閑話 08
月日は流れ、ケイが片言でも会話を楽しめるようになった頃。
高校の時にケイが手記で教えてくれた、クメ・トワという人物を探していた真守は、ようやくそれらしき人物が入居する施設に辿り着けていた。
3人を連れてやってきたケイは、施設長に面会を希望する。
だが、施設長は悲しそうな表情をし、頭を横に振るばかり。
「ここに住まうのは、脳に重い障害を持つ孤立無援の者しかおりません。
お会いしても、貴方様のことを覚えていない可能性があります」
何日も通い続けた結果、3人は別室で待機、ケイだけがトワちゃんと会うことに。
だが、
「どちら様でしょうか?」
やはりトワちゃんは覚えていなかった。
当然だ。
そもそも、覚えておきたくもなかったのだろう。
あの時、母を包丁で殺してしまったのは自分だ。
だが、あの後のトワちゃんは必死に外へ出て、力尽きて、病院で保護された後、自首したというのだから。
交番に行こうとしたのだろう、と多くの人の目撃証言があった。
包丁で刺したと何度も言っていた、と病院の看護師が言っていた。
「幼い頃、貴方にお世話されていた、耳の聞こえなかった少年です。
貴方が私の代わりになっていただけたので、今、ここに自分が居られます」
「……ごめんなさい」
ケイは少し悲しくなった。が、
「お名前も、顔も、覚えていません。
でも、いつも悲しそうな顔をしていた貴方が、今は生き生きしていることは、解ります。
お耳も聴こえるようになって、会話が出来るまでになったのですね」
「っ!!」
それからは、別室に居た3人も交えて会話をすることが出来た。
トワちゃんは他人の顔と名前を長期的に覚えておくことが出来ないだけで、物に関することや仕事などの経験は一般の人と同じくらいには記憶できているらしい。
だが、やはり他人と密に関わる仕事は出来ない。
「ここには、自分のことしか見えていない人しか入居していませんから、居心地が良いのです」
「ならば、何故、貴方はケイの家に、次女のトワと交換するように住み始めたのですか?」
すると、トワちゃんは悲しそうな表情をして頭を横に振った。
「私は……引っ越しを、したくなかっただけです」
「「「「えっ」」」」
「両親が、私に内緒で引っ越しすることを決め、準備を進めていたことは、気付いていました。
業者の方に荷物を段ボールに詰めてもらっていたのですよ?
それなのに、両親は私に何も言ってくれませんでした。
ささやかな抵抗のつもりでした。
でもまさか、一晩だけ隣のトワちゃんと交換したその夜に、引っ越すとは思ってもいませんでした。
この話も、知ったのはこの施設に来てから、です。
あの時、トワちゃんが、気が済んだら迎えに来るって言いました。
多分、一晩で飽きるから、と。
でも、いつまで経っても迎えに来ないので、自分から隣に行きました。
カギは開いていて、もぬけの殻でした。
業者の方が、内装を綺麗にしていました」
4人は、何も言えなくなった。
カゴ・トワは、クメ・トワと入れ替わった。
次女のトワは、浦賀の隣にあった一軒家サイズの城に引っ越してきた。
最初の数年はアニメのような城でテンションも上がり、謳歌していたのだろう。
だが、次第にクメ・トワがどのような生活を送っていたのか、理解したのだろう。
何せ、両親ともに視力がほぼ無い。
勘や手探りで生活を送っていても、それだけでは難しい側面も出てくる。
それをフォローしていたのがトワちゃんだった。
だが、トワちゃんではない次女のトワは、そのフォローの仕方が解らなかった。
だから、次女のトワは悩んだ結果に全てを独りで抱え込んだ。
「祖母が調べてくれていたみたいで、遺品の中に手記が残っていましたよ」
浦賀はそう言いながら祖母の手記を開く。
「教師経由で警官に保護された後、カゴ・トワは重度のうつ病と医者に診断されたようです。
限界を迎えて、教師と警官に隣のトワちゃんと入れ替わったことを自白した上で、どうしても前の両親の元には戻りたくなかったことを訴えたようです」
「だけど、既に母は死んでいて、姉弟はバラバラになっていた」
「それでも隣のトワちゃんに謝り、迎えに行きたかったカゴ・トワは、何度か家出を試みました。
ですが、何度も警官にお世話になった結果、教師が城の両親にお話をしてしまったようです。
その影響で城の方の母親は入院し、父親は逮捕されて警察署内で取り調べを受けました。
そして、その数日間で城は全焼しました。未だに原因不明で処理されています」
「カゴ・トワは一旦施設に入ったものの、夜逃げした挙句に、東京行きの夜行バスに不正乗車した。
で、バスが事故ってお陀仏、と。
自分はシートベルトしていたから助かったケド、あんなトコに居たら即死だっただろうネェ。
何せトランク開けたら——」
「言うな、李。浦賀がまた失神しちゃう」
楽しそうに話す李だったが、ケイも真守も耳に胼胝ができるほど聞いた内容なので止めさせた。
が、既に時遅し。
浦賀が想像でもしてしまったのか失神してしまったので、その日はお開きとなった。




