鼻を明かす 20
「やはり、こうなったか」
ずっと目を閉じていた幼女が目を開く。
「アイ、ウル。
トワは決して汝らのこと、恨んではおらん。
むしろ、内心では謝っておったくらいぞ」
「トワちゃん……?」
混乱したウル王女は幼女をトワと呼んだ。
だが、幼女と目が合ったケイは直感する。
「違う。そのお方こそ、閻魔様だ」
が、答えた後で首を傾げた。
閻魔はケイに微笑みながらも、その疑問に答える。
「トワは永遠に赤子で死ぬことを望んだ。死に続けることを望んだ。
が、儂はそれを拒んだ。
望む内容が代償に値する故、望みでは無いと判断したのじゃ。
ところが、更に代償を追加しおってなぁ。
結果、破格の条件を貼り付けて地獄へと送り出すことにした」
禁術を極めた結果、魔王の呪いや業に辿り着いたマイカが口を開く。
『あの子が泣けば、周囲の生物から寿命を奪うことになる。
恐らく、契約した年数分を奪ったら、あの子は閻魔と体を交換することになっていた。
あの子は知っていたから泣かなかった。
寿命を奪えば赤子のままでは居られなくなり、勇者を選定しなくてはならなかったから』
「じゃが、イレギュラーのせいで予想外の結果となった。
まんまと相手の罠に引っかかったのは儂じゃ。
恨みつらみ、何でも言うが良い」
諦めた様子の閻魔に対し、場に居た者はしばらく誰も口を開けなかった。
閻魔は不思議そうな顔を皆に向ける。
「まだ、解らぬか?
汝らを地獄に堕としたのが元閻魔の儂ということに」
『元閻魔様が感じているよりも、恨んでいないのが本音』
マイカの発言にガウラが頷いた。
「欲望や葛藤は赤の他人と触れ合う人間なら誰しもが持ち合わす業です。
それを赤の他人に擦り付けるような大人にはなりたくありません」
ケイの発言にマモルが頷いた。
「私が幼い子供であれば、恨んでいたかもしれません。
でも、今は恨みよりも疑問の方が勝っております。
トワちゃんは、いつから閻魔様となったのでしょうか?」
「閻魔へと至ったのはケイが名を呼んだ時じゃ。
今頃は、あちらでうれし泣きしておるよ」
ウルの疑問に答えた元閻魔は溜息をつく。
「閻魔や魔物へと至る片鱗を持つ者は、汝らのおった地球にも数多く存在する。
知識が豊富で感性豊かな者ほど、より多くの業を得るという結論が出ておる。
それが幸か不幸か、人間の成長と社会の発展に繋がっておるのじゃ。
儂も日本で生きておった頃は、多くの友の人生を狂わせてしもうた。
狂わせようとは一滴たりとも思うておらん。
純粋な好意と少しの好奇心、ただそれだけで共感者を増やしていった。
そして、日本という国には命を失うという危機感がまるで無い。
危機感に目が向かない以上、その目は赤の他人・隣人に向きやすい。
これからも、儂らのような存在は生まれ続けるのであろうな」
「友達の人生を狂わせた?
—— それは違うと思いますよ」
好意があるからこそ、赤の他人でも傍に近付くことが出来る。
共感できるからこそ、他人を思い遣れる。
だから友達や仲間になれる。
だけど、一線を超えてしまってはならない。
その距離感は個人によって差があり、同じ家族であっても大きいこともある。
だが、小さな子供ではないのだから自制できたはず。
マモルは思い出しながら言葉に起こす。
「ケイは良く覚えていると思うけど。トワちゃんの居た施設の事務の方は、『ゲストとして内観しつつ、会話をしてみたらどうか?』と何度も提案してくれたよね? だけど断って会談を推し進めた結果、トワちゃんは自殺した。
浦賀は気持ち悪いくらい絵に執着していたけど。それだってケイと一緒に過ごしていた子供の時に描いた絵だよ? それに勝手な妄想でトワちゃんの想いを作り変えて妄信して。
トワちゃんのせっかくの平穏を奪っておいて、まぁよく救おうだなんて考えたよね。
今地獄にいる皆、罪を償うまで何度でも死ねばいいよ!」
そしてニッコリと微笑み、宝玉に魔力を込め始める。
「「させない!」」
真っ先に気付いたイザーク王子が飛び出し、ウル王女がイザークを通じて母から預かった英知の結晶を掲げる。
イザーク王子がケイを押し出し、一緒に倒れると同時に、宝玉から黒い魔力の光線が空へと通り抜けていく。
「崇めたまえ、清めたまえ!」
ウル王女は、その光線の先端に向けて結晶から魔力を放った。
光線の先へとぶつかると、ガラスの割れるような音がして黒い光線が粉々に崩れてゆく。
上空で粉々になった黒い破片が雨のように降り注いだ。
「英知の結晶、か。
あまり使わない方が良いと思いますけど」
前世の記憶を一気に思い出したウル王女は発狂しそうになる。
だけど、それをグッと堪えてマモルを睨みつけた。
「それだと、不死の貴方は罪を償わずに済むとお思いですの?」
「いや? そんなことはないですよ?」
マモルは真面目な顔で答える。
「皆に幸せになって欲しい ―― それが彼女の願いでした。
そのために全ての業を担い、身を挺したのが彼女です」
そう答えたマモルは宝玉を大事そうに掲げ、魔力を込める。
「私も同じ願いですが、その皆の中には彼女も自分も含みます。
彼女はどうして業を一身に担ったのか。
解りますよね? 李」
ゆらり、と放置されていたリーンが立ち上がった。
白目が無い真っ赤な目で何を見ているのかは解らない。
だが、宝玉に視線が向いた途端、リーンは発狂した。
蹲り、ブルブルと震え、最終的には地面に横になって転がり出す。
「この業、地獄で均等に分配しても耐えられる質や量ではないんですよ。
何度もイレギュラーたちは試みたようですけどね、失敗しているんです。
その度に魔王は交代し、場合によっては地獄と閻魔の数を増やして対処しているくらいなんです」
「それなら、マモルはここで何をしようとしている?」
「生易しい閻魔様に代わって、本物の地獄にするだけだよ?
ちょうど8つ目みたいだし、阿鼻地獄と名付けようかなって」
ケイの質問に答えたマモルは満面の笑みだった。
「さて、御託は終わりです。
これから私は結界を壊し、世界中に業を分配します。
李のように壊れても、魔物化しても、均等に分配します。
エルフ族の英知の結晶を使って抵抗すれば、結界は維持できるでしょう。
ただし、世界中で増加した魔物の大暴走によって蹂躙され続けるでしょう。
精霊として生まれてすぐ死に続ける ―― 彼女の本当の願いと同じですね!!」
誰もが愕然とマモルを見つめた。
マモルはニッコリと微笑む。
「私を殺しても構いませんよ?
その場合は、私を殺した者が魔王になり、宝玉を継ぐだけですから。
ただし、これだけは言い切れる。ケイでは耐え切れないよ。
私だって元閻魔様が居なかったら耐える自信はない」
マモルは元閻魔に視線を送った。
元閻魔は頷き、ケイを見つめる。
「現魔王も、よう耐えたものよ。
今頃は願い通り、会えておると良いのじゃが。
そして、結界が壊れたら儂もここには居られまい。
地獄から消滅するのか、転生するのか。前例がない故、解らぬがの」
元閻魔はトワちゃんのように微笑む。
「―― さあ、選ぶが良い」




