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 部屋の扉が開き、老年の男性が姿を現した。


「皇女殿下、陛下がお呼びです」

「わかりました。参ります」


 ソファから立ち上がった私は皇帝陛下の執務室へと向かった。許可を貰い中に入ると、執務席には燃えるような緋色の髪と瞳に南国らしい褐色の肌をした屈強な男性が腰掛けていた。その男性の傍らには男性と同じ色合いを持った青年が立っている。


「偉大なる大帝国カリバヴィバルド皇帝陛下。この度は謁見の場を……」

「フィーネよ、堅苦しい挨拶は不要だ」


 私の言葉を遮った男性……皇帝陛下は席を立ち上がると私のほうに歩いてきた。


「今、庭園でこの国にだけ咲く花が見頃でね。どうかな?」


 そう言って皇帝陛下は手を差し出した。


「ええ、ぜひ」


 私は皇帝陛下の手に自分の手をのせた。

 案内された庭園では見たことのない南国の花が咲き乱れていた。


(一度目の人生ではこの庭園を見る余裕なんてなかった……)


 お父様とお母様、そしてお兄様を置いてお母様の生まれ故郷である大帝国カリバヴィバルドに逃げてきた自分を責めた。そして国が滅んだこと、お父様とお母様が亡くなったことを聞かされ絶望し部屋に篭った。唯一の希望は捕虜になったお兄様の存在だけだった。


「少しは落ち着いたかね?」

「はい……。陛下には多大なるご配慮を……」

「ははは!先ほど言ったが我々の間に堅苦しいそのようなものは不要だ」

「ですが……」

「そなたは私の妹の大切な娘であり、私にとっては大切な姪なのだ」

「……ありがとうございます」

「…………私の妹はきっと勇敢に戦ったであろう」

「………はい。母ほど勇敢な女性はヴァルトス国におりません。兄に剣術を指南したのも母でした。………母は私の誇りです」


 鮮やかな緋色の髪を靡かせ、細身の剣を構えるお母様はまるで赤獅子のように美しかった。


「そうか。昔から跳ねっ返りが酷い妹でな。手紙を出しても返ってくるのはそなたの父のみで、あやつは一向に返してこなかった。……そうか、あやつは立派に母を務めていたのだな」


 皇帝陛下は遠くを見て、今は亡きお母様の姿を思い浮かべているのでしょう。お母様はヴァルトス国に嫁いで以来一度もカリバヴィバルドの地を踏むことはなかった。


「……そなたの兄のことだが」


 私の心臓が跳ねた。


「捕虜になっているようだ」


 その言葉に私はほっと胸を撫でおろした。一度目の人生でも捕虜になっていたけれど、それでも不安で仕方がなかった。

 私はそっと息を吐き姿勢を正した。皇帝陛下と私の後ろには皇帝陛下と同じ色合いの青年…第二王子殿下のイーダ様がいる。今が好機だ。


「陛下にお願いがあります」

「ほう、何かな?」


 皇帝陛下がスッと目を細めた。


「兄の救出に陛下のお力を貸して頂きたいのです。もちろん無償で、とは言いません」


 一度目の人生でも私は皇帝陛下にお兄様を救出を懇願した。でも皇帝陛下は直ぐには頷かなかった。妹の子どもであっても救出する利点がなかったのだ。


 オルディウス帝国と同じ軍事力を持っていたヴァルトス国が滅び、軍事力を急激に上げてきたオルディウス帝国の存在は海の向こう側といえど安心できないうえ、わざわざこちらから要らぬ火の子を浴びるようなことはしたくなかった。

 それでも何度も懇願してきた私を哀れに思った皇帝陛下はある条件を提示してきた。


(皇帝陛下が私に提示してきた条件……)


 私は深く息を吐き出した。ここで決して弱さを見せてはいけない。


(私はヴァルトス国の皇女、フィーネ・アレニウス・ウォーガン)


 私は真っ直ぐと皇帝陛下を見上げた。


「兄を無事救出してくださったあかつきには、私との婚姻、……そして私の子をヴァルトス国の次々期皇帝とすることをお約束いたします」


 背後から息を飲む気配があった。


「そのようなことを軽率に発言するものではないぞ?」

「いいえ、決して軽率な発言などではありません」

「ほう?」

「……兄自身が私の子を次々期皇帝とすると進言したのです。父もそれを承認しております」

「理由はなんだね?」

「……申し訳ありません。心の病……としか申し上げられません」

「ふむ。心の病か……」

「あと、もう一つ」

「?」

「我が国には公になっていない鉱山があり、その鉱山には高純度の魔石が眠っています。おそらく今迄の魔石とは比べ物にはならないほどの価値があるかと」

「ほう…」


 皇帝陛下の目が小さく光ったのを私は見逃さなかった。


「ですがその鉱山も今やオルディウス帝国のもの。もし彼らがその魔石の存在を知れば恐らく今まで以上の……いえ、世界にとって脅威となるでしょう」

「…………」


 深い沈黙が落ちる。私は震えそうになる手をグッと堪えた。


(一度目の人生の時、オルディウス帝国があの魔石を手にいれることはなかった)


 あの魔石が見つかったのはオルディウス帝国が滅んだ後のずっと後の話……。


(でもここで出し惜しんではいられない)


 一刻も早くお兄様を助け出すためにも……。


「そなたの願いを聞き入れなかった場合、その時はどうするのだね?」


 私は皇帝陛下を見上げ、皇帝陛下はじっと私を見下ろした。


「私の願いを聞き入れてくれる所に行くまでです。……例えばアドゥージャ連合国、とか」


 私がその名を挙げた瞬間、皇帝陛下が声を上げて笑った。


「イーダよ」


 皇帝陛下が後ろにいるイーダ様を見た。


「この件はお前に任す」

「わかりました」 


 イーダ様は胸に手を添えて軽く頭を下げた。


「フィーネよ。イーダになんなりと云うがいい」


 皇帝陛下はそれだけを告げると私とイーダ様をその場に残して去っていった。


「第二王子殿下…」

「イーダとお呼びください」

「……わかりました。イーダ様。私のことも名で呼んで構いません」

「ありがとうございます。ではフィーネ嬢、立ち話も疲れるでしょう。あちらに東屋があります。そちらで話の続きをしましょう」

「ええ」


 差し出されたイーダ様の手に私は自分の手を乗せた。

 なぜ、こうして二度目の人生を歩んでいるのか分からない。

 もしかすると哀れな私に神が手を差し伸べたのかもしれない。


 一度目の人生を思い出した時、「もっと早く思い出していれば」と嘆いた。でも思い出したところで、政に参加できない皇女の私の言葉なんて誰も信じない。きっとお父様も笑って聞き流すだけ……。


(お兄様だったらきっと違っていたのかもしれない……)


 私は彼を………未来の夫を見上げた。


(私にできるのはこれだけ…)


 お兄様の救出を一刻でも早く。そして……。


「イーダ様。実はもう一つお願いがあるのです」

「なんでしょう?」

「……もう一人助けていただきたい方がいるのです」

「もう一人?」


 訝しげに眉を寄せるイーダ様を私は真っ直ぐと見つめた。


「はい。その方の名はヒリス……。ヒリス・バスチアン・セルヴォス。オルディウス帝国の第六王子殿下です」




*********************




 フィーネ・アレニウス・ウォーガン。


 オルディウス帝国に攻め込まれ、命からがら叔母の生まれ故郷である大帝国カリバヴィバルドに逃げて来たヴァルトス国の皇女。


 そのとき初めて彼女と対面した私は、一瞬で彼女に心を奪われた。


 まるで絹の様な美しい銀色の髪に大粒のサファイアをそのままはめ込んだような瞳。そして透き通るような肌は陶器のようになめらかだった。

 悲しみと恐怖でサファイアの瞳からはらはらと涙を流す彼女の姿を、不謹慎ながらもなんて美しいのだろうかと見入ってしまった。


 彼女の心を慰めようと色とりどりの花を持って行ったが、彼女の心は晴れることはなくいつも涙を流していた。


(今日の彼女はまるで別人だ)


 父に会いに来た彼女の表情には一遍の憂いもなく、皇女らしく堂々としていた。もしかするとこれが彼女本来の姿なのかもしれない。

 その姿は彼女の美しさをより一層強くさせた。

 そして彼女が提示してきた内容に、私は思わず息を飲んだ。


 彼女が産んだ子がヴァルトス国の次々期皇帝に?


 そして驚いたことに彼女は我が国と隣国アドゥージャ連合国の関係性を知っていた。以前から連合国が密かに軍事の強化と魔石を買い集めているという情報があり我々は危機感を持っていた。


(更に連合国はオルディウス帝国と裏で繋がっているという情報もある) 


 そして公にされていないという高純度の魔石。


(彼女を疑うつもりはないが、本当にあるかどうか秘密裏に調査する必要がある)


 もし事実ならオルディウス帝国からアドゥージャ連合国に流れる可能性がある。


(オルディウス帝国が気付く前にヴァルトス国を奪還しなければ……)


 我が国もヴァルトス国と同じ運命を辿ることになる。


 父は彼女の兄の救出、そしてヴァルトス国を奪還すればヴァルトス国に対し大きな借りができ、高純度の魔石の輸出に融通を効かせることができると考えているのだろう。


(そして父は私と皇女の結婚を考えている)


 これはまたとない好機だ。


 父が去り、その場に残った私は彼女に手を差し出した。彼女は細く美しい白い手を私の手の上に乗せ、私を見上げてきた。美しいサファイアの瞳が初めて私を捕らえてくれたことに胸が高鳴った。


(ああ……必ず)


 必ずこの美しい宝石を私のものする。



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