鼻を明かす 12
リーン、イザークと共に結界へ足を踏み込んだはずだったのに。
ケイは独り、灰色の世界に取り残されていた。
灰色の世界とは言っても、濃淡は解る。
だから、今居る場所は、前世で住んでいた団地の一部屋だとすぐに理解できた。
ただ、そこには何もない。
家具どころか、洗面台や浴槽すらない。
外に出ても、灰色には変わりなかった。
近くにある街路樹ですら、緑色や茶色ではなく灰色だった。
周囲に人の気配はない。
だが、外は危険だとマイカがポケットの中から叩いて知らせてくれた。
つまり、ケイは何者かに危険視され、前世の家という牢獄に閉じ込められたのだろう。
何もない家に戻るとマイカがポケットから勝手に出てきた。
そして反対側の一部屋を指す。
ドアは開いていたので勝手に侵入した。
「おやつ、できた」
トワちゃんが、台所で料理をしていた。
ガラガラした単調な声で、玄関に居るケイの方を見て言う。
「アイちゃん、帰ってくる前に、食べて」
「どう、いう……」
ことなのか。
聞こうとして、体が勝手に動いた。
そして、ちゃぶ台へと向かい、座布団の上に正座する。
確かに、アイが帰宅する前におやつを作ってもらったこともあったが。
完全に過去の記憶と再現 —— というわけでもないらしい。
トワちゃんがケイの前に出したのは、ふわふわのパンケーキだった。
バターの良い香りが鼻を掠める。
我慢ならずに、フォークとナイフでパンケーキを切り出し、口に運んだ。
「おい、しい……」
「よかった」
トワちゃんは笑顔で向かい側に座る。
「ケイちゃん、よく、絵、描いていた、から」
「……?」
「ふわふわ、パンケーキの、絵。あと、店の、看板。じっと、見てた」
「っ!」
「食べさせて、あげたかった」
当時は耳が聞こえなかったから、おやつの時、何と言っているか解らなかったけど。
今なら良く解る。
そして、今なら伝えられる。
「トワちゃん、ありがとう!」
「どういたしまして」
「だけど、ここから進まないとならないんだ」
その一言にトワちゃんが悲しそうな表情をした。
「そういう約束をしたんだ。約束は守るよ」
「偉いね、ケイちゃんは」
「ううん、偉いんじゃないよ。
ただ、約束は守りたいんだ。
じゃないと、お母さんと同じになっちゃうから」
壁にヒビが入った。
次第にヒビ割れが大きくなり、やがて壁が崩れてゆく。




