鼻を明かす 09
—— 魔王国の勇者が結界に挑むので、しばらく留守にします。
連合国の重鎮たちは、エドワードとマリアの発言に狼狽していた。
だが、その内の1人で聖火を保存している者が鎮める。
―― 失敗は許されない。
エドワードはゆっくりと、しかし、しっかりと頷き返した。
聖火に使われている心材は、連合国の以前の勇者の亡骸だという。
国外追放された以前の勇者は、どこからか帰国するなり、今から死ぬから体を聖火の心材に使ってくれ、と言い残して本当に息絶えたという。
聖火瓶の作成も、最初は違う心材を利用しようとした。
だが、上手くいかない。
結果的に、心材を少しずつ切り崩して聖火瓶に詰めていた。
だが、それももうすぐ尽きようとしている。
異形の魔物は、聖水を駆け、心臓を正確に短剣で貫ければ死ぬ可能性が高いことは解っていた。
だが、同時に心臓を貫いた者が返り血を少しでも浴びてしまえば呪詛が転移してしまう、と推察されている。
ただ、エドワードとマリアの甲冑は血が付着しないコーティングがされているらしい。
だから対抗できるのはエドワードとマリアしか居ない。
だが、エドワードは超人的なスキルの代償として殺人を犯せないという。
そんな2人は行く決心をしているし、恐らくキーマンになるだろう。
しかも死までも覚悟している以上、重鎮たちが止められるはずがない。
エドワードは聖火瓶を全て返すと宣言したが、重鎮たちは持って行けと餞の代わりに託した。
マリアはその意味を察して動揺したが、重鎮たちもまた、その時が来たら死を覚悟して2人を見送ることに全員一致で決めていた。
ならば、その覚悟を含めて受け取らざるをえまい。
リーンはイザークと歩きながらも、悩みに悩んだ末に訊ねることにした。
「王子、まさか結界の中まで私たちに付いて来るつもりですか?」
イザークは少し驚いた後、少しだけ暗い表情をする。
だが、リーンはそれが意外だった。
「何か……ウル王女のこと以外に、気になることでも?」
「・・・」
「黙っていたら、解りませんよ」
しかし、イザークはなかなか口を開かなかった。
だが、しばらく経って答えが出たのだろう。
「父上が……ドラグ国王が、以前に言っていたことがある。
『世界の方針を間違えた。このままでは崩壊する』と。
そして、退避する直前に母上から コレ を託された」
イザークは腕に着けていたブレスレットを見せてくる。
「エルフ族の英知の結晶で、エルフ族の血縁者ではないと持つ意味がないらしい。
詳しいことは解らない。ただ、時が来たら自動で発動する、らしい。
コレを、本来の所有者であるウルに渡して欲しい、と言われた」
「エルフ族の女性、ということですかね?」
「だと思う。ただ、気になることは他にもある」
そう言い、イザークは深呼吸する。
「お前たちは、ここをジゴクだという。前世の知識からそう思っているのだろう。
だが、私にはその前世の知識もなければ、ジゴクという概念もない。
ジゴクとは、一体何なのだ?」
やはり、そうか。
リーンはそう感じつつも、どう説明したものかと考える。
この世界は、前世の知識がある者にとっては地獄と想える。
ただ、果たして本当に地獄なのかと問われても、それに対する答えが無かった。
まして、前世が無い者、前世で知識が得られなかった者、前世に地獄の概念が無かった者などには、この世界での知識しか持ち合わせていないのだから、地獄を語ったところで理解はしにくいだろう。
イザークは、恐らく前世が無かった者だと思われる。
前聖女も前世で知識が得られなかった者だったらしい。亀族長が以前に言っていた。
そういう者は、特に呪詛への抵抗力が低いのではないか、とも聞いている。
「前世で罪を犯した者が、死後に向かう世界のことです。
罪の重さによって、地獄での運命が大きく左右されます」
「なら、お前にも前世の罪があるのか?」
「ありますよ」
「それはなんだ? 窃盗か? 殺人か?」
リーンは前世を思い出し、目を逸らす。
前世、リーンは暗くて静かな場所が苦手だった。
だから、一刻も早く明るい場所に行きたかった。
だけど、周囲は真っ暗で呻き声しか聴こえてこない。
ふと、キャリーケースの中の、土産物として購入した懐中電灯を思い出した。
暗くなってしまった寒空の下。
何とか這い出ると、奥まった場所に、小さな緑色の灯を発見した。
母が、目印にと着けてくれた蓄光キーホルダーのおかげだろう。
ただ、距離はかなりあったし、隙間はかなり狭かった。
這ってでも行くべきか酷く悩んだが、外よりも中に居る方が安全だろうと結論に至った。
キャリーケースがあった場所は、本来なら四方を囲まれている所。
だが、何かの拍子に一面だけ取れたのだろう。
おかげで外よりも暖かった。
鍵が壊れていたおかげでケースはあっさり開く。
そして懐中電灯の絶縁シートを引き抜き、明かりを灯す。
そこは、血で真っ赤に染まった光景が広がっていた。
それから、前世のリーンは刺激を求めるようになった。
だが、色んなことに手を出してもすぐ飽きる。
最終的には、手を出してはならないモノに縋り、自滅したのだと思う。
リーンが前世を思い出したのは、ケイと出会ってからだったが。
「私の罪は、アンタと出会ったことで、償いが完了したのかもしれないです」
幼いイザークとの会話は楽しかった。
時には剣を指導することもあった。
そして、あの日を境に刺激を感じなくなり、侵入にも罪悪感を抱くようになった。
イザークは少しだけ目を丸くしたものの、ふっと優しい表情になる。
「きっとお前はそこまで重罪ではなかった、ということだろう。
そして、お前にとっても この世界がジゴクでは無くなった ということだろう」
「っ!」
前世のリーンの罪は許された。
それを、イザーク王子に言われたことで証左となった。
心のどこかで前世の罪を懺悔し続けていたリーンは、自然に落ちてくる涙をしばらく止めることが出来なかった。
ちなみに、龍族の元第一騎士団長は強くて硬く、マリアですら止めを刺せなかったため、聖火瓶を使うしかありませんでした。




