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 一体、一体何が起きているんだ?

 目の前の光景に動揺を隠せなかった。

 奇襲を受けた我々は部下を引き連れ押し寄せる敵軍と対峙した。


「………ッ! どうなっている?!」


 斬りつけたはずの敵兵が倒れない。

 首や腕を落とされたり、心臓を突かれた者はその場に倒れこんだが、それ以外の傷は金色の粒子が覆い瞬く間に治していった。

 その光景はまるで黄金の粒子を纏った半不死身の兵士のように見えた。


(ありえないっ!)


 あきらかに私の知っている治癒魔法ではない。


(一体どんな細工をしたんだっ!)


 不意に敵兵の中に混じって見覚えのある軍服が目に入った。


(あれは、ヴァルトス国の……っ!)


 その中に一際目立つ存在がいた。

 ベルナルド・アレニウス・ウォーガン。

 彼は自分の部下数名と兵士を引き連れ、ある方向へ一直線に向かっていった。


(……ッッ! あの方向はっ!)


 私は近くにいた部下たちに着いてくるよう指示を出し、彼の後を追った。





*********************





「あー、上手くいってるようだ」


 遠くからでもはっきりと分かる黄金の粒子。ヴァルトス国の皇子に頼まれ作ったブレスレット型の魔道具がきちんと作動しているようだ。


 この奪還戦に参加した兵士全員のブレスレットに埋め込まれた魔石と、皇子のブレスレットに埋め込まれた魔石は繋がっており、兵士が怪我を負った場合、皇子の治癒魔法がブレスレットに埋め込まれた魔石を通して兵士のブレスレットに埋め込まれた魔石へ自動的に流れ込み怪我を治すようになっている。いわば遠隔操作による治療だ。但し、腕や足を切り落とされたり、心臓を刺されるなど、深い致命傷は治すことはできない。


(失った腕や足は皇子に直接治してもらうしかない)


 流石に首や心臓を失った者を治すことは皇子でも不可能らしい。


(……にしても、あれだけの人数の治癒を賄うだけの魔力量を保持しているなんてね)


 ほんと化け物だ。


 底知れぬ魔力量を保持し、傷を完治させても自然治癒力を衰えさせる危険性もなく、……そして宗教関係なく治すことができるからこそなせる業だ


 これを普通の治癒魔法を扱う者が使うのはほぼ不可能だろう。


(念のため魔石には治癒の効力は一夜限りであり、終わり次第効力を破棄する術式を組み込んである)


 最初、兵士たちは戸惑った。そんなことができるのかと。いや、そもそもこの行為は治癒神に対する冒涜ではないかと。


『私にこの力を与えてくれた神は言った。この戦いに力を貸してくれる勇敢な戦士たちが一人でも多く故郷へ戻ることを……そなたたちが信じる神の元へ帰すためならこの力を使うことを惜しまないと』


 皇子の言葉を信じるのは難しいだろうが、故郷へ帰れる希望が少しでもあるのならそれに縋りたいものだ。


(私が実践して見せたから、多少は信じただろうけど……)


 そもそも治癒神が自分の信仰者以外の者に慈悲は与えない。と言ったのは宗教の連中だ。そして長年かけて洗脳されていった人々は他宗教の治癒魔法を無意識に拒むようになった。


(……かつて)


 私の国にもいた聖女は移民だった故、信仰する神が違っていたが他宗教の者にも治癒魔法を使うことはできた。


(だが、その事実を知っているの者は私以外もういない……)


 聖女が移民だったこと。信仰する神が違ったことを神殿は隠蔽し、あたかも自分たちが信仰する治癒神が信仰深く清らかな心を持った彼女に力を与えたと伝え残した。


「この件に関して神殿は黙っていないだろうな……」


 神殿はまだ知らない。確実に面倒事が起きるだろうがその辺は王様に任せよう。


「皇子も……いや、彼もなりふり構っていられないのだろう……」


 爆発音と共に煙がまた一つ闇夜に立ち昇った。



*********************



 静寂の夜を突如壊した破壊音。

 それが何を意味するか理解した私は、動揺し悲鳴を上げる城の者たちを尻目にある場所へと向かった。


(ヒリス・バスチアン・セルヴォス……)


 主からヴァルトス国の皇子を救出する際、一緒に連れ出すよう言われていた人物だ。だが、この城に潜り込んだものの第六王子に接触するどころか、部屋に近づくことすらできなかった。


 第六王子の離宮には護衛どころか周辺を警備する兵士すらいなかった。だというのに何かに憚れているかのように離宮に近づこうとすると底知れぬ恐怖に襲われた。何度試しても同じ結果だった。しかし、特定の侍女や第三王子はなんの問題もなく離宮に出入りしている姿をよく見る。まるで徹底された管理下に置かれた檻のように感じられた。


(そこまでするほど、第六王子に何かがあるというのか?)


 第六王子についてそれとなく周りに聞くと、過去に第六王子の毒殺未遂があったこと。その時王太子が取った行動。………結果として第六王子が王太子の逆鱗だと囁かれているということを知った。

 私は第六王子の現状、そして接触が難しいことを主に伝えようとした。


 その矢先だった。


 あの青い目をした眼球が二つ浮かんだガラス瓶と……二枚の手紙が私の元に届いたのは。


 あのガラス瓶と共に二枚の紙を主に渡して以来、主から連絡は途絶えた。オルディウス帝国はこちらの行動を把握していたのだ。


 我々に指示をだしていた主が誰なのか相手に知られている以上、ここを立ち去ることは出来ない。私たちは人質となったのだ。


 しかし、私たちが捕まることはなかった。あえて泳がしているのだろうか。下手に動くこともできず緊張が高まる中、王太子であるルシウスが第六王子の両足首を切り落とす事件が起きた。


『第六王子殿下は王太子殿下の逆鱗だったはずでは?』

『王太子殿下を怒らしたのでは?』

『二人の間に何があった?』


 そのような声が城中で飛び交ったが、誰一人王太子に聞く者はいなかった。

 自ら歩くことが出来なくなった第六王子は車椅子を余儀なくされ、そして住まいを離宮から王太子の部屋へと移された。王太子のその行動に周りは困惑した。


 それらか約半年後、ヴァルトス国の皇子が忽然と姿を消した。皇子自ら脱走したのか、それとも誰かが手引きしたのか、生死はどうなっているのか情報が全く得られなかった。


 皇子が姿を消して約一年半後。


 王太子が成人を迎えた第六王子を自分の妃にした。

 その話を聞いた時、私は自分の耳を疑った。半分血の繋がった弟を自分の妻にするなんて……どう考えても狂っているとしか言いようがない。それを認めた帝王も帝王だ。


(気持ち悪い……)


 第六王子も望んだことなのだろうか……私には分からない。


(分からないが、私は主の命令を遂行するだけ)


 三階へと駆け上がる。王太子は帝王の執務室にいるはず。なら今あの部屋にいるのは第六王子だけだ。離宮で感じたあの気持ち悪さを懸念したが、一切それはなくすんなりと目的地にたどり着いた。


「………ッッ!」


 王太子の部屋であろう扉のドアノブに手を掛けたが、ドアノブが微動だにしなかった。


「第六王子ッ! おられますよね⁉ 襲撃ですっ! ここを開けてください!」


 私は扉を叩き叫んだが、中から応える気配がしない。


「……ッ!」


 バルコニーから行くしかないと考えた私は、隣の部屋へ入ろうと扉に手を伸ばした。………が、その扉も開かなかった。隣の部屋だけではない。この階すべての部屋の扉、そして廊下のガラス窓すべてがビクともしなかった。


(まさかっ! 魔術っ⁉)


 この現状はどう考えてもそれとしか言いようがなかった。私は踵を返し二階へと下りた。廊下には慌てふためく使用人たちと指示を出している兵士たちが入り乱れていた。爆発音が聞こえる度に床が揺れる。


(! ここからならっ!)


 私は近くにあった部屋の扉を押すと抵抗なく開いた。二階にはバルコニーがないので、ガラス窓を突き破り、スカートの下に隠し持っていた鉤縄を使って三階のバルコニーへ移動した。第六王子がいる部屋はここから四つ目の筈だ。


「……ッ⁉」


 そのバルコニーで女の首を掴み殺そうとする男の姿と、それに抵抗する女の姿があった。


 一瞬助けるかどうか迷ったが、場所が場所だ。私は鉤縄で更に屋根に登った。そのままバルコニーを渡ってそこに向かえば男に気付かれる。鉤縄を回収する暇などなく、太腿に括り付けていた小型のナイフを手に取り彼らの元へ一直線に走っていった。屋根の傾斜に何度も滑り落ちそうになった。


 そして屋根から飛び降り、男の首にナイフで突き刺した。振り返った男の緑色の目と目が合う。私は素早く女の手を掴み自分の後ろのほうへ引き寄せた。女が床に倒れ込んだ時、ドレスの裾から足首を失った足が見えた。


(まさか……)


 動揺した私の耳元に「ふはっ」と息の抜けるような笑い声が届いた。そちらに目を向ければ首元を赤く染めた男……いや、第四王子セザールが「こうくるとはな」と愉快だとばかりに笑った。


(なぜ……)


 なぜこの男は笑っているんだ。


「ここで助けても……無駄だ……そいつはここで死ぬ。ごほっ……そいつの魂はこの地に……縛られ……あ゛?」


 不意に第四王子の言葉が途切れた。彼は肩越しに振り返り、何かを見たのか目を見開き……そして、そのまま手すりの向こうへ姿を消した。


 彼は暗闇の中で何を見たのだろうか?


(いや、今はそれよりも……)


 私は手すりの隙間から下を覗き込んでいる、肩より伸びた赤茶色の髪に藍色のドレスを着た……その歪な後ろ姿に小さく息を吐き、スカートで血を拭い取ったナイフを仕舞い、傍らに膝をついた。手すりを掴んでいる左手の薬指に飾り気のない銀色の指輪が嵌められている。


「……第六王子殿下ですね?」


 私の言葉にびくりと肩を跳ね上げ、恐る恐る私の方を振り返る。乱れた髪の下からまだあどけなさを残した少年の顔が覗いた。




*********************





「だ、れ……?」


 俺を見る彼女の無感情な目に声が震えた。先ほど見た彼女の動きは明らかに侍女のそれではない。手のひらに汗が滲む。


「あなたをここから連れ出すよう命令を受けた者です」


 俺の怯えが顔に出ていたのだろう。彼女は感情の籠らない声でそう言った。


「つれ……だす?」


 一体誰が? と問うとしたら先ほどとは比較にならないほどの大きな爆発音と共に床が揺れた。


「……ッ!」

「説明は後ですッ! ここから離れなくては ……ッ! 扉っ!」


 彼女は扉のほうへ駆けていくと力任せに扉を開けた。勢いよく開けたせいで彼女はバランスを崩しかけた。彼女は廊下を見た後、俺の元に駆け戻ってきた。


「行きましょう」

「待って! 俺っ……!」

「話は後です!」


 彼女は俺の言葉を遮り半ば無理やり俺を車椅子に乗せ部屋から出ようとした……その時。


 全身黒づくめの人間たちが部屋に入ってきた。口元を布で覆い、顔をフードで隠した彼らの手には赤く染まった剣が握られていた。


「……ッッ!」


 息がヒュッとなった。オルディウス帝国の兵士や騎士じゃない。彼女がすっと俺の横に立った。


「第六王子殿下です」


 彼女の言葉に彼らがちらっと互いに顔を見合わせる仕草を見せたかと思うと、すっと横にずれ彼らの後ろから白と青を基調とした軍服に身を包んだ二人の青年が姿を現した。


「ヴァルトス国……」


 俺は無意識に呟いた。彼らは俺の姿に微かに目を見開いたが、直ぐに表情を引き締めた。


「私はヴァルトス国の騎士、ライナウト・カッセル。第六王子殿下ですか?」

「………は、はい……」


 声が緊張で掠れた。


「ヴァルトス国の皇太子殿下と皇女殿下があなた様をここから連れ出すよう命令を受けております」

「え?」


 皇太子殿下と皇女殿下? ……つまりベルナルドと妹であるフィーネが? なんで?


「説明は後程。ご同行願います」


 俺に拒否権なんてない。彼は「失礼」と俺を抱き上げると、「援護を頼む」と黒ずくめの彼らに言った。そして中央階段ではなく、使用人たちが使っている階段のほうへ向かった。彼らはこの階段を使ってここに来たようだった。


 狭い階段を下りている最中オルディウス帝国の兵士と鉢合わせすることもなく、すんなりと一階へ辿り着くことができた。途中彼らが登ってくる際に殺したオルディウス帝国の兵士の死体が見え、その生々しさに何度も吐き気が込み上げた。


「どこかに身を隠せるような場所はあるか?」

「こち……」

「待って」


 案内をしようとした彼女の言葉を俺は遮った。ライナウト・カッセルが怪訝な顔で俺を見る。その鋭い眼差しに俺は一瞬言葉を詰まらせた。


「……お、お願いが……一つあります。あとはどんな命令でも従います。だからどうか……一つだけ」


 緊張で震えている手を握り締めた。


(今……)


 今ここで言わなければ……俺の願いが叶わない気がした。


「どうか……最後に……父に……父に会わせてください」


 不意に空に青い狼煙のようなものが上がり破裂した。


 



*********************





 あの力を覚醒させてから殿下の纏う空気が変わった。


 以前の殿下は心の病を患いながらもそれを決して顔に出さず皇族として立ち振る舞うそのお姿は、どこか不安定で危うさを感じていた。


 だが今の殿下からはそれらを一切感じさせず堂々としており、まるで今は亡き皇帝によく似た………いや、それ以上に感じさせる威厳があった。


(これも記憶があるからこそなのだろうか……)


 殿下には同じ人生を一度歩んだ記憶がある。殿下だけではなく皇女殿下もその記憶をお持ちだという。………そしてオルデウス帝国の第四王子殿下にも。


 殿下からそのお話を聞かされた時、私は動揺を隠せなかった。

 そのようなことがあるのかと。


 しかし、皇女殿下は一度もお会いしたこともなければ、存在すら知られていない第六王子殿下の名を口にした。記憶がなければまず出てこない。


 大帝国カリバヴィバルドの魔導師殿は「それを可能にし、実行した者がいる」と仰った。お二人でなければ、残りは同じく記憶を持つ第四王子殿下のみ。


 とても信じがたいことだが、このような状況下で殿下たちが悪戯に嘘をつくのだろうか? どうみてもデメリットでしかない。

 殿下は無理に信じる必要はないと仰ったが私は殿下を信じることにした。


「ヒリス・バスチアン・セルヴォスの保護を頼みたい」


 殿下は私にそう言った。殿下だけではない。皇女殿下も「どうかお願いします」と頭を下げてきて私は大いに戸惑った。正直なところ殿下にとって命の恩人であろうが、我が国を滅ぼした王族の一人だ。私にとって複雑な気持ちだった。


 対面した第六王子殿下はとても小さく非力な人間のように見えた。実際抱き上げた身体は細くとても軽かった。彼は抵抗する様子もなく無言だった。いや、抵抗するだけ無駄だと思ったのかもしれない。


 そして「父に会いたいと」と告げた第六王子の言葉に示し合わせたかのように、夜空に一つの狼煙が上がった。

 それは落城の………オルディウス帝国の王の死を意味していた。


(余りにも……)


 余りにも呆気なくこの奪還戦は終わった。それでも命を落とした者はいる。生まれ故郷へ帰し丁寧に埋葬しなければならない。


 殿下の居場所は分かっている。殿下は城に攻め込むと一直線にそこへ向かった。本当ならば私も同行したかったがそれは叶わず、ずっと殿下の身を案じていた。だから青い狼煙が上がった時、私は心の底から安堵の息を吐き出した。赤い狼煙であれば殿下の死を意味していたからだ。


 月明りのみの暗闇の中、死体が横たわる廊下を歩く。周辺の警戒は決して怠らない。途中大帝国カリバヴィバルドの兵士たちと会うと、私が抱いてる第六王子の歪な姿に怪訝な表情を浮かべた。


 殿下から話を聞いていた私の仲間たちは知っていてもいざその姿を目の当たりにすると目を見張った。とそれと同時に複雑な表情を浮かべた。彼らも私と同じでオルディウス帝国の王族に恨みを抱ている。


 第六王子殿下は自分に向けられた眼差しに気付いたのか、それとも目の前に広がる死屍累々の光景に恐怖したのか、顔を青くさせたままだったがそれでも決して俯かず真っ直ぐと前を見据えていた。


『殿下は第六王子殿下をお救いしたいと仰いますが、 自ら命を絶ったお方ですよね?』


 副団長の言葉が脳裏に浮かぶ。


『………俺は彼に生きてほしいと思っている。………だが彼が………死を望むのなら………それを受け入れる』


 苦痛の表情を浮かべながら殿下は静かにそう言った。『できるのなら』と殿下は言葉を続けた。


『できるのなら……彼と言葉を交わしたい……』


 破壊された扉の向こうにある大広間はかつて繁栄と威厳に満ちた空間だったろうが、今や見る影もない。

 その中に静かに佇む殿下の後ろ姿があった。

 殿下がゆっくりとこちらを振り返る。


 殿下のサファイアの瞳が真っ直ぐと第六王子殿下を捉えた。


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