12
得体の知れない奴が寄こしてる薬草に付いていた石を使って、壁の見えにくい場所に日数を刻み始めて半月が経った頃の深夜。扉の鍵が開く音がし起き上がって扉のほうを見れば一人の女が姿を現した。くすんだ桃色の髪に大きな紅い目。年はフィフィぐらいだろうか。あの目は間違いなく帝王の子どもだ。睨み付けるとそいつはビクッと肩を震わした。
「あ、……その、手当て……」
そいつは震える声で言った。よく見れば腕に籠をぶら下げてる。そいつの言葉からして籠の中に医療品が入っているのだろう。
「お前には関係ない。今すぐ消えろ」
薬品の中に変なものが入っている可能性がある。冷たく言い放つと、そいつはスカートを掴み今にも泣き出しそうな顔を浮かべた。
「か……、関係あるよ。……その怪我……私のお兄様のせい……」
兄?あの黒髪と緑色の目をした男の妹なのか?
「こ、これ、お薬と包帯……」
「必要ない。お前から施しを受けるつもりはない」
一瞬あの得体の知れない奴の姿が脳裏に浮かんだ。……いや、奴の施しは不可抗力だ。そいつは俺の拒絶に俯いた。
「……ご、ごめんね……。ほ、ほんとうはこんなこと……したくなかったの。……‶動かないで”」
「……がっ‼」
身体に激痛が走りベッドに倒れ込んだ。余りの痛みに一瞬意識が飛びかけた。
「……す、すぐ終わるから……」
そいつは俺の傍に来ると、俺のシャツのボタンに手を掛けた。
「……っ!さわ……るなっ!……ッ!」
そいつの手を振り払おうとしたが激痛に襲われ出来なかった。そいつはボタンを全て外すと籠から小さな陶器製の瓶を取り出し、蓋を開けて中から塗り薬を指で掬い脇腹の痣に触れてきた。
「………ッ!」
侍女以外の異性に初めて肉体を触れられたことに対する羞恥心に俺は目を瞑り下唇を噛んだ。
そいつは俺の上半身に包帯を巻くと、残った包帯と瓶を籠に戻した。
「………ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい。お兄様も……ルシウスお兄様も……」
そいつは涙を堪えながら俺の頭を優しく撫で、急ぎ足で牢から出て行った。出る間際「”動いていいわ“」と呟く声が聞えた。
牢の鍵が閉められ静寂が落ちる。
俺は疲労の息を吐き出し、痙攣している手でむき出しの腹に触れると包帯の感触があった。脳裏に泣きそうな顔で謝るそいつの顔が浮かんだ。
深夜。籠を持ってやってきたそいつは傷が増えた俺の姿に目を見開き、そして泣きそうな顔を浮かべた。
「て、手当て……したいの……」
震えているそいつに俺は深く息を吐いた。
「断ってもどうせこいつで言い聞かせるつもりだろ?」
首輪に触れてそう言うとそいつはビクッと肩を跳ね上げ、「き、昨日はごめんなさい」と俯いた。俺はまた深く息を吐き出した。
「よこせ」
俺が手を差し出すとそいつは嬉しそうに笑って籠を渡してきた。籠から瓶を取り出し蓋を開けて匂いを嗅ぐ。よくある薬品の匂いだけで怪しい匂いはない。ちらりとそいつを見ると、そいつはビクビクしながら俺の様子を伺っていた。
(どのみち俺に拒否権はない……)
拒否すれば昨日と同じように実力行使に出るだろう。あの日の羞恥が蘇り、俺は腹を括ってシャツのボタンに手を掛けた。するとそいつは「あっ!」と小さな声をあげて慌てて俯いた。心なしか顔が赤い。
「昨日見ただろ」
ため息を付きながらシャツを脱ぎ、血の滲んだ包帯を取った。俺は瓶から塗り薬を指で掬い、新たに出来た腕の傷に塗った。傷口に染みた痛みに微かに眉間に皺が寄った。
「き、昨日は……ち、治療のことで……頭がいっぱいだったの……。想像してより……酷い姿だったから」
「ああ、誰かさんのお陰でな」
そう言うとそいつは肩を縮こませ「ごめんなさい……」と謝った。今にも泣き出しそうな声だ。小さくなって震えるそいつにフィフィの姿が重なって罪悪感が湧いた。
俺は舌打ちをして、薬を塗り終えた傷口に包帯を巻いた。背中も痛むがそいつに背中を預ける気はない。
俺がシャツを着終えると、そいつはそろそろと顔を上げ俺から籠を受け取った。
「ま、……また来るから……」
そいつはそう言い残して牢を出て行った。