臍を嚙む 15
アークジア王子から連絡を受けた勇者ナナシは、精霊たちが質の悪いイタズラをし、マルチヨン連合国に人間を転送する時は必ずオークの村近くに指定することを知っていた。
そして連合国内は人族の開発によって伐採が進んでいたので、そこまで森林が多くはない。
つまりナナシは経験則から2人を発見した、という訳だった。
2人が転送された場所は、マルチヨン連合国の端、国境近くの森だった。
森を抜ければ目と鼻の先はドラグ王国で、勇者の称号を利用してサスラ村で一泊することに。
なお、その道中にあったオークの村はナナシがほぼ1人で壊滅させている。
「……今日は凄いモノを、見させられた」
「凄いでしょう? もっと褒めてくれても良いんだよ~」
ガウラの独り言に、ナナシはえっへん!と威張りながら答える。
「その、勇者ってことは、転生者なのですか?」
「ううん、ちがうよ?」
ナナシは即答しつつ、ガウラの表情から、あぁと気付く。
「ドラグ王国は召喚の儀で異世界から勇者を招くけど、マルチヨン連合国は適正年齢になったら大天使様が英知の輪を授けて下さるのさ」
そう言ってナナシは自身の頭上を指す。
ガウラはナナシの頭上を見、透明で平たくて薄いお皿が浮いていることに驚いた。さらにナナシが頭を動かす度に角度を変えている。
「これが勇者の証し。任期があって、だいたい20年くらい。その間は肉体が成長しない。自分はかなり長いこと、人族の勇者をさせてもらっているけどね。透明になってきたのは、任期の終わりが近い証拠だよ」
「それなら、元々は何をしていたのですか?」
「ニート、かな」
「……にーと?」
ナナシは試してみたが、2人に反応はなかった。少し残念に感じながらも答える。
「家の中に引き籠って妹や弟を守っていたんだよ。ウチ、そこそこ広い農家の出でね。両親が畑仕事をしている間、面倒をみるのが自分の役目だったよ」
ガウラは普通に驚いた。
やっていたことは、孤児院の自分とさほど変わりがないことに。
「じゃぁ、あの先程の剣技は一体どこで?」
「ん? 剣技?」
「え。さっき、オークを一掃した時、剣、使っていましたよね?」
ナナシは首を捻ってから答える。
「使っていたのは脇差だよ?」
「わきざし?」
「あー、刀って、知らない?」
ナナシは更にガッカリした。
大好きな刀のことすら知られていなかったことに。
ナナシは刀が異様なほど好きだった。
どうして好きなのかは解らないが、まだ幼かった頃、聖国アルルドネイカからやってきた行商が持っているのを見、一目惚れして泣き喚き、行商と両親を酷く困らせてしまった記憶がある。
そして、勇者に選ばれ、ドラグ王国のアークジア王子と面会し、役目について聞かされて——魂に刻まれた記憶を垣間見たが、いまいち実感が湧かなかった。
だが、その後に聖国アルルドネイカの勇者であり、聖女でもある少女に出会ってから、ナナシは衝撃を受けた。
この世界では、転生の儀で異世界の死者を生者に戻し、肉体ごと連れてくることを転生と呼ぶ。
だが、何も転生の儀を行わなくとも、死者の魂は新しい肉体に宿り、この世界に生まれ来る。
魂が過去に執着し、より鮮明な記憶を保持しているほど、この世界でも生前の記憶を思い出すことがあるという。
「あれは刀のことを語り始めると口も手も止まらないからなぁ」
ナナシもガウラも馬には乗れる。赤子など括りつけておけば外れはしまい。
しかし、老体の馬車でも1ヶ月もあれば王都に戻って来られる距離なのに、40日が過ぎても戻ってこない2人にアークジア王子は壮大な溜息をついていた。




