王妃と第二王妃、そして第五王子殿下であり唯一の王女が各々の自室で殺害されていた。恐らくルシウス王太子殿下だろう。そして第三王妃は王族が眠る墓地で見つかった。第三王妃はある王の墓に覆いかぶさるよう姿で事切れていた。殺害された痕跡はなく毒物による自殺と結論付けた。





 しかし、城の中をどんなにくまなく探しても第四王子殿下の遺体だけは見つからなかった。






*********************





 崖の上から遠くに見える赤黒い煙をあげる城を見つめる人影が一つあった。


「落ちそうで落ちないもんだなぁ。つまんなっ」


 影は肩を竦め、懐からロケットペンダントを取り出した。ペンダントの蓋を開けると中に紐で括られた赤茶色の髪が入っていた。それを指で摘まむと影はなんの躊躇もなく飲み込んだ。


 ごくりと喉が鳴る。


「まぁ、丁度飽きてきたところだったし」


 そう言って影はペンダントに嵌められた藍色のドレスに身を包んだ赤茶色の髪と瞳をした青年の絵姿を見下ろした。


「さぁて、今度はどこにいこうかぁ」


 ペンダントの蓋を閉めた影は満月を見上げエメラルドの瞳を愉快そうに歪めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ