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 手のひらについた一筋の赤い線をじっと見下ろす。

 

「そこで何をしている」


 顔をあげると車椅子に乗ったその人がいた。その人は男なのになぜか女の格好をしていた。

 目が合うとその人は赤茶色の瞳を見開いた。


「手を怪我しているじゃないか」


 その人は車椅子を押してこっちに来ると手に触れてきた。


「すぐに侍医のところに行くんだ」


 首を横に振るとその人は怪訝な顔を浮かべた。


「怪我をしているんだぞ? 今すぐ行くんだ」


 また首を横に振ると、その人は「なぜ?」と聞いてきた。


「必要ないから」

「必要ない?」

「母がそう言った。だから必要ない」


 その人は目を見開き、そして俯いた。


「………おいで、俺が手当てするから」

「? 必要ないのに?」

「俺がしたいんだよ」

「?」


 その人の言葉の意味がわからない。その人に「こっち」と手招きされ着いていった。なぜその人に着いていこうと思ったのか自分でも分からなかった。


「塗り薬と乾燥させた痛み止めの薬草だ。あげる」


 招かれた部屋の中で手に巻かれた包帯を見下ろしていると、その人が小瓶と小さな袋を渡してきた。


「………離宮には行くなと言われてないのか?」


 その人が薬箱の蓋を閉じながら聞いてきた。首を振ると「なら」とその人は口を開いた。


「なぜここに来た?」

「面白いものがあるって言われたから」

「誰に言われた?」

「………」


 口を閉ざすとその人は小さく息をついた。 


「ここにはもう来るな。いいな?」

「どうして?」

「どうしてもだ。ほら、見つかる前に早く行きな」


 その人に追い出されるように離宮を離れた。


 そして後で知った。

 あの人が兄であること。





*********************


 時は遡り。


 夜に灯る小さな明かりに、開け放たれた窓から色めく女たちの声と喧噪の音が聞こえてくる。蝋燭だけの薄暗い部屋で寝床に横たわっていると、扉をノックする音が聞こえた。「誰だ」と聞く前に扉が開き一人の女が入ってきた。


 褐色の肌に黒髪に黒い瞳をした女は豊満な身体に緩やかな服を身に纏っており、その姿はあからさまに男を誘っているとしか言えなかった。


 いや実際、女は男を相手に商売をしており、この娼館の主をやっている。

 四十間近とはいえ、その成熟した妖艶な姿に熱を上げる男が後を絶たない。


 ………まあ、娼館の主は表向きの顔なわけだが。


 女は俺の元までやってくると寝台に腰掛け俺を見下ろしてきた。


「商売のほうはどうだい?」

「今の所は順調……といったところか?」

「それは良かった。お隣の国が滅んじまったせいで、魔石の物価が上がっちまってね」


 魔石ランプの使用は控えてこうして蝋燭を使っているのさ、と女はため息をついた。


「まあ、あたしらはそこまで魔石に依存した生活をしていないからまだいいさ。だけどお偉いさんたちは違う。頭を抱えちまってね」

「お隣に依存しきっていただろうからな」


 旧ヴァルトス国の隣接しているこの国……ルアム国は痩せた土地の上、これといった産業もなく、魔石も取れない。ヴァルトス国からの支援のお陰で今まで国としてやってこれていた。


 ……だがその唯一の頼みの綱が消えてしまった。


(難民としてどこかの国に流れ込んでいくのも、もはや時間の問題……)


 ヴァルトス国の支援金を懐なんか入れずに、国の発展に費やせば少しは慌てる必要などなかったものの……。


「ふふ。お偉いさんたちはあの国にすり寄っているだろうけど、なんの旨味もないこの国を果たして向こうは受けれてくれるかどうか……」


 ルアム国だけはない。ヴァルトス国周辺諸国の殆どがそうだろう。他の諸国もヴァルトス国の魔石に依存していた。それほどヴァルトス国から採れる魔石の量は桁違いで、その上純度も高い。それだけで国が成り立ってたとしてもおかしくはない。


(有り余る富は思考を放棄させるというが……)


 ヴァルトス国は魔石で得た金を全て民の生活向上とさまざまな分野の産業の発展に注いだ。


(魔石だって永遠に取れるわけじゃない)


 魔石採掘に頼り切ったせいで滅んだ国は過去にいくつもある。ヴァルトス国も将来そうなることを見越して他の産業に力を入れていたのだろう。


 ヴァルトス国の王族は代々貪欲とは無縁の…寧ろ潔癖過ぎるほどの聖人だと噂されていた。


(初めて聞いた時は思わず鼻で笑ってしまったが……)


 脳裏に浮かぶ銀色の絹糸のような髪に、宝石のような美しいサファイアの瞳を持つ少女。


 彼女は華美な装飾を好まず、宝石より野花を愛でた。皇女という威厳を保ちつつ、だが身分に関係なく丁寧に接する彼女をいつしか王宮の者たちは「聖女様」と呼ぶようになり、今では彼女の悲しみに満ちた心を癒そうとあれこれと考えている始末だ。


 そう思ってしまうのも無理はない。彼女は今、毎日自分の故郷のほうを向いて長い祈りを捧げているのだ。

 守ることのできなかった民たちと勇敢に戦った者たち、そして最後まで諦めなかった両親のために……。

 その姿に心打たれない者は居ないだろう。俺もその一人だ。


(フィーネ嬢のためにも彼女の兄を生きて助け出さなければ……)


 だが、焦りは禁物だ。


「…… ふふ、今回の商売は好いた子のためってわけね?」


 女の言葉に俺は思考を現実に戻し目を瞬いた。


「道理でうちの子たちを買わなかったわけだ」


 女はくすくす笑って立ち上がった。


「あんたの商売柄、これからもよろしくと言いたいとろこだけど、……余りその子を悲しませちゃいけないよ?」


 女はひらひらと手を振って部屋を出て行った。俺は唖然と閉じられた扉を見つめた。


「………そんなに顔に出ていたのか?」

 

それとも女の勘ってやつなのか……。


「参ったなぁ……」


 どうやら自分で思っている以上に彼女に惚れこんでいるようだ。俺は深いため息をついて上半身を起こした。


(今後も裏の仕事はさせられるだろうし……)


 兄が表を、弟の俺が裏を……。俺の国の王族は代々そうやってきた。そのことをフィーネ嬢が知ったらどう思うだろう。


 俺はもう一度ため息をついた。…と、不意に扉を小さく叩く音が聞こえた。油断していた俺は跳ね上がった心臓を押さえつけ平静を装いながら「誰だ?」と声を掛けると、小さな声で「マリーです」と女の声が返ってきた。「入れ」と言うと扉が開きマントに身を包んだ小柄な女が姿を現した。女は俺の傍まで来ると片膝をついた。


 この女はフィーネ嬢の兄であるベルナルドを救出するために、オルディウス帝国の僻地にある、とある男爵の本当の娘と入れ替わり、下級侍女として城に忍ばせた者だ。男爵にある程度金を握らせてやると男爵は喜んで承諾してくれた。

 

 男爵が喜んで承諾した理由は簡単だ。帝王の子どもの一人が暴力的でいつも侍女に手を上げ、挙句の果てには殺してるという噂がある。……殺しているというのは噂に尾ひれがついたものだろうが。男爵としては行儀見習いといえ、大切な娘をそんな場所に送り出したくなかっただろう。


 なお、娘の身元証明人である伯爵には後ろめたい事がいくつもあり、それを利用して脅しをかけた。気の小さい男は扱いやすくて助かる。


 男爵のような貴族は他にもいた。その貴族を見つけ出し背格好の似た者を本物として送り出した。他にも色々な職種に忍ばせた。


「荷物に何か不備でもあったのか?」


 気のせいか? 心なしか女の顔色が悪い。


「……いえ。ただあるお客様からこうのような要望が……」


 女は震える手で二つ折りになった小さな紙切れを俺に渡してきた。それを受け取り紙切れを開いた俺は目を見開いた。


゛ふた月後の深夜ファルディウス神の寝台で待て。そこでお前たちの主を返す”


 俺は視線を女に向けた。


「客はどんな奴だった?」

「申し訳ございません。私の不在の時にテーブルに置いてかれたようです」


 不在時……女が使っている侍女部屋に……ということか。


「それと一緒にこれが……」


 女はマントの下から包みを取り出した。包みは細長い円形のような形をしており両手で持つぐらいの大きさだ。

 女はそれを床に置くと包みを開いた。

 中から現れたそれに俺は言葉を失った。



 美しく装飾された筒状のガラス瓶の中に二つの眼球が浮かんでした。


 フィーネ嬢の瞳と同じ色の……。





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