鼻を明かす 19
包丁を持ったアイは、ウル王女と合流できないまま、たった1人で森を抜けた。
何十回、何百回、何千回とやってきた道だ。
忘れるはずもない。
ただただ、その怨念をぶつけるためだけにアイは走った。
だが、
「やめろ、やめるんだ、アイ姉さん!!」
邪魔が入った。
アイはその者の顔を見て驚愕する。
その隙に、ケイはアイから包丁を奪い取った。
「この子は俺らの次女のカゴ・トワじゃない!
クメ・トワちゃんなんだよ!!」
その途端。
パリンッと何かが割れる音がした。
「ああああああああああっ!?」
そう叫んだのはアイ。
悲痛な表情で両目を両手で押さえている。
ウル王女は駆け付ける途中で耳を塞いだが、それでも酷い悲鳴だったのだろう。
辛そうに、痛そうに、表情を歪めてしまっている。
ただ。
こうなることを解っていたケイだけは、願いの1つが叶ったことでニヤリと嗤った。
「彼女の死後の願いは、アイに視力を、ケイに聴力を渡すことだった」
転生の際、閻魔はそう言いながらケイに“彼女の耳”を渡してきた。
「だが、その願いは非常に難しかった。
何せ、地獄に来る時点で肉体は無関係になるのだから。
だから、生きている2人に幸運を授けた。
手術を受ければ確実に成功する。
その代償として、彼女の前世での本名をアイかケイが言えば、地獄でのアイの視力、ケイの聴力は元の持ち主である彼女に返される」
―― 彼女とは、誰のことだろう?
大事な人だったのだろう。
ケイは幼い少女の顔を思い出していた。
だが、名前が思い出せない。
「彼女の代償は、名前……ですか?」
「……彼女は何度も0歳で死ぬことを望んだ」
「死を、望んだ?」
「もはや、彼女はただの魔物だ」
トワちゃんが魔物というなら、一体誰が次期魔王候補なのか。
本来の次期魔王候補はケイだった。
そのケイが勇者となったのであれば。
簡単な推理だ。
「マモル、お前は本来、この国の勇者だった。
鑑定をどうやって覆したのかは解らないが。
今は次期魔王候補なんだろう?」
今もアイは七転八倒している。
両手の隙間からは血が溢れ出ていた。
今までの目が抉り取れられ、本来の目が戻って来たのだろう。
ケイもまた、耳には激痛が走っていた。
だが、きちんと前世で手術をしていたからか聴覚は失われていない。
手術の後の激痛に比べたらマシなくらいだった。
本来のトワちゃんの目は特別なモノが見れたに違いない。
アイの目が抉り取られたのは、その目をアイが悪用したためだろう。
「それが、どうかした?」
やっと昏睡のリーンを引っ張って来れたイザーク王子が息を整えていた。
イザーク王子に付き添っていた大精霊マイカと精霊ガウラがアイの様子を覗き込んでいる。
「その業は、元々は俺のモノだ。返して欲しい」
「ケイじゃ耐え切れないよ」
「それでも、俺は業を受け入れなくてはならない」
「あぁ、確かにね。でも、これは渡さないよ」
マモルは答えつつ、ポケットから真っ黒の宝玉を取り出す。
「ねぇ、ウル王女サマ。
良いですよね、身分の良い暮らしは。
それ、誰が与えたと思います?」
「っぁ……」
ウル王女は、前世でトワという名前だった。
ただ、前世では友達を迎えに行けなかった。
今の幸せを与えてくれたのは、その友達だったというのに。
「アイさんだって、気付いていましたよね?
義理の妹に与えられた目だということに。
普通の目だと音は見えないのですから」
アイもまた、ピアノの一件から目への違和感は強まっていた。
もしかして、と思わないわけでもなかった。
ただ、認めたくなかった。




