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流血と性的表現があります。
俺は走って西の牢へ向かった。
アイザックに連れられて自分の部屋に向かっていたが、いてもたってもいられず俺はアイザックにガラス瓶を押し付けて駆け出した。アイザックの呼び止める声が聞こえたが振り返らなかった。
日中だとか、マントを羽織ってないとか、そんなこと考えている余裕なんてなかった。
(嘘だっ! 嘘だっ! 嘘だっ!嘘だっ!嘘だっ!嘘だっ!)
必死にそう否定しても、脳裏にガラス瓶の中に浮かぶ二つの青い眼球が焼きついて離れない。
(頼む! どうか………ッ!)
俺は鉄格子が嵌められた小さな窓から中を覗き込んだ。
ベッドの上には横たわっているベルナルドの姿があった。
彼がいたことに思わずホッとしたのもつかの間、彼の目元が包帯に覆われていることに気付き、ドッと心臓が跳ねた。
「…………ッッ! ベルナルドっ!」
思わず彼の名を叫んだ。するとベルナルドがよろよろと起き上がり顔を俺のほうに向けた。だが、彼の青い目が俺の姿を捕らえることはなかった。
「あ…あ…俺のせいだ……俺のせいだ。ご、ごめん、なさい……。ごめ……ッ!」
それ以上は言葉にならず嗚咽となった。俺が余計な行動をしたばかりに。俺がわがままな願いを抱いたばっかりに……。
カン……。
小さな音が聞えた。何? と思って牢の中を見るとベルナルドの姿がすぐそこにあって、指の爪で鉄格子をカンと弾いた。
「ベ、ベルナルド?」
俺が呼ぶとベルナルドがもう一度鉄格子をカンと鳴らした。なんで鉄格子を? と疑問に思っているとベルナルドが口を小さくパクパクとさせた。その瞬間、俺は血の気が引いた。
「な、なんで? こ、声……どう……ッ」
俺の声が震えた。嘘だ。そんな……。ベルナルドが緩く首を振った。
「ああ……そんな……」
声まで奪われるなんて……。
俺は震える手を鉄格子の向こうへ伸ばし、指先でベルナルドの目元の包帯に触れた。
「ごめん、なさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」
謝ったところでベルナルドの目も声も二度と戻りはしない。
「……?」
不意に何かが手に触れてきた。涙を拭って見ればベルナルドが俺の手に触れていた。まるで割れ物に触れるかのように……。
ベルナルドは俺の掌に頬ずりをしたかと思うと、そっとキスをしてきた。ベルナルドの行動に俺は驚き動揺した。
「ベル………がッ!」
いきなり脇腹に衝撃が走り、俺は地面の上を転がった。
「お前ここで何をしている‼」
男の怒声に俺は脇腹の激痛に耐えながら顔を上げると、二人の警備兵が俺に槍を向けていた。二人のどちらかに思いっきり脇腹を蹴られたのだろう。
ベルナルドのことで頭がいっぱいで巡回している警備兵のことまで気が回らなかった。いくら王族と言えど離宮に篭りっぱなしでいる俺の顔なんて彼らは知らない。
「どこから来た‼」
警備兵に乱暴に髪を掴まれ俺は痛みに顔を顰めた。………と、その時。
「……ぐっ………ッ!」
「………がはッ!」
突然男たちが地面に倒れ込み、喉元を押さえもがき苦しんだ。
(な、なに……?)
二人に何が起きたのか分からず困惑しているとアイザックが姿を現した。アイザックは彼らを一瞥した後、俺のほうを見て眉間に皺を寄せた。
「部屋に戻るんだ」
「……けほ……ッ。そ、その人たちどう……」
「お前が気にすることはない。戻れ」
声は淡々としていたが、明らかに拒絶の空気を身に纏っていた。俺は何も言えず脇腹を押さえ、ふらつきながらその場を離れた。
離宮へ続く吹き抜けの渡り廊下に入った俺は小さく息を吐き出した。
「………ッ」
脇腹の痛みに顔を顰めた。部屋にもどったら乾燥させて保存していた痛み止めの薬草を食べよう。
(………あ)
ふとガラス瓶をアイザックに押し付けたままだったことを思い出す。だが、二人の兵士の前に姿を現したアイザックはそれを持っていなかった。どこかに置いてきたのだろうか。正直あれを手元に置く勇気はない。
「ようやく戻って来たな」
ドッと心臓が跳ねた。顔を上げると数メートル先にルシウスが立っていた。
「お前に言い忘れていたことがあった」
ルシウスがゆっくりと近づいてくる。俺はまるで蛇に睨まれた蛙のようにそこから動くことができなかった。
「それを伝えようと来てみたが、お前は不在だった」
すぐ目の前まできたルシウスが俺を見下ろす。
怖いッ! 怖いッ!怖いッ!怖いッ!
「どこに行っていた?」
ルシウスの冷たい手が俺の頬を撫で、そのまま肩に手を置いた。答えなければならないのに恐怖で声が出ない……。
「まあ、いい。お前に渡したアレはヴァルトス国の皇帝のだ」
あれ? あれってあのガラス瓶に入っている眼球のこと? 皇帝…… ベルナルドの父…親……?
じゃあ、ベルナルドのあの姿は……。
「牢のアレはシルビィに与える。………いいだろう?」
俺の肩が小さく跳ねた。なぜ俺に聞くのか分からない。何も答えない俺に、いや初めから俺の答えなど期待していないルシウスは、それ以上なにも云わず俺の肩から手を離し横を通り過ぎて行った。遠退いていく足音に俺はそっと息を吐き出した。
「ああ……、それと」
不意に背後から聞こえたルシウスの言葉と共に、ガクンと足から力が抜け落ち俺はその場に崩れ落ちた。
(な、に……?)
訳が分からず俺は自分の足元を見下ろし……そして目を見開いた。
そこにあったのは床に広がる赤い液体と切り離された……俺の両足首。
「....…………………ッッッッあ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶あ‶‼‼‼‼」
俺は喉が裂けんばかりに声をあげた。
痛゛い゛ッ‼ 痛゛い゛ッ‼ 痛゛い゛ッ‼ 痛゛い゛ッ‼
「………ッ!ゥあ゛………ッ!」
顎を掴まれ無理やり上を向かされた。涙で歪んだ視界にルシウスの顔が入り込む。
「それはもう必要ない」
そう言ってルシウスは笑みを浮かべた。
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あいつは忽然と姿を見せなくなった。
(見たのかも知れない……)
あの行為を……。
脳裏に、耳に、鼻に、淫らに動く女たち姿が、喘ぎ声が、むせ返る甘い匂いがこびりつて離れない。
(気持ち悪い……)
嫌だと心で拒絶してもお香で無理やり雄としての本能を呼び覚まされ、女たちの体内に性を吐き出す自分のあさましい身体に吐き気を覚える。
何度も舌を噛み切って死のうか思う一方で、生に縋りついてる自分もいた。
不意に施錠の音がし扉が開いた。ノロノロと頭を上げると黒髪に緑色の目のそいつが姿を現した。そいつは牢屋に漂う空気に顔を思いっきり顰めた。
「くっせっ!あいつら性欲の塊過ぎんだろ」
そいつはズカズカと俺の傍に来た。
「はっ! ひでぇ面だな。なぁ、ババァ共の相手はどうだ? 年は食っているが良い体をしていると思うぜ?」
ニヤニヤとそいつは笑うが、俺がなんの反応も示さないと分かると「チッ!」と舌打ちをし、鉄格子が嵌められた小さな窓を見上げた。
「あいつ、こっからお前に会いに来ていたわけだ」
ひくりと俺の肩が揺れた。
「あいつ、来なくなっただろ?」
そいつはニヤニヤしながら俺のほうを向いて言った。
「あいつ、ルシウス兄さんを怒らせてさぁ」
ルシウスという言葉に俺の心臓が跳ねた。なぜか嫌な予感がする。
「二度と歩くことができなくなったんだ」
「だから」とそいつは言葉を続けた。緑色の目が愉快だとばかりに歪んだ。
「あいつが、ここに来ることは、もう、二度と、ない」
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「……ッッッ‼‼‼」
少女は声にならない悲鳴をあげながら飛び跳ねるように起き上がった。全身から汗が噴き出し、破裂しそうなほど心臓が脈打っていた。
少女は辺りを見渡した。明らかに自分の部屋ではないことに少女は両手で顔を覆った。
「どうして……」
少女の大きなサファイアの瞳から涙が溢れ出す。
どうして今なの?
少女は思い出したのだ。
この人生が二度目だということを……。




