臍を嚙む・エピローグ
外は大嵐となり、赤子の世話をするメイドは、誰も小屋に近付くことさえ出来なかった。
優秀なメイド長でさえ、行こうとして倒木に当たり、大怪我をして屋敷に戻された。
もっとも、聖女から嵐の御告げは下されていたので、非常食は沢山、赤子の家に運んであった。
あとはガウラがどうにかするだろう、メイドの誰もがそんな考えをしていた。
聖女の御告げ通り、三日三晩、強風を伴った雨は降り続けた。
嵐が明けた早朝。
メイド長代理の任を受けたミリアは、他のメイド1名と騎士1名を伴い、大急ぎで赤子の家へと向かった。
家が無事なことを騎士が確認し、3名で安堵の溜息をついてから、緊張した面持ちでミリアはドアをいつも通りにノックする。
だが、返答がない。
念のため、騎士がドアノブを捻ってみる。
いつもなら鍵を閉めているはずなのに、ドアはあっさりと開いてしまった。
騎士はそのままドアを開ける。
室内から、じめっとして気持ち悪い空気が外へと流れていく。
室内は、綺麗だった。
——否、綺麗すぎた。
メイドが運び入れた食料は、袋に入ったまま、手を付けられた様子が一切ない。
嫌な予感がしたミリアは、慎重にベビーベッドへと近づく。
ガウラに判断を任せるべきではなかったか、そんな後悔を胸に秘め。
ベビーベッドの縁には、1人の小さな精霊が座っていた。
ミリアが来たことに気付いた精霊は、赤子を覆っていた結界を解いて、そのままどこかへと飛び去ってしまう。
赤子はベビーベッドの中ですやすやと眠っていた。
泣いていたのか、涙の跡がしっかりと顔に残っている状態で。
「精霊王様」
アークジア王子の寝室にノック音が響いた後、返事を待たずに第一騎士団長が入ってくる。
あの嵐の影響で、アークジア王子も体調を崩して寝込んでいた。
が、嵐が終わったからか、いつもの時間には目を覚ましていた。
本調子でないとはいえ、緊急事態ということは理解する。
「どうした?」
「……少し、若返りましたか?」
質問の解とは異なる第一騎士団長の言葉に、アークジア王子はその質問の意味を理解できず、少しだけ考えた。
しかし、先に頭を横に振ったのは第一騎士団長だった。
「いえ、何でもございません。今のは、忘れて下さい」
「そうかい。それで、ボクを暗殺でもしに来たワケ?」
それならノックなどしませんよ、と第一騎士団長は心の中で答えつつ、
「前国王様とガウラが消息を絶ちました」
アークジア王子の冗談をスルーして返答した。
「……は?」
が、アークジア王子はその言葉を理解するのに時間を要していた。
前ドラグ国王は、龍族にしては女癖が悪かったせいで大天使の怒りを買い、本物の龍にされてしまっていた。
神呪で龍になった者は、二度と人の姿には戻れない挙句、自らの意志で死ぬことは許されず、強い欲は呪いで抑制されてしまうらしい。
その弟君が現ドラグ国王で、たまに息子であるアークジア王子に会いに来ることはあったが、それ以外は従順に現ドラグ国王の足となっていたはず。
「赤子の家の中に、こちらの魔道具が残っていたようです」
その魔道具は、前ドラグ国王の位置を教えてくれる探知機だった。
アークジア王子は大慌てで屋敷の結界から情報を探す。
だが、その2人が結界を出た記録は無かった。
精霊が転移の術を使っても記録は残る。
しかし、それすら記録には残されていない。
「魔力探知も使用しましたが、外はあの嵐でしたので、既に痕跡はありませんでした」
「……それで、赤子は無事か?」
「はい。今頃は、メイドの手でご飯を食べているかと」
アークジア王子は目を閉じ、悩んだ。
だが、妙案はすぐに思いつくはずもなく。
やはり、あの家でガウラが赤子を育てるのは無理があったのか、などと思いながら。
「国王に話しをしてくる。君はもう少し調査を続けて欲しい」
もはや、アークジア王子が取れる手段はそれしか残っていなかった。




