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第3話 戦力外通告

 土曜日。この日は求司にとって休日で、ガールフレンドである月野さんに会うことになっていた。

 彼は連日の残業が響き、前日の夜は限界まで疲れ切っていたため、朝になっても起きる気にはなれず、結果的に約束の時間の1時間前までゆっくり休んでいた。

 本音を言えばまだ横になっていたい気分だったが、目覚まし時計の時刻を見ると途端に表情が変わり、急いで起き上がった。

(やばい。早く着替えないと。)

 彼はまだ気持ちがだるいままだったが、その体にムチを打つような感じで着替え、アパートを飛び出して行った。


 約束の場所ではすでに月野さんがスマートフォンを見ながら求司の到着を待っていた。

「月野さん、ごめん。待った?」

「遅いわよ。一体何をしていたのよ!」

「ごめん。残業で疲れちゃって。」

「言い訳は無用!時間は厳守してよね!」

「ごめん。僕だって急いでいたんだ。まあ、確かに5分遅刻しちゃったけれど、許してね。」

「どれくらい遅れたのかなんて関係ないわ!遅刻は遅刻!私の時間を返してよ!」

「だからごめんってば!」

 求司は心の中ではそんな言い方しなくてもいいのにと思いながらも、彼女に平謝りだった。

 そして彼はほとんど朝ご飯を食べていなかったため、一緒に食事のとれる場所に行くことを提案した。

「私、あまりお腹すいていないんだけれど。」

「じゃあ、コーヒーを注文する?」

「いいわよ。でも、払うのはQの方だからね。」

(※彼女は求司のことをQと呼んでいます。)

「分かった。僕が払ってあげるからね。」

「当然よ。遅れてきたんだし。」

「うん…。」

 月野さんの口調が厳しかったことを受けて、求司は思わずビクッとしたが、素直に同意することにした。


 お店に入っていくと、彼はトースト2枚とミルクティーのセットを注文した。

「月野さんはコーヒーで良かったよね?」

「それに加えて、このパフェを注文するわ。私、前からこれを食べてみたかったから。」

「えっ?」

「何よ。遅れてきたくせに。」

「わ、分かったよ…。」

「OK。じゃあ、私はこのフルーツパフェとコーヒーのセットで。もちろん、Qが支払いね。」

「えっ?せめてパフェは…。」

「何か言いたいことでもあるの?」

「い、いや、その…。」

 求司は彼女の声が大きかったこともあってビクッとしてしまい、周りのお客さん達の視線が気になってしまった。 


 注文が済んでしばらくすると、求司の頼んだトーストとミルクティーが来たため、彼は手を合わせて「いただきます。」と言うと、即座に食べ始めた。

 すると月野さんの表情が「ちょっと!何で私より先に食べ始めているのよ!」と言い始めた。

「声が大きいよ。」

「何よ!食べながらしゃべらないでよ!」

「ごめん…。」

 求司は彼女の言い方に再びビクッとしてしまい、また周囲の視線を気にしてしまった。

 その後、パフェが来ると、月野さんはおいしそうに食べ始めた。

(お腹すいてないって言っていたのに、これって別腹なのかな?それとも僕と一緒ならただで食べられるって考えたから注文したのかな?)

 トーストを食べながら彼は疑問を抱いていたが、直接聞くわけにも行かないため、結局そのまま食べ続けた。

 すると途端に眠気に襲われ、あくびが出てしまった。

「ちょっとあんたねえ。食べながら何やってるのよ。」

「あっ、ごめんなさい。」

「眠いの?」

「う、うん…。」

 求司は口を閉じたまま、コクッとうなずいた。

 月野さんはそれを見て、何か言いたげな表情になったが、不機嫌な気持ちで食べたくないとでも思ったのか、それ以上は何も言わず、黙々とパフェを食べていった。


 食事が終わり、求司がお会計を済ませると、2人はお店の外に出た。

「ごめんね。せっかくこうやって会えたのに、あくびなんかしちゃって。」

「あんた、本当に眠いのね。目の下にクマが出来ているし。」

「ごめん。仕事が忙しくて…。」

「忙しいって、いつもそんなこと言っているじゃない!とにかく眠いのならもういいわ。せっかく時間を作って会いに来てあげたのに、これじゃ気分悪くなるから。今日はアパートに帰ってゆっくり休みなさい!」

「はい、ごめんなさい…。」

 求司はガックリと肩を落としながら答えた。

 一方の月野さんは「それじゃ、私、あのバスに乗るわ。もうすぐ発車時間だから、失礼します!」と吐き捨てるように言うと、バスの停留所に向かって駆け出していった。

 求司はそんな彼女の後ろ姿を何も言わずに見つめていた。

 そして大きなあくびをすると、駅の方に向かって歩き出していった。

(どうして僕は仕事でもプライベートでもこんな目にあうんだろう。自分なりに色々努力しているのに…。)

 彼は込み上げる悔しさや叫びたい気持ちを懸命にこらえながら駅の改札口を通り、ホームへと向かっていった。

 その後、アパートに帰った彼はゆっくりと休むことにした。


 月曜日の朝。ゆっくり休んである程度元気になった求司は、また阿井さんを始めとする上司や同僚達に何を言われるのか、そして今週はどれくらい残業をすることになるのかという不安を抱えながら会社に出社した。

 そして窓際にある自分の机に座り、みんなに背を向けながらパソコンを立ち上げて作業に取り掛かった。

 この日は丸一日パソコンとにらめっこし続けたため、途中から目の痛みと闘う状態になり、繰り返し目薬をさしていた。

 その頃。上司の社員は別室で会議をしていたが、どうやら終了したようで、阿井さん達がオフィスに戻ってきた。

 すると彼女は目の痛みを気にしている求司のところにやってきた。

「野星君。」

「あっ、はい。何でしょうか?」

「ちょっと話したいことがあることがあるんだけれど。」

「話したいことって?」

「大事なこと。この後、別室に来てくれる?」

「別室ですか?」

「そう。1対1で話したいことがあるから。時間、大丈夫?」

「分かりました…。じゃあ、一区切りついたら話し合いに行きます。」

 求司は何か嫌な予感を感じながらも承諾した。


 そして、切りのいいところまで作業をするとパソコンをシャットダウンし、阿井さんのところに向かっていった。

 2人で別室に入り、椅子に座ると求司は阿井さんの表情を見て、これから何が起きるんだろうという不安に襲われた。

「野星君。実は先程の会議で決まったことなんだけれどね。」

「何が決まったんですか?」

 求司が声を震わせながら問いかけると、次の瞬間、阿井さんの口からは彼が最も恐れていた発言が飛び出した。

 思えばこの1年間、大した実績も残せず、結果として窓際社員になっていただけに、そうなっても不思議ではなかったが、それでもそれを聞くと求司は何も言えなくなり、手を震わせながら固まってしまった。

「そういうことです。君には申し訳ないですが、断腸の思いでこのような決断とさせていただきました。本当にごめんなさい。」

「……。」

 求司は阿井さんからの謝罪の言葉を聞いても何も言えず、呆然としたままだった。

「とにかく、今の君には気持ちを整理する時間が必要だと思うので、今日はここまでにしてみてはいかがでしょうか?」

「はい…。」

 彼はようやく返事をすると、泣きたい気持ちをこらえながら立ち上がり、とぼとぼと部屋を後にしていった。

 その後ろ姿を阿井さんは申し訳なさそうに見つめていたのを、求司は気付く由も無かった。


 帰り道。まだ事実を受け入れられずにいる彼は、自暴自棄になりたい気持ちを我慢しながら夜道を歩いていた。

(思えば、この会社に来てから、つらいことばかりだった…。辞めたいと思ったこともたくさんあった…。でも、学生時代に一生懸命就職活動をして、やっと内定をつかみ取った会社だったから、やっぱり悔しい…。これからどうすればいいんだ…。収入はどうしよう…。中途で再び正社員になれるんだろうか…。)

 うつむいて歩きながら、彼はうつろな表情で駅へと向かっていった。


 電車の中で、求司はスマートフォンを取り出し、母親に会社から戦力外通告を受けたことをSNSで伝えることにし、さらにそれをコピーして月野さんに伝えた。

 すると電車を降りた後、まず母親から返信が来た。

 そこには次のようなメッセージが記されていた。

『せっかくの正社員だったのに、これからどうするの?とにかく頑張りなさい。』

(頑張りなさいって…、頑張りなさいって…。これでも一生懸命頑張ってきたのに…。)

 その言葉は求司にとって言われたくないものだっただけに、心にグサリと突き刺さった。

 しかもこれまで目立った実績も残せなかったため、これから正社員として雇ってくれるような会社が現れるとも思えなかった。

 すると今度は月野さんから返信が来た。

『たった1年でクビになるなんて、だらしないわね。そんな男と付き合っていても、安定した将来は望めそうにないし、お金のことを考えると不安になるから、あんたの関係はここまでにしてもらってもいい?』

 彼女からは母親以上にグサリとくる言葉を突きつけられてしまい、彼の心はまずまず傷ついてしまった。

 そして考え直してほしいという内容の返信をしようにも言葉が浮かばず、結局何も出来ないままアパートに向かって歩いていった。

(ただでさえこんなにつらいのに、さらにつらい目にあわされるなんて…。もし今、駅のホームにいて、電車が到着するアナウンスが流れたら、どうしたんだろう…。)

 彼は一瞬はやまったような考え方をしてしまったが、次の瞬間にハッとして我に返った。

(ダメだ、そんなことを考えては…。とにかく生き延びなければ…。)

 求司は相変わらず気持ちを整理出来ないままアパートにたどり着いた。

 そして中に入るとパソコンを立ち上げ、ネット上に掲載されているマドリガルのイラストの数々を見ることにした。

 笑っている彼女。寂し気な表情の彼女。強力な魔法を唱えている彼女などを見ているうちに、彼はゲームで苦しい立場に置かれているシーンを思い出した。

(彼女は以前見た動画の中では、窓際社員のような感じになりながらも文句ひとつ言わずに明るいキャラとして活動していたけれど、実際はどうだったんだろう?もしかして心の中ではつらい思いをしながら、それを我慢しながら過ごしていたのかな…。)

 求司はマドリガルのイラストをいくつも見ながら、彼女に何度も問いかけた。

 しかし所詮絵であるが故に、彼女が答えてくれるはずもなかった。

 そして、気に入ったイラストをしばらくの間じっと見つめた後、パソコンをシャットダウンして夕飯を食べることにした。


 これからどうすればいいんだろう…。

 とにかく、しばらくは貯金を切り崩して生活することになるけれど、いずれは職探しをしなければ…。

 でもこれから正社員になれるんだろうか…。

 バイトで食いつなぐしかないんだろうか…。

 とはいえ、バイトの一人暮らしじゃ相当金銭的に厳しいだろうし…。

 もし貯金も出来ないまま、貧乏生活になってしまったら…。


 第2、3話の求司は、僕の実体験を参考にしています。

 つらいことが色々あったとはいえ、会社を戦力外になって奈落の底に落とされた時。

 時期は違いますが、付き合っていた人にフラれた時の気持ちを盛り込んでみました。

(ただし、あまりリアルに書いてしまうと僕が特定される可能性があるので、ある程度変えています。)

 本音を言えば忘れていたいことも色々ありますが、あの日と比べれば何のこれしきと思う材料にもなっているため、作中で掘り起こしてみました。


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