母娘の赤い長靴
今年は帰省しなかった。
クリスマスの数日前から寒波が上空に居座り、飛行機が欠航するなどして交通の便の混乱が長引いているから。
だから年末年始はバイト三昧。
そんな自分自身にご褒美と、コンビニに寄って甘酒と餡饅を買う。
もう直ぐ明日になる時間帯、甘酒と餡饅が入った袋を胸に抱えて温まりながら雪が舞う夜道をアパートに向けて歩む。
雪があまり降らない地方から豪雪地帯の大学に入学して、雪国の大変さが身に沁みる。
私が今歩いている道も歩道と車道の間に人の背丈を越す高さの雪の壁がある。
大抵のドライバーは壁の間から歩行者が出て来るのを見越し減速して走っていた。
でもそういう危険性なんて知った事かと傍若無人に制限速度を無視して走るドライバーも、少なからずいる。
だから歩行者は恐る恐る壁の間から顔を覗かせ、左右を確認してから横断していた。
それでも夕方に事故が多発。
殆んど全部、傍若無人に走る車の単独事故。
事故を起こしたドライバーは全員、「赤い長靴を履いた鬼のような形相の女が、車の前に飛び出して来た」と証言しているのだけど、事故を目撃した人は誰もそんな女性を見ていないし、事故現場近くにあった監視カメラや防犯カメラにも赤い長靴を履いた女性は映って無い。
地元出身の大学の友人の話では30年くらい前の夕方、青信号の横断歩道を渡っていたお揃いの赤い長靴を履いた母娘が信号無視の車に轢かれた。
突っ込んで来る車に気が付いた母親が娘さんを庇おうとしたけど、車と娘さんの間に入った母親は即死、娘さんも5〜6時間後に病院で亡くなったと言う。
そのとき亡くなった母親が傍若無人に走る車の前に飛び出しているのだろうって、此処らに住む人たちは噂していた。
そして今時分になると女の子の幽霊が此の道に出る。
道を歩く女性を小さな赤い長靴だけが追いかけて来て、女性が振り向くと「ママじゃない」って言葉を残し小さな赤い長靴は消え去ると聞く。
サク、サク、サク、サク、…………
そう、こういう足音が後ろから聞こえて来るのだって。
『え?』
え? って思い振り向いたら、私の後ろ2メートルくらいの所に小さな赤い長靴があった。
「ママじゃない」
此の長靴だ。
私は「ママじゃない」って聞こえたとき思わず声を掛け、胸に抱いていた袋を差し出す。
「まって! 此れ持って行って」
袋を小さな赤い長靴の方に差し出すと、赤い長靴を履いた可愛い女の子が私の前に立っていた。
「もらっていいの?」
「寒いでしょ、此れ食べて温まって。
後ね、ママを探しているのだったら、もっと早い時間、夕方頃に探してみたら良いと思うよ」
「うん、そうする。
おねえちゃんありがとー」
女の子は小さな手を振りながら返事を返し、甘酒と餡饅の入った袋を抱え来た方に走り出す。
女の子の姿は雪が舞う中に溶け込むように消えた。
多分だけど亡くなった時間が違った為にその事に気が付かないまま、お互いに探しているのだと思う。
女の子とお母さんが出会える事を祈りながら、私はアパートに向けて歩き出した。