第7話 マドリガル来たーっ!
「えっ?えっ!?一体何が起きているの?」
ゲームのムービーシーンを見ていた求司は、突然画面がフラッシュし始めたことに思わず「ワーーーーッ!!」と大声で叫びながらビックリした。
そして何が何だか分からずにいるうちに、パソコンの画面がまぶしく光り出し、何かが飛び出してきた。
最初は目も開けていられないほどだったが、やがてその光は少しずつおさまっていった。
すると求司の前に姿を現したのは…。
「この子、まっ、まさか…。」
彼はその場に横になっている女の子を見てビックリ仰天だった。
『何だよキュージ、うっさいなあ。どうしたんだよ。』
扉の向こうからこの部屋に向かっていた丈二は不満げな声を出しながら部屋の扉を開けた。
「あのなあ、近所迷惑になるほどの声出すなよ。」
「そんなこと言ったって、ジョー。こんなこと信じられるか?」
「こんなことって?」
「画面から女の子が…。」
「はあ?何寝言言ってんだよ。夢でも見ていたのか?」
丈二がバカにしたような表情をしながら部屋の中を見ると、次の瞬間、彼の表情が明らかに一変した。
「ええっ!マジかよ!本当に夢でも見ているのか?」
彼も近所迷惑になりそうな大声を出しながらビックリ仰天した。
「そうでしょ?この子、マドリガルだよ。」
「ま、まさか。そんなはずは…」
丈二はまだ気を失っている女の子の服装に注目した。
紺色の服と青色のマント。いかにも魔女だとアピールしているかのような黒の帽子と杖。そして燃えるような赤色の髪とそのかわいらしい顔。
何度確認しても、その姿はマドリガル本人だった。
「マジかよ。こんなことが起きるなんて…。じゃあ、ゲームの方は…。」
彼はとっさにパソコンの方に歩み寄り、画面を見た。
するとそこではマドリガルがいないことに気づいたアリアが4人にそのことを報告し、謝罪をしているところだった。
ルウとカブキが驚いている中、バンビーノとカノンは至って冷静で、これから5人で旅をすればいいと言わんばかりの態度だった。
「ってことは、つまり?」
丈二がその後の様子を見ていると、本当にマドリガルが失踪し、目の前に彼女がやってきたということをはっきりと自覚した。
「大変だ。早くマドリガルを元の世界に戻さないと!」
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「キュージ!何で止めるんだよ!」
「彼女は装備も整えてもらえず、戦闘にも参加してもらえず、ずっと寂しい思いをしていたんだよ。そしてとうとうそれに耐えられなくなってパーティーから逃げ出し、この世界にやってきたんだよ。」
「ゲームの世界のキャラである彼女に寂しさとか、そんな感情があるわけが…。」
「きっとこれまで表に出さなかっただけで、ずっと寂しかったんだよ。もし僕がそのパーティーのメンバーだったらきっと耐えられなかった。僕自身が会社で冷たく扱われて疎外感を感じていたから、彼女の気持ちはよく分かるよ。」
「じゃあ、僕のやり方が悪かったっていうのか?」
「…かもね。」
「……。」
2人が呆然としていると、ふと「うっ…。」という声が聞こえてきて、女の子の目が少し開いた。
「君、大丈夫?」
求司が声をかけると、やがて女の子ははっきりと意識を取り戻した。
「ここは…?あたし…、どうしたの?」
彼女はゆっくりと頭を上げ、そして起き上がった。
「マ、マドリガル…、なのか?」
丈二が半信半疑で問いかけると、彼女は「どうして、あたしの名前を?」と聞き返してきた。
「君のことは以前から知っているよ。だって、さっきまでプレイしていたゲームのキャラだから。」
「ちょ、ちょっと、ジョー!そんなにはっきり言わなくても!」
「じゃあどうするんだよ、キュージ。」
「え、えっと…。」
2人が会話をしていると、マドリガルは「ジョーとキュージという名前なのね。」と言ってきた。
「う、うん。僕は野星求司。」
「蕨丈二です。君が登場するゲームを作った張本人です。」
2人は素直に自己紹介をした。
「あたし、マドリガル…。ここは…?あたし…、つい自暴自棄になって暴走気味にテレポートを唱えたら、その後の記憶が無くなっちゃって…。」
彼女は自己紹介こそしたものの、見知らぬ2人に戸惑い、さらにこれからどうすればいいのか分からずに戸惑うばかりだった。
「と、とにかく、君にはゲームの世界に戻ってもらって、ルウ達のパーティーに復帰してもらわないと。」
「嫌。戻りたくない。あんな冷たい扱いをされて、復帰なんて嫌。」
マドリガルはきっぱりと丈二の要請を断ってしまった。
「そんな…。」
「ほら見ろ。彼女をあんな風に扱うから。」
「……。」
丈二はもはや何も言い返せなくなってしまった。
「とにかく、彼女が戻りたくないと言っている以上、この世界にいてもらおうよ。僕が彼女を自分の部屋に連れていくからさ。」
「…分かった。…好きにしろ。」
「じゃあ、マドリガル。僕が君の面倒を見るから、ついてきてよ。」
「ついていって、大丈夫なの?」
「うん。僕は君を冷たく扱ったりはしないから。」
「…本当に?」
「本当だよ。約束する。」
求司は笑顔でマドリガルを見つめた。
彼女はそれでもまだ警戒をしていたが、帰る気にもなれず、他に行くところも無いだけに、彼を信じるしか道は残されていなかった。
そして最終的に求司についていくことに同意をした。
「あっ。でも、その格好だとちょっと外を歩きにくいね。ジョー、君の妹の服を彼女に貸してあげてくれる?」
「えっ?アンの服か?」
「うん。確か彼女は時々ここに帰って来るそうだし、何着かはあるでしょ?」
「まあな。分かった。彼女に着せてやることにするよ。」
丈二は求司の頼みを受け入れると、マドリガルを連れて現在一人暮らしをしている大学生の妹、安奈の部屋に向かっていった。
そして彼女に合いそうな服を取り出すと、部屋を出て求司のいるところに戻ってきた。
「これがこの世界で着る服なの?」
着替え終わったマドリガルは、不安げな表情をしながら2人のところにやってきた。
求司「うん。似合っているよ。」
「何だか、恥ずかしい…。」
今まで見たことも無い服を着ることになったマドリガルは、まだ不安を隠せずにいた。
「大丈夫。胸を張ろうよ。僕がついているからさ。」
「…うん…。」
「というわけで、僕は自分の部屋に戻ることにするよ。ジョー、またね。」
「分かった。またな。」
「あと、くれぐれもそのゲームのデータを消さないでね。」
「ああ。そうだな。」
「約束だよ。」
「分かってるよ。」
丈二は求司の念押しにタジタジになりながら答えた。
(もし削除したらマドリガルが消滅してしまうからな。とりあえず、このゲームに関してはそっとしておこう。)
彼は自分のせいでマドリガルをパーティーから、そしてゲームの世界から居場所を無くしてしまったことへの罪悪感を感じていた。
2人の姿が見えなくなると、丈二はゲームをセーブしてパソコンを閉じることにした。
そして椅子に座りながら呆然としていると、ふと彼のスマートフォンに着信音が鳴り出した。
「ん?誰からだ?」
彼が画面を確認すると、電話の相手は妹の安奈だった。
「もしもし。どうした?アン。」
『お兄ちゃん…。私…、所属していた音楽バンド、クビになっちゃったよお…。』
「クビ?」
『うん…。悔しいよお…。』
電話越しに聞いた彼女の声は明らかに震えており、泣きたい気持ちを懸命にこらえていることは明白だった。
安奈は大学で結成したガールズバンドQZXに所属していた。
メンバーはボーカルのMALICE、キーボードでリーダーのRAY、ギターのIYOKO、ベースのASTRID、そしてドラムスのANNEこと、蕨安奈の5人編成だった。
バンド自体は結成してまだ1年あまりの状態だったが、ビジュアルを全面に押し出した姿や、激しい曲調の歌などがウケて、人気はうなぎのぼりの状態だった。
そしてつい先日、ライブを披露して大勢の学生達の心をわしづかみにしただけに、このタイミングでクビになることはまさに寝耳に水だった。
「どうしてこんなことに?」
『それは…、話したくない…。でも、今からそっちに行ってもいい?』
「分かった。僕で良ければ、話を聞くよ。」
『ありがとう…。お兄ちゃん…。』
安奈はまだ気持ちが動転している状況だったが、一番の理解者である兄を話が出来たことで、徐々に落ち着きを取り戻していった。
そして丈二はもう大丈夫だと実感した後、電話を切ることにした。
しかし、ゲームの世界からマドリガルという少女がやってきて、彼女の服を貸し出したということは最後まで言えず、それをどう説明したらいいのか考え事をしていた。
一方、求司は自分の服やアイテムを持ったマドリガルと一緒に丈二の家を出た後、歩道を歩きだした。
するとすぐに2人の前を金属のかたまりがスピードを出しながら次々と横切っていった。
「きゃあっ!何この集団は!新手のモンスターなの?」
「違うよ。これは自動車って言うんだ。この世界での主要な移動手段なんだよ。」
「移動手段?襲ってきたりはしないわよね。」
「大丈夫。心配しないで。」
マドリガルはこれまで見知らぬものを見ると決まって敵と認識し、そして戦闘を繰り返してきただけに、自動車が敵に見えて仕方ないようだった。
(これは大変なことになりそうだな。彼女にとっては何もかもが初めてだし、それらを一から教えていかなければならないからな。でも、あきらめるわけにはいかない。彼女にとっては、僕しか頼れる人がいないわけだから。)
求司はそう考えると、おびえてばかりのマドリガルを懸命に励ました。
そして一緒にゆっくりと歩き出し、時間をかけて自分のアパートに向かっていった。
名前の由来
安奈:丈二と同様に、英語でも通じる名前を採用しました。
元々は安奈の方を先に決めており、丈二は後付けです。