耳に逆らう 02
引き籠り転生者・マモルは、元世界『テラ』でも引き籠りだった。
両親はとても優しくて資産家だったので不自由は一切なかった。死ぬ間際まで両親は健在だったので、どうやって、なぜ、死んだのかが解らない。思い出せない。
恐らくガブリエルよりも前にドラグ王国へ転生したが、当時はまだ教育体制が整っていなかった。
転生した当時のマモルが伝えたかったのはたった2つ。
毎日、風呂に入りたい。着替えたい。
頑張ってジェスチャーしたが、意思すら通じない世界に疲れが先に出て嫌気がさした。
流れに身を任せた結果、与えられた部屋で美味しくもない配給のパンを食べるだけの生活を送っていた。
何せ、食べてぼーっとして寝るだけの生活は慣れている。
それに、メモ紙と鉛筆っぽいペンは部屋に設置されていたので、なんとなくイラストは描いていた。
以前に両親からマンガを薦められたこともあったが、人間には全く興味をもてなかった。
たまにパソコンで見ていたのはアニメだったけど、それでも見ていたのは人間ではなく妖怪や魔物の方だった。
だから、時折、朝焼けや夕焼け、街明かりで照らされる、異世界の動物の陰から連想した創造生物は描き出した。
日本ではあまり見られないレンガ調の街に、景色。
毎日、異なる姿を見せてくれる生物たちの気配、息遣い。
それらを、時には何十時間も、稀には何日にも渡って、鉛筆1本で描き続けるだけの日々。
もう、それだけで、満足だった。
時折、寝ている間に清掃してくれる人が居るようで、食べたままのトレーはゴミ袋と一緒に消えており、飲んだまま放置し続けているカップは洗われて食器棚に戻されていた。
もっとも、その度にそれらのイラストは勝手に持って行かれていたが、代わりに葉書サイズのメモ紙や鉛筆は補充されていたので、文句は言えなかった。
だが、今朝は何者かに叩き起こされた挙句、目を擦っている段階で瞬間移動でもしたのか、いつの間にか調度品の異なる部屋の椅子に座らせられていた。
目の前には豪華な食事が既に並べられていて、身形の良い青年と甲冑姿の女性と共に食べろと命じられ。
『この小屋にも、一瞬で連れて来られたんだ。そうしたら、この動物が居た。可愛いとは思ったけど、警戒していたから僕から手は出さなかったよ。その代わり、この小屋に何があるのか、物色させてもらったけど』
最初こそマモルは混乱したものの、イラストを見た人が動物と引き合わせてくれたのだろうと解釈しておいた。
そして、もしそういう理由では無かったとしても、せっかくの異世界の動物が目の前に居るのだから、警戒されていてもスケッチくらいはさせてもらえるだろうと思いついた。
だから、近くに落ちているメモ紙とペンを見て答える。
『これが2階にあったから、拝借してここまで戻って来たんだ。そうしたら、その動物が襲ってきた。だけど、何故かずっと怯えていて。連れて来られた時は、僕を見て驚いてはいたけど、ここまで怯えていなかったはずなのに』
ガブリエルは何となくしか理解できなかったものの、いくつかマモルに聞き直した後に翻訳し、アークに伝えた。
「転生者はマモルというのか。確かに、マモルを連れて来た時、魔獣はだいぶ落ち着いていた。何せ魔獣には事前に説明してあったからね。理解している感じだったから、大丈夫だろうと思っていたのだけど」
アークはそう言って魔獣に近寄ろうとしたが、魔獣はグルルと唸って警戒してしまっている。
「とりあえず、魔獣を落ち着かせたいんだ。本来なら魔獣使いを呼ぶべきなんだけど、ちょうど出払っていてね」
「解った。やってみよう」
とはいえ、獣医師は怯えられることの方が多い。
『マモルは、この動物を可愛いと言ったね。手懐けることは出来る?』
『猫は飼っていたけど』
『そうか。私は獣医師を目指していたから怯えられることが多くてね。この動物は保護されたばかりで、この青年以外の人間に会わせたかったらしい。それが、君や私がここに連れて来られた理由らしいんだ』
『……なるほど』
少し考えてから、マモルは魔獣よりも低い姿勢、低い目線で魔獣へと近づき始めた。
特別都市ベルソデニテからほど近い森の中。
ボロボロの作業小屋に飛び込んだ少年は奥に居た3人の男たちに向かって怒鳴る。
「小屋の中に魔獣と人間が居るなんて聞いてませんよ!!」
もっとも、その発言には3人の男たちも困惑の表情を浮かべていた。
「忍び込めって言われて、様子を見てくるだけで良いって、よくそんな簡単に——」
「待て、待て。ちょっと落ち着け、リーン」
リーダー格の男が少年リーンの両肩に優しく手を置いた。
「人間はともかくとして、魔獣は俺らも初耳だ」
「ああ。あそこはガウラっていう騎士が死んでから、メイドくらいしか出入りしていないはずなんだが」
「メイドが出入りしているんだろ? ガウラはやっぱ、あそこで飼われているんじゃね?」
「それなら王子様が出入りしていなきゃ飼う意味はないだろ。実験体だとしてもさ」
「アレはそんなタマかぁ?」
「ガウラの寝込みを襲おうとした奴に言われたくはねぇな」
「おい、話しを元に戻せ」
そんな3人の様子から、リーンもやっと落ち着きを取り戻していく。
人間は居たとしても女性。魔獣は居る予定ではなかった。
3人の会話から、どうやらその女性の様子を見てきてほしかった、ということらしい。
「で、バレたのか?」
「あ、うん。……ごめん、なさい」
あちゃーとばかりにリーダーは天を仰いだが、バレてしまったものは仕方ないと、すぐにリーンへと向き直す。
だが、そんなリーンの背後に見知らぬ者が立っていた。
「誰だっ?!」
「あー。やっぱり、君、強いね」
返答になっていない言葉を発しつつ、リーンのすぐ後ろに立っていた者は自身を覆っていた結界を解く。
だが、その影響でリーダー以外の3人は身動きが取れなくなってしまった。
魔力……なのか、威圧がヤバイ。鳥肌が止まらない。
振り向けば瞬殺されると直感し、リーンは恐怖から立ったまま失禁していた。
「……元勇者のナナシが、何しに来た?」
「それも知っている、か。流石は元第一騎士団長様だねぇ」
ナナシはそう言いながらも結界を元に戻した。
「元団長様が消失した騎士を捜索しているのは責務からかい?」
「まさか。どちらかといえば、前国王様を捜索するついでと考えている」
リーダーは正直に答えた。
「元勇者様こそ、わざわざ聖女様の手紙の確認に来たので?」
「似たようなモノだけど、中身は真逆かな?」
真逆、と言われて一瞬だけ悩んだリーダーは、その言葉を理解して顔色を変える。
「この揺籠から出せ、と? また難儀なことを」
「だよねー。手を貸してはもらえないかな?」
リーダーは不敵に嗤う。
何を馬鹿なことを、と。
ナナシもまた、嗤った。
条件は揃った、と。
「その代わりに、真相が解明するまで聖女に捜索を手伝わせることを冒険者ギルドを通して書面で契約させるよ」
「……なるほど、聖女ときたか。悪くはない条件だ」
「もちろん、聖女には先に契約させるよ。冒険者ギルドを介すと時間はかかるけどね」
「だが、契約を反することは出来なくなる、と」
リーダーは悩んだ。
だが、悪くないどころか破格の条件ではある。
こうして2人は固い握手を交わした。
いつもよりちょっと長いような?




