臍を噛む 08
ガウラが林の中へと足を踏み入れた頃、大粒の雨がザザッと降り出した。
弱々しい視線は、赤子から離れ、森を進む程に強くなっている。
だが、相手は動けないのか、こちらをただ見つめているだけ。
だから、ガウラがそれを発見したのは、そう難しくもなかった。
片耳の無い、チーターの獣人族・ダグダ。
筋肉質で男性のような身体つきをしていたため、すぐにガウラと同じ禁術を受けてしまった者だと察する。
しかも、そのダグダは妊娠し、あろうことか森で出産をしてしまったらしい。
獣人族に関して、ガウラに予備知識はほぼ無い。だが、早産や流産という言葉は耳にしたことがあった。
しかし、その生まれたての赤子はダグダや動物とは比べようもないほど悍ましい姿をしている。どう考えても早産でも流産でもないだろう。
何だ、この気色悪い物体は。
「す、すまない」
ダグダは弱々しい声で言う。
「それを、殺してくれないか」
意味が解らない。
だが、悍ましい姿の赤子は、どの角度から見ても、未来に知能を持つ生物には思えなかった。
しかも、魔獣と同じような忌々しい黒い湯気を放っている。
この黒い湯気が何なのか、ガウラは未だに解らない。
それを伝えても首を傾げられるだけなので、ガウラは敢えて誰にも言っていなかった。
ただ魔獣だけが放っていて、自分に対して良くないモノ、と感じるだけ。
「わかった」
ダグダに言われた通りに、ガウラは鞘から剣を抜いて一刀する。
だが、悍ましい姿の赤子は硬かった。
それでも抵抗はされなかったので、ガウラは剣を掴み直し、体重をかけて地面に突き刺す。
しばらくして、悍ましい姿の赤子は動かなくなった。
「ありがとう」
そして、ダグダも静かに息を引き取った。
ガウラは、その足でダグダのこと、悍ましい姿の赤子のことを屋敷の警備に伝えに行った。
その数日後、アークジア王子と付き添いが事情説明と聴取のために赤子の家を訪ねる。
給仕は他のメイドに任せ、清掃ギルド長マリアは鑑定士エドワードと共に、リビングの席についている。
そして何故か、アークジア王子だけはドア近くに立っていた。
アークジア王子によれば。
ダグダは男性として生まれ、男性として冒険者を生業としていた。仲間にも恵まれ、14人ほどの中人数パーティで、3つの村を中心に活動していたらしい。
だが、その1つで魔物の大暴走に出くわした。
オークの目的が女性だと知り、村の男手が総出で反撃し続けたことに加え、ダグダ本人は囮として、女装してオークにわざと捕まったため、村に大きな被害はなかった。
しかし、あろうことか禁術を受けて女体になり、オークの相手をさせられたらしい。
幸か不幸か、オークが酒盛り中に仲間が助けに来て、オークは壊滅し、ダグダは救い出された。
「そこまでは、近年では良くある話」
仲間はダグダを“仲間外れ”にはしなかった。
だが、冒険者に戻ったダグダ本人は自身が徐々に魔物化していることに気付く。
爪、指、手、手首、腕、———徐々に変質していく様に、ダグダは嘆き悲しんだ。
それでも村人は気にするなと笑い、恩人のダグダを励まし続けた。
最終的には村の魔物除けの結界を潜れなくなり、村の外で生活を余儀なくされた。
それでも仲間は見捨てず、ならば街の中にダンジョンが作られている場所に拠点を移そう、という話しになる。
そういう街には、魔物除けの結界ではなく、普通の結界が張られているだけだからと。
その移動中、ダグダは何故か、急激に弱っていったらしい。それに伴い魔物化も進行。
そして最終的に仲間のキャラバンを抜け出し、この街に侵入したとのことだった。
ダグダは死に場所を探していたのかもしれない。
出産には、計り知れない大きな負荷が妊婦にかかるという。女性なら耐えられるらしいが、男性では耐えられないと感じるほどの、全ての負荷が。
そして、この国の言い伝えでは、寿命も魔力も全てが赤子に注がれ、妊婦は全てが枯渇し、中には体力の限界やショックで死する者もいるとか。
しかも、生まれたのは悍ましい姿の、異形の赤子。
オークとも似つかない、誰にも望まれていない生命。
そういう赤子が生まれてくることを、ダグダは知っていたのかもしれない。
どちらにしても、ダグダは死んだ。赤子も殺した。
これで平穏が保たれたのだから、それで良いではないか。
「ダグダは出産場所を探していたから、住居侵入を繰り返していたみたいだね」
「物取りでは無くて良かったです」
アークジア王子にマリアが答える。
「そうだね。ただそれだけの軽犯罪者なのに、君は殺しちゃったよねぇ?」
アークジア王子の言葉にガウラは驚愕する。
そして、同時に気付く。
ダグダに出会い、頼まれたから、悍ましい姿の赤子を殺した。
しかし、その言葉を聞いたのはガウラだけという事実に。




