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 遠くから微かに聞こえたラッパ音に、俺は読んでいた本のページを捲る手を止めて窓の外へ目を向けた。

 しかし見えるのは荒廃しきった庭だけだった。


(帰って来たか……)


 さっき聞こえたラッパ音は戦地から帰還してきた兵の到着を知らせる音だろう。

 俺は窓に反射している自分の顔を見た。

 今年、十三歳になる赤茶色の髪と目を持ったなんの特徴もない少年の顔……。

 俺は小さくため息を付いて本を閉じた。


(やっと物語が始まる……)


 戦地に赴いていたあいつが一人の捕虜を連れてくる。

 捕虜の名前はベルナルド・アレニウス・ウォーガン。


(ヴァルトス国の皇太子であり……)


 題名のない小説の主人公。


 その小説は無料で読める小説サイトに掲載されていた。

 不可解なことに題名がずっと「無題」のままで、説明文も「完結」としか書かれていなかった。そのせいで閲覧数はほぼなく最後のほうにあった。

 それにどうたどり着いたのかは覚えてない。気付いた時にはそれを読んでいた。

 

 内容は主人公が領地拡大を図る傲慢な王の息子に捕虜として囚われ、そこで非道な扱いを受けた。

 だが主人公の仲間たちが彼を助け出し、数年後主人公は傲慢な王と妃、そして子供たちを皆殺しにしその国を滅ぼすという話だった。


 ありきたり過ぎてすぐ忘れてしまうような内容の小説だった。

 ……だが、どういうわけかその内容が俺の頭の隅に残り続けていた。


 そして今。


 俺はその小説の中にいる。傲慢な王の子供の一人として……。


 俺ことヒリス・バスチアン・セルヴォスは、傲慢な王……オルディウス帝国の帝王の六番目の子供として生を受けた。

 帝王には四人の妃と六人の子供が居る。……いや正確には三人の妃と五人の子どもだ。

 

 一番目の妃カリーヌは青み掛かった黒髪と目を持ち、一番目の兄ラルスと二番目の兄ルシウスを生んだ。二人ともオルディウス帝国の王族だけが受け継ぐ漆黒の髪に赤い目を持っていたが、ラルスは十二歳でこの世を去り、弟のルシウスは今年で二十二歳を迎えた。


 二番目の妃セレスティーヌは黄金の髪と目を持ち、三番目の兄アイザックを生んだ。二十歳になるアイザックは黄金の髪に赤い目を持っている。


 三番目の妃レティシアは薄紅色の髪に緑の目を持ち、四番目の兄セザールと五番目の姉シルビィを生んだ。十七歳になるセザールは漆黒の髪に緑の目、十五歳になるシルビィはくすんだ薄紅色の髪に赤い目をしている。


 ……そして四番目の妃であり俺の母親、エリーゼ。

 赤茶色の髪と目をした母は、下級貴族の娘で侍女として城で働いていた。

 母は決して美しいとは言えず寧ろ地味な顔立ちだった。三人の妃はとても美しかったから、母が帝王の目に止まることはなかった。

 

 ……なかった筈だった。

 

 その理由を母は決して話そうとはしなかったが、俺は察しがついてた。

 

 母は望んで俺を身籠ったわけではないと。

 

 小さな離宮を与えられ母は、表舞台には決して出ずひっそりとそこで暮らした。

 そして自分そっくりの俺を生んだ母は、息を殺すように俺のことを育てた。

 

 俺が十歳の時。

 母は不治の病に掛かり静かに息を引き取った。

 母は死ぬ間際まで俺の身を案じてくれた。

 

 俺にとって唯一幸運だったのは、母が俺のことを心の底から愛してくれたことだった。



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