来世でもまた、あなたのことを好きでいると思う。その言葉を信じていたのに
匿名狂愛短編企画に出しそび......触発されて書いた短編です。
今日も優梨亜ちゃんのポニーテールは美しい。ピンと伸ばした背筋に、学校指定の黒色ゴムで結ばれた髪が一本垂れている。板書をするたび小刻みに揺れ動くその様は、いつまで見ていても飽きることは無い。今日は雲一つない青空なのに体育すらないと、朝のホームルーム前に嘆いているクラスメイトが居たけれど、席替えにて斜め前に優梨亜ちゃんがいるこの特等席を掴んだ私には好都合なのだ。
定期テストが近いからと、休み時間にノート作成に追われているような運動部の連中とは違い、計画的な私は休み時間もずっと席に座って推しの優梨亜ちゃんを眺めていられる。
「高峰、聞いてなかったのか? 教科書54ページから読んでくれ」
「え、あっ、はい」
ついうっかり自分と優梨亜ちゃんだけの世界にのめり込んでしまっていた私、高峰 四葉は、立ち上がって英語の教科書をよどみなく音読しだすのだった。
4時間目の授業も無事終わり、ランチタイム。私は鞄から母の手作り弁当を取り出して「いただきます」とひとりごちて食べ始める。私の隣に座っていた男子は、野球部同士で集まって食堂へむかっていった。そのぶんあいた机は、女子グループの1つ、優梨亜ちゃんのいるグループが持っていって使っている。おかげで私はちょっと広くなった空間で好きなように食べられる。寂しくなんかないもんね。今日の照り焼きハンバーグ、美味しいな。
「よっちゃんのお弁当、今日ハンバーグなの? いいな、私のシュウマイと交換しようよ。昨日もシュウマイだったから飽きてきてさ~」
ふと聞こえてきた声の主、最前列のさくらちゃんの元へ抗議しに、お弁当箱を持って駆け寄っていく。そう、別に私に友達がいないわけじゃない。
「む、勝手に”聞き耳”たてたな。まあいいよ、あげる。ハンバーグじゃなくて、エビチリだったら交換許さなかったけどね」
などと言いながら照り焼きハンバーグの残り1つを渡し、シュウマイを受け取る。
「よっちゃんの大好物だもんね、流石にその時は声かけられないよ」
「私の声ってそんなにわかりやすいものなの?」
「そうだよ、エビチリの時は叫んでるように聞こえてくるの。私が聞き取れるのが食に関しての声だけで良かったね」
「いや、ほんとに」
さくらちゃんは『食についての幸せな気持ちが声となって聞こえてくる』というスキルを持っている。実家がレストランだからか、食にまつわるスキルが発現したようだ。交換してもらったシュウマイはもちろんレストランの商品の一つ、海老入りで冷めていてもとても美味しい。海老好きの私は大満足だ。
誰もが1つ、超能力のようなユニークなスキルを発現する可能性があるこの世界で、高校までにスキルを獲得している人は8割ほどいると言われている。申告義務があるわけではないから、誰がどんなスキル持ちでそうじゃないのか不明だけれど、大抵持ってるってことになる。私も、内容は誰にも話したことはないし、一生使うつもりはないけど、スキルは持っている。
そんなこんなで、私も優梨亜ちゃんも楽しく友達と会話しながら昼休憩を過ごし、次の授業が始まる数分前となったところで事件が起きた。優梨亜ちゃんの前に男が現れたのだ。クラスメイトの日野だ。何が「放課後、部活前に食堂のテラス席に来てくれないか?」だ。優梨亜ちゃんが愛想よく返事をしてなかったら、今後毎日睨みつけてやるところだった。ちなみに、奥まったところにあり、食堂がよほど混雑している時にしか使われないテラス席は、いわゆる体育館裏の代わりとして機能している。つまり、十中八九、告白するつもりなのだ。
午後は授業は受けたものの、放課後のことが気になって科目すらよく覚えていない。
帰りのホームルームも終わり、鼻歌まじりで楽しそうに食堂に向かう優梨亜ちゃんの後を追っていく。廊下で隣のクラスの男子に「高峰様、このあとお茶でも」と話しかけられたが、今は推しの一大事のほうが大切なので無反応を貫く。男に好かれるこの容姿が憎い、女子高に入ればよかった。
食堂に着いてテラスを見やると、既に日野が待っていた。どんなにこころよく思って無くても、邪魔はできない。陰から見守ろう。
「お待たせ、快人くん。話って何かしら」
両手を後ろで組んで、ちょっと恥じらうように言う優梨亜ちゃんはたまらなく可愛い。
「藤村さん、俺と付き合ってください。この前の男女合同練習のとき、男子相手でも颯爽とボール奪って3ポイントシュート決めるところとか、チームメイトを励ます姿とかを見ていて、自分も周りも俯瞰できる君が好きなんだ。試合後に握手したとき、突然すっごく動悸が激しくなって。なんで今までこんな惹かれる藤村さんのこと、意識してなかったんだろうって、自分でもよくわかんなくなって。突然こんな事言い出した俺に引かないで欲しいんだけど、藤村さん、好きです。」
「快人くん、ありがとう、嬉しいわ。……でも、ごめんなさい」
開口一番、付き合ってと言われて表情を変えまいと口の端に力を入れながらも、嬉しそうにしていた優梨亜ちゃんは、そのままの笑顔で彼を振った。よかった、今回も彼の悲しそうな顔が見られた。
向かい合ったまま、日野を無言で5秒ほど見つめる優梨亜ちゃん。
「快人くん、落ち込んでるみたいだけど大丈夫?」
「あれ、俺何してたんでしたっけ。えっと、あなたは……ごめんなさい、お名前を思い出せないや。失礼します」
告白なんてまるで無かったかのように慌ててその場から逃げていく日野。
こんな光景もう何度見ただろう。前回は2週間前だ。そんなに同じ人から告白され続けて、優梨亜ちゃんは辛くないんだろうか。そろそろ、優梨亜ちゃんに声をかけてみるべきだ。粘着されているんだし絶対困っている、うんそうに違いない。たまたま通りがかった風を装い、話しかけてみよう。
「優梨亜ちゃん、さっき日野くんとすれ違ったんだけど、また告白でもされたの? しつこいね」
「同じクラスの高峰さん、よね。気を遣ってくれてありがとう。でもね、それがいいんじゃない」
そっと私の制服の袖を引き、耳元でこっそり教えてくれた。
「私、快人君のこと、実は好きなのよ」
「え、両想いってこと? じゃあなんでまた」
「しっ。なんでまた断ったのかって? そんな毎回見ているかのような言い方……。まあいいわ。告白されるのってね、とっても幸せな気持ちになるの。私の為に考えてくれた言葉を、両想いな人から聴ける。いつ伝えてくれるんだろうって待ちながら、日々を過ごすの。彼もきっとそう。いつ言おうか、どこでどんなシチュエーションで言おうか、きっと毎日相手を想って考え続けているの。でもそうなると一番幸せな時間って、付き合う直前でしょう?」
「そんなことは無い……と思う」
自分の心の声を制御できず、こぼれ出た反論はちょっと声量が大きかった。最初だけなわけが無いじゃない。相手と沢山話して楽しみを共有したり、時には頼らせてもらったり。そうやって同じ時間を過ごしていくのが、貴女は楽しくなかったと言うの? 思い出だけでなく感性すらも全て忘れてしまったの?
「きっと高峰さんは過去に素敵な恋愛をしたことがあるのね。私は初めてだから、失敗が怖くて」
一陣の風が、優梨亜ちゃんの髪をなびかせる。私たちの一度の過ちで、あの頃の優梨亜ちゃんは風に流され、もうどんなに手を伸ばしても届かないところまで去ってしまったのだ。梅雨のようにジメジメした心が、涙となって目から流れ落ちる。
「ごめんなさい、辛いことを思い出させてしまったみたい」
私より背の高い優梨亜ちゃんは、あまり親しくないであろうに私が落ち着くまで頭を撫でてくれた。
「高峰さんって、”前世”って信じるかしら」
私を慰めるかのように、話し始める。
「私ね、小さい頃のことを親に訊いても誰ともお付き合いしたことは無いはずなのに、記憶の片隅に誰かに告白したときの場面が残っているの。来世でもまた、あな「たのことを好きでいると思う、でしょう」
彼女の言葉の先を、一緒に諳んじる。涙をぬぐって顔を上げると、優梨亜ちゃんは目をまんまるにして心底驚いていた。言われた本人が忘れるはずがない。前世なんかじゃなく、今世の大事な、大切な記憶だ。
「もしかして高峰さんって」
ゆらゆら、と力なく首を振る。私たちは、前世だなんだって、導かれるように惹かれたわけじゃなかったじゃない。ゼロからの恋になったとしても、またお互いを好きになれるって、そう信じて戯れに能力を使っただけだったのに。
「ドラマか何かの台詞じゃないかな」
「言葉はそうなのかもしれない。感情も残っているのよ、だんだんと身体が火照って恥ずかしくなって、相手の顔は全く浮かばないんだけど、返事を貰えてとっっっても嬉しくて、飛びつきそうだったのは覚えているの。だからね、快人君も私がありがとうっていった瞬間、きっとこの喜びを味わえているの。快人君はなんども幸せを感じられているんだわ。私も想いを伝えたいのを堪えて」
優梨亜ちゃんも気持ちを誰にも吐露できずにためこんでいたんだろうな、涙こそでていないけれど泣き笑いのような、なんともいえない顔になっている。耳ざわりの良い言葉はかけてあげられないけれど、今度は私が優しく背中をさすってあげる。
「聞いてくれてありがとう、高峰さん。お互いスッキリしたかしら。ほら、顔上げて?」
次に優梨亜ちゃんが私の目を見つめて能力を使ってくることは、察しがついていた。
他でもない、男に絡まれては何度も何度も使ってきた、元々私の『自分に好意のある人から自分に関する記憶を消す』能力だもん。これ以上失いたくないから、優梨亜ちゃんには近づかなかったはずだったのにな。
最後に、私と付き合う直前のことは覚えていてくれたことが分かっただけでも、嬉しかったや。私がまた優梨亜ちゃんを好きになるとしても、何時間でもしゃべり倒せた、他愛もない時間も、二人で遊びに出かけた思い出も、全部初めからなかったかのように、二人とも忘れちゃってるんだ。白い絵の具で塗りつぶされた二人のキャンバスには、これ以上何も書き足されることは無いんだな。
どこまで忘れてしまうんだろう。優梨亜ちゃんから預かっている、『能力を交換する』能力のことも、もしかしたら忘れてしまうんだろうか。
でも、優梨亜ちゃんがそれを望むなら、私は喜んで彼女の目を見つめよう。愛しているからこそ、記憶を消してもらえるのだから。