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とわのゆりかご  作者: 葉月雷音
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目をつむる 04

今日から1日2話ずつ、11時と17時に上げていきたいと思います。

「目をつむる」の章は全15話になります。


 イザーク王子は、今日もウル王女の元に通っていた。


 護衛はいつもの第二騎士団長ではなく、新米の騎士。だけど、ウル王女が居る部屋には側室の女性も居るので、異性の護衛の身分では部屋の中までは入れない。

 イザーク王子は護衛が好きではなかったので、護衛を撒けて、目当てでもある母が居る、ウル王女の部屋に来ることが日課になりつつあった。


 ウル王女は生まれて1ヶ月ほど経った。

 イザーク王子の実母でもある側室は、乳母には任せず、ほぼ付きっきりで世話をした。

 今もウル王女が泣き、メイドの1人が側室の監視の元、オシメを丁寧にお取り換えしている。


「母上、どうして赤子はすぐ泣くのですか?」

 不意にイザーク王子が母に聞いた。ベッドに座っていた母は微笑みながら答える。

「イザークは前に、私に怒ったこと、あったわよね?」

「う、……うん」

 ごめんなさい。そう思いながらもイザーク王子は正直に答えた。



 ウル王女が生まれた翌日、イザーク王子は側室の部屋に遊びに行った。以前のように、母と庭で駆けっこが出来ると思って。

 ところが、入室するなりウル王女が泣き喚き、母とメイドはあやすことで手いっぱいだった。

 イザーク王子はしばらくソファで待っていたものの、ウル王女が泣き止んだ時には、母は既にベッドの中に入ってしまっていた。代わりにベテランのメイドがウル王女を抱えて揺すっていたので、その日はイザーク王子も諦めて部屋を出て行った。

 しかし、翌日も、その翌日も、母はぐったりしていて相手にしてくれない。


 とうとうイザーク王子は父であるドラグ国王に直訴した、母上が相手にしてくれないと。

「イザーク、主に付けている護衛は良く知った顔ばかりだろう? そっちではダメなのか?」

 忙しそうなドラグ国王はその一言だけ答えて仕事に戻ったので、代わりにエドという愛称で呼ばせてくれる鑑定士が詳しく例え話を交えて教えてくれた。



 イザーク王子は、市中には馬車でしか行ったことがない。

 馬車を降りても護衛が常に傍に居るし、伴って店に入る、店内を見て回る、くらいしか市中を歩いたことがない。


 しかし、市中にもスラムと呼ばれる無法地帯がある。さらに市中の道は、馬車から見えている綺麗な範囲だけではなく、魔物が居て危険な森や海にも繋がっている、らしい。

 もしも今、突如としてスラムの住人の暴動や魔物の大暴走(スタンピード)が起きた時、イザーク王子1人ではまだ震えて城に引き返すことも出来ません、とエド鑑定士は言い切った。


 それと同じで、ウル王女は生まれたてなので何も知らない。

 その口にするモノが安全なのか、そもそも食べ物か、そうではないのか、それすら知識がないので判断が出来ない。

 そしてウル王女の護衛はまだ決まってもいないので、目の前にいる母とメイドだけが信用できる人で、それ以外は信用できない人。そうウル王女は判断している。

 ただ、この判断に悩むと、悩むという感情に恐怖して泣く。だから、せめてウル王女が起きている間は必ず母かメイドが傍に居ないといけない、ということらしい。



「赤子にも感情はあるの。でも“自分では何もできない”。……例えば、イザークもお漏らししてベッドが濡れたままだと、気持ち悪いでしょう?」

「う、うん」

「使っていたスプーンを落として、マナー違反で慌てたこともあったでしょう?」

「……う、ん」

 イザーク王子は顔を真っ赤にしながら俯いた。全て母にはお見通しだったことが凄く恥ずかしかった。が、母はウフフと笑ってイザーク王子を呼び、抱き寄せる。


「私にも経験があるもの」

「え、母上も……?」

「えぇ。でも、あの時の私では、何をどうしたら良いのか解らなかったわ。だからメイドを呼んで処理をお願いしたの。お願いすることは、できたからね」

「……あ。そっか。赤子はまだ、お話できないから?」

「そう。お願いしたくても言葉が解らないの。お話をしたくても、まだ理解もできないの。だからイライラするの。それで泣いてしまうこともあるのよ」


 母の話しをイザーク王子は理解した。だけど、それは言葉を知っているから。それすらも出来ないのが赤子だと、イザーク王子は考えた。


 そこに、ノックの音がした。側室がメイドに許可したので扉を開ける。

 そこにはエルマ女王が居た。エルマ女王は部屋に入って来るなり、イザーク王子を見て微笑む。

「イザーク王子、そろそろマナーの講義のお時間ではなくて?」

「っ! い、いきたく……」

 マナーの講義は苦手だった。行きたくない、とイザーク王子は言いかける。

 だが、先程の会話からもマナーは経験が重要だと気付かされてしまった。

 もっとも、側室はイザーク王子が自分に似ていることを知っている。側室はそんなイザーク王子を微笑んで見つめていた。

 イザーク王子はしばし考えた後、仕方なくマナーの講義へ向かおうとパタパタと扉の方へ足を進めた。


「……あ、そうだ!」


 急に思い出したイザーク王子は立ち止まって振り返り、側室とエルマ女王を交互に見つめる。

「どうして母上に聞いたのか、思い出しました。あの転生した赤子は、どうして全く泣かないのですか?」


 エルマ女王は、イザーク王子が行きたくない故に言い訳を始めた、と思った。


 が、少し考えてみれば、確かに妙だった。

 

 いつも寝てばかりで、目を開けるのは母乳を飲ませる時くらい。

 マイカが母乳をあげなかった数日間ですら泣き声を聞いていない。ただただ、ぐったりしていただけ。

 母乳を吐いた時も、泣いてはいなかったのではないか。


「エルマ様、」


 側室も事情はメイドから聞いていて知ってはいる。

 嫌な予感がした側室は、今にも泣きそうな表情でエルマ女王の名を呼んだ。


「その赤子は、もしかしたら、市中にはよくある早産児ではないでしょうか?」


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