いつもの日常。
あぁ、こん畜生めが。
華の女子高生がそんなことを言ってはいけないと野暮な突っ込みをいれないでくれ。
あたしは今、非常に急いでいるんだ。
たまたま、目覚ましが壊れていたんだ。
たまたま、お母さんが起こしにこなかったんだ。
言い訳はいくつも浮かんでくるけど、最終的には自分が悪いという結果に辿り着く。
あぁ、こん畜生めが。
今朝二度目の悪態を心の中で吐くと、ドアを開けて一気に階段を駆け下りる、というか飛び下りる。
階段のそばにいた兄があたしを指差して笑っていたので通り過ぎざまに喉元にラリアットを食らわせてやった。
顔を洗って髪を梳く。アホ毛がちらほら見えているが気にしない。きっと気合いか何かでなくなるに違いない。
出来るだけ朝食を飲み込んで歯を磨いて。カバンを引っ付かんでブレザーを羽織ればほら完璧な高校生。
「行ってきまーす!」
あたし、鬼原 紗奈。
高校生だ。
今日も空は憎たらしいほど晴れていた。
あぁ、こん畜生めが。
[いつもの日常。]
心臓がバクバクいってる。
当然だ。家から走ってきたのだから。
途中、何度と歩こうと思ったことか。
けど根が真面目なあたしは結局歩くことなく学校にたどり着いたのだった。
なのに、なのに!
この仕打ちは何なんだ!
「鬼原ー、お前遅刻なー」
「先生っ!あたし一生懸命走ったんですよ!その努力を足蹴にするつもりですか?!」
「遅刻は遅刻だろうが。ほら席座れ」
チャイムは無情にもなってやがった。
フラフラと歩き、席に座るなり机に突っ伏した。体力には自信があるのだが、足が笑っている。こんなに努力を主張しているのに足蹴にするなんて、正直どうかと思う。
コンコン。
右の方から机を叩く音がしたのでぐりんと首を回すとあたしの悪友、岡崎 萌がニヤニヤとあたしを見ていた。
「おはよー、お寝坊さん♪」
「語尾に音符なんかつけんな気色悪い」
「あらら、ご機嫌斜め?」
「鬼原さんは努力を一蹴されてご立腹ですよ」
嗚呼、なんと腹立たしい!
せっかくの授業も受けたいと1?も思わない。バックレてやろうか。
ごすん!
「ぐへぁっ!」
後頭部に固い何かが直撃した。
見上げてみれば先生が出席簿片手にこちらを見下ろしていた。
「鬼原、お前何ブチブチ言ってるんだ。文句があるなら直接言え」
怒ってらっしゃる!
当然か。あんなこと口に出してたら。
まあいいや。バックレるチャンスだし。
あたしはガタンと席を立つと
「ひどいっ、ひどいわ先生!あたしのことは遊びだったのね!この裏切りもの!」
教室の空気が一瞬凍りつく。
よっしゃ!逃走!
「あっ、こらてめぇ!」
捕まえようとした先生の手をかわし、教室を飛び出る。後ろから何か叫んでいるが、気にしない。
逃走に成功。
向かう先は屋上。
屋上には鍵がかかっている。
けどあたしには問題ない。
ブレザーのポケットからピッキングツールを取り出す。前の誕生日に兄貴からもらったものだ。(結構普通に売っているらしい。)ピッキングも兄貴から教わった。
というか兄貴は何者なんだろう、と思う。
色々な資格を持っているのは知っているが、流石に具体的には分からない。
あんたは何になりたいんだと一度聞いたことがある。
確か「万能な派遣社員になりたい」とか言ってたような。
兄貴はスパイの派遣社員にでもなるのだろうか。
そんなことを考えながら数十秒鍵穴をいじっているとカチャリと音がした。
ノブをひねってドアを開ける。
視界いっぱいにビルや道路が映る。いつもと変わらない。
空気を肺いっぱいに吸い込むとグラウンドの砂の匂いがした。
空を見上げたら今朝よりは雲が多かったが、相変わらずとてもいい天気だった。周りの音と言えば学校の近くの道路を走る車の音のみ。
「静かだなぁ」
屋上の真ん中で仰向けに寝そべる。
目をどこにやっても入ってくるのは青と白だけ。そよ風がゆったりとしたリズムで吹いてきて、眠気を誘った。
あたしはきていたブレザーを脱いでキレイに畳むと枕代わりにした。
まだ寝足りないし。
ほとぼりが覚めるまでここで寝ていよう。
瞼が自然に閉じた。
ゆさゆさ。
体が揺れている。
地震かな。
閉じていた瞳をうっすらと開ける。
ぼやけてよく見えない。
でも誰かがいるのはわかる。
「……誰?」
掠れた声で言った。
「紗奈ちゃん、もうお昼だよ」
「お昼…?…そぅ…」
眠い。非常に眠い。まだ寝ていようか。
首の向きを変えてまた目を閉じる。
「紗奈ちゃんってば!起きて!」
ゆさゆさ。
だからまだ眠いんだって。
意識が暗闇に落ちる直前、
「止めたほうが…」
という制止の声と、
タタタッという軽い足音が耳に入った。
次の瞬間。
どずっ!
「ぅおえ゛っ?!」
背中に何か重いものが飛び乗る、というより突撃してきた。
「どうした紗奈!つわりか!相手は誰!」
「…………………………。」
「おーい、紗奈?」
「…っの、変態女!」
起こし様に萌の顔に裏拳を叩き込む。
ひょいと避けやがったが。
「お前は起こし方ってもんを知らんのか!」
「あら眠り姫は王子のキッスを所望?」
「そーゆーことを言っとるんじゃない!寝てる奴にニードロップをかます奴がいるか!」
「ここにいる。」
「……………………。」
説明しよう。
ニードロップとは寝そべっている相手の上に膝で突っ込むプロレス技のことだ。かなり痛い。
内臓が口から出るかと思った…。
「紗奈ちゃん、大丈夫?」
心配そうに顔を覗き込んできたのは親友の宍戸 洋子。恐らくさっきの制止は洋子がかけたんだろう。……意味はなかったが。
「…ちょっと痛い、かも」
ホントにちょっと痛い。痣になってないとは思うけど。
「えっ、保健室行く?!あっでも病院の方がいいかな?」
「いやいやそんな大袈裟な。いつものことじゃん」
でも!とオロオロする洋子。
これを不細工がやるとさぞかし気持ち悪いんだろうな。
「いやーん洋子可愛いーvV」
萌が後ろから洋子に抱き付いた。すぐに動けないようにがっちりとホールドする。
いや、あたしも可愛いとは思ったけどそこまでやるのは如何なものか。
「も、萌ちゃんっ?!」
「ねぇ、あたしんトコに嫁に来ない?」
「いや、あの、ちょっと…!」
萌の手の位置がおかしい。
岡崎 萌。
別名 セクハラ女帝。
「やめんかコラ。」
スパンっ!
「ぷぶ!」
履いていたスリッパで顔を叩く。ホールドしていた腕が解けると洋子をこちら側にこけないように引っ張る。
洋子はそそくさとあたしの後ろに隠れた。
………………母親の気分になった。
だったらさしずめ萌は下校途中の幼女を狙うクソ爺だなぁ。
「何すんのよ!せっかく人がスキンシップをはかってたのに!」
「あんたのはただのセクハラだろうが!」
「同性だから違う!」
「本人が嫌がってんならセクハラだっつの!」
セクハラだ、セクハラじゃないだ。
あまつさえ洋子はどちらに懐いているかなどの言い争いになった。
それに終止符を打ったのは洋子の
「昼休み終わっちゃうよ!」
という滅多に聞かない大声と、自分たちの腹の虫の鳴き声だった。
いきなりなんだが、うちの学校は商業高校だ。他の高校よりはパソコンがある。然り、そういう授業もある。
で、今は延々とタイピングの練習をさせられている。
ちゃんとタイピングをやっているのは半数で、あとはネットに繋いでいたり寝ていたり、ケータイをいじっていたり。
先生も諦めているのか注意はしない。
あたしもタイピングはせず、ネットワーク経由で人様のファイルを覗いていたりする。
「お前な、んな悪趣味なことやめろって」
隣でまるでオカンのようにネチネチグチグチと小言を垂れている和泉 祐輔(あたしはズミと呼んでいる)だ。
「別にいいじゃん。ファイル消したり改ざんしてるワケじゃないんだしさー」
「改ざんしないとかそういう事言ってるんじゃねぇよ」
あ、ホントにお母さんみたい。
「分かったよママン。やめます」
「誰がお前の母親だ?!」
「祐輔、君の事だよ」
うわ来やがった。
「ふたり仲良く痴話喧嘩かな?いやー仲のよろしいことで」
歯を見せながら笑いかけるコイツはズミの親友後藤 直人。
学校の中では爽やかさNo.1だと言われているらしいが、コイツの腹の中は真っ黒けだ。イケメンの皮被った鬼だとあたしは思ってる。
「近付かないでくれ腹黒。あたしが厄介事に巻き込まれる」
「へぇ、例えば、どんな?」
「そうだな、例えば某ファンクラブの方々に呼び出しくらったり、呼び出しくらったり、呼び出しくらったり」
「人の男でも取ったのかい?」
「取られたと錯覚したみたいだ。本人は人をおちょくりに来ているだけなのに、なんでこの腹黒さに気づかないんだろうね」
「さぁね」
ニコニコニコニコ。
「よし、お前外に出ろ」
「先生ー、鬼原さんが喧嘩売ってきましたー」
コイツ先生にあたし売りやがった!
「鬼原さん」
声のした方に首を向けるとツンデレ眼鏡(ツンデレっぽい顔してるから)が顔に影被せて立ってました。
ご臨終。
追記。
眼鏡が光ってて怖かったです。
放課後。
英語で言うとafter schoolだ。
いや、今はそんなことどうだっていい。
ツンデレ眼鏡に呼び出しを食らい、小1時間説教を垂らされてきたところなのだ。たかだかちょっと言い争いをしてただけなのに。そこから話が逸れに逸れてあたしの単位の話になってしまった。
正直な話、あたしはテストの点は大して悪くない。ランクで言えば上の下くらい。が、授業日数が危ういのだ。どうもあたしは朝が弱いらしく、かなりの遅刻・欠課を記録している。それが積み重なって今の状況。これはそろそろ本格的にヤバい。成績に問題はなかったけれど授業日数が足りなくて卒業できませんでした、なんて恥ずかしいことこの上ない。
それ以前に両親(主に母親)から雷や鉄拳が飛んでくるだろう。
「…いやだなぁ、鉄拳制裁」
そうつぶやきながらげた箱から靴を取り出す。萌と洋子のげた箱を見るとスリッパが置いてあるだけだった。(洋子を除く)薄情者め!
今日は暇だった(いつも暇だが)のでふたりと遊ぼうと思っていたのに。呼び出されたことを教えるとさっさと帰ってしまった。今頃はちゃんと家に帰り着いているだろう。
昇降口を出ると太陽が沈みかけていた。
血、みたいな、アカイロ。
その色に何故か全身の毛が逆立つのを感じた。
感動とか、そんなものじゃ、なくて。
恐怖。
いつも見ている光景じゃないか。
ただ、色が少し違うだけで。
心臓の音が五月蝿い。
冷や汗が確かに、こめかみから流れ落ちた。何をそんなに恐怖している?
すぐに目を逸らして足早に家路を辿った。
もしかしたら、走っていたのかもしれない。気がついたらいつの間にか家の前にいて、心臓は酸素を求めて血液をフルスロットルで循環させていて、流れる汗は運動したために流れた汗だった。
血の色だった空はもう藍色だった。
プロローグからあまり進んでもいませんが。
むしろこっちがプロローグみたいな。
実はここから先は全く書いておりません。
でも骨組みだけは頭の中で考えていますので、完結させる気は十二分にあります。
ではまた次回に。