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 目元を何度拭っても、溢れ出す涙が止まらない。目の前のベッドにはお兄様が静かに横たわっていた。


(どうして……)


 私は痩せて細くなってしまったお兄様の手を優しく握った。わずかに感じる温もりにお兄様がちゃんと生きていることを実感する一方で、こうして触れないと生きているかどうか分からないほど、今のお兄様は死人のように見えた。


(どうして……)


 お兄様とイグリート卿たちが無事戻ってきたと知らされた時は、心の底から安堵したのと同時にこれから目にする光景に身体が震えた。


 一度目の人生の時、お兄様は酷いお姿で戻ってきた。だから私は覚悟をした。お兄様に治癒魔法を使うことができるのは私だけだったから。


 覚悟していたのに……。


「こんな…っ、こんなの………あんまり……です」


 私は嗚咽を漏らした。お兄様の目元に巻かれた包帯。その包帯の下には惨すぎる傷が刻まれていた。傷の余りの生々しさに私はその場で気を失い、気づいたときにはベッドの中にいた。

 あれからずっとお兄様のお顔が脳裏から離れられず何度も嘔吐し、まともに食事を摂ることもできなくなってしまった。

 こうして再びお兄様と対面したのは、あれから一週間後のこと。


(どうして……)


 一度目の人生の時にはこんな傷はなかった。そもそもお兄様の救出時点から一度目の人生と違っていた。


(……私のせいなの?)


 私が一度目の人生を思い出したから? 勝手な行動をしたから?


(………分からない)


 神様はどうして私に記憶を思い出させたの? お兄様を早く助けるためじゃなかったの? 本当はどうすればよかったの?


「………皇女殿下」


 私を呼ぶ声に後ろを振り返るとイグリート卿の部下であるカッセル卿が、苦しそうな表情で私を見下ろしていた。


「退室……いたしますか?」


 カッセル卿の言葉に私は首を横に振った。私がここに来たのは一刻も早くお兄様を治すため。だけど一人でお兄様に会う勇気がなくて、私を護衛してくれているカッセル卿に付き添いを頼んだのだ。

 カッセル卿はきっとお兄様を目の前にして打ちひしがれている私を心配してそう言ったのだろう。


(……今は、お兄様を治すのが先……)


 一度目の人生の時、お兄様の余りにも酷いお姿に私は暫くの間、お兄様にお会いすることができなかった。イグリート卿に私の力が必要だと何度も懇願され、恐怖の中お兄様と対面した。

 お兄様を治療する間、何度も心が折れた。耐えられず部屋から飛び出したこともあった。

 お兄様の痛々しい姿を見るのが本当に辛かった。

 本当に辛かったのはお兄様のほうだというのに……。


(私は箱の中で大切に大切に育てられたお姫様だったのね……)


 両親を恨むなんてお門違い。外のことを知ろうとしなかった私の罪。今さら後悔しても遅い。


(過去を嘆いてはダメ。今は一刻も早くお兄様から苦痛を取り除いて差し上げなければ……)


 悲観してる暇なんてないの。と私は目元を強く擦り深呼吸をした。部屋の中に充満した薬品の匂いが肺を満たす。私がここに来るまで侍医の方が、お兄様を手当てしてくれたのだろう。


(後でお礼を言わなくちゃ……)


 私は祈りを捧げるように胸元で両手を握り、目を瞑った。




*********************




 皇女殿下が祈るような姿をとって暫くすると、殿下の身体が淡い光に包まれた。


(皇女殿下がご無理なさらないよう注意しなければ……)


 俺は後ろに組んだ手を握りしめ、皇女殿下の魔力を注視した。

 魔力は感情に左右されやすいゆえ、貴族は幼少期から感情のコントロールを徹底的に叩き込まれた。


 自分の力を過信せず、常に冷静にあれと。


 感情任せに魔力を使えば一瞬で底をつくし、下手すれば命を失いかねない。

 実際魔力を暴走させ自ら命を失った者や、命はあったものの魔力が完全に枯渇し二度と魔法を使えなくなった者がいる。


(皇女殿下は今、情緒不安定でおられる)


 殿下の痛ましいお姿にショックを受け、食事もまともに受け付けつけることもできず、憔悴していくお姿は見ていて胸を締め付けられた。

 副団長は皇女殿下の心が落ち着くまで、殿下の治療は侍医に任せることにしたと我々に告げた。


(無理もない……)


 魔獣討伐などで悲惨な光景を散々見てきた我々と違って、皇女殿下はそういった光景を一度も見たことがないのだ。オルディウス帝国に攻め込まれた際も、いち早く非難させたから悲惨な光景を目にすることはなかった。


(初めて見たのが自分の兄となれば……)


 皇女殿下の絶望は計り知れない。


(……正直、殿下にお会いするのはもっと先だと思っていた)


 殿下にお会いすると告げた皇女殿下は今にも倒れそうなほど顔を真っ青にさせていた。本当は止めるべきだったが、皇女殿下の瞳には「自分のするべきことをする」という強い意志が宿っていた。


 皇女殿下の魔力が微かに揺らめいた。


「皇女殿下」


 そっと呼びかけると殿下を包んでいた淡い光が消え、皇女殿下は胸の前で組んでいた手を下ろし疲労に染まった息を吐き出した。


「………お兄様、また来ます」


 皇女殿下は殿下の手を握った。寝巻きで見えないが殿下の身体にはまだ暴行の痕がありありと残っているだろう。


 治療魔法で傷や病を完全に治してはならない。


(治癒魔法を扱う者はこの掟を決して破ってはいけない)


 治癒魔法は傷や病を一瞬で治すことはできる。だが、その反対に本来持っている自然治癒力を衰えさせるのだ。

 免疫機能が低下し自己回復が遅くなった者は次第に治癒魔法に依存するようになる。……そして最後は酷い魔力中毒を引き起こし命を落とすのだ。


(治癒魔法はあくまでも自然治癒力を補助するもの……)


 なので様子を見ながら少しずつ治癒魔法をかけていく。


 「カッセル卿、腕を借りても?」と俺のほうを見上げてきた。皇女殿下の顔色は一層悪く、額に脂汗が浮かんでいた。


 精神が不安定な中、必死に感情をコントロールしたのだろう……。


(感情のコントロールは体力を使う)


 弱り切ったお身体ではご負担も相当大きかっただったろう。俺は自分の腕に半ば掴まる形で手を置き、おぼつかない足取りで歩く皇女殿下を支えながら、殿下の部屋を後にした。



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