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とわのゆりかご  作者: 葉月雷音
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目をつむる 02

 『勇者を召喚したら、勇者が死ぬまで次の召喚の儀を行えない。それが証明になる』という伝承から召喚の儀が急ピッチで執り行われた。

 結果、幸か不幸か召喚の儀の供物は消えず、召喚の魔法陣も現れなかったことから、最後の転生者である赤子が勇者で違いない、という結論に至る。


 エドワードは赤子の鑑定を毎日行うことになり、赤子は召喚したマイカが責任もって面倒を見るように仰せつかった。

 しかし、孤児院でも年下の面倒など一切見てこなかったマイカには未知の分野だった。王城に勤めるメイドから手順を教わるも、不器用すぎるマイカはリボン結びすらままならない。また加減が解らないのでギュウギュウにオシメごと締め付けてしまい、排泄が出来ずに赤子を体調不良にした事件もあった。




 1週間が過ぎる頃、マイカの様子を見ていたメイド達からクレームが執事長に上がるようになった。


 また、何度か赤子の様子を見に行っていたエルマ女王も、ついに見ていられなくなってマイカに声をかけることにした。


「マイカ、少し良いでしょうか?」

 庭園の木陰で眠っていたマイカは目を開けるも、そこにはクマが出来ていた。エルマ女王は眉をひそめつつ訊ねる。

「昨日、あの赤子には何を食べさせましたか?」

「……食べさせる?」

「えぇ。あの赤子には母親が居ないです。母親代わりの貴方が、赤子に何を食べさせたのか、聞いているのですが」

 少し考えてみても、マイカには答えられなかった。


 それもそのはずで。



 生まれたばかりの赤子は母乳しか体内に摂取できない。それはどの種族でもだいたい共通していた。しかし、母子の種族が同じないし、近しい種族であることが大前提としてあった。

 龍族は、人族とは遠い種族。

 ただ、赤子が人族かどうかも鑑定できていない。


 そのため、最初はメイドがウル王女を生んだ側室から母乳を頂戴して与えてみた。が、やはり口に合わなかったのか吐き出してしまった。

 次に、メイドは市中の、種族が異なる母親から買い取った母乳を与えたが、それでも赤子は何度も吐いてしまった。

 とはいえ、メイドは赤子のために雇われている訳ではない。それに、この国で人族は奴隷の対象となるので、好き好んで居座る者はほぼ皆無。まして出産など考えもしないだろう。


 だから仕方なく、メイドは毎日、異なる者から買い取った。

 そしてマイカに新鮮な母乳を預けていた。


 赤子の担当になったマイカには、最初から母乳の与え方などを見せていたので、母乳さえ預ければ、それを飲ませ、結果をメイドや執事長に報告してくるだろうと考えて。


 だが、そんな思惑どころか、マイカは何1つとして覚えていなかった。否、覚えようとしなかった。


 メイドが自然とやっていた、赤子の上半身を少し起こし、哺乳瓶を優しく斜めに持っていた行動も、渡された少量の白っぽい液体のことも、赤子が吐き出す理由についても。


 マイカなら、自力で起き上がって哺乳瓶を持てるし、お腹が空けばゴミを漁って食べ物を探せる。だから哺乳瓶を赤子の隣に置いて、自分で飲んでと1日目にして放置した。

 白っぽい液体は少なくて味気ないから自分なら飽きるだろうと思い、食堂で自由に飲めるミント水に変えてあげたし、体調不良になった時はポーションを置いてあげたこともある。


 しかし、夕方になっても哺乳瓶の中身が減っていないので、仕方なく赤子の口に咥えさせてあげてはいた。

 が、やはり赤子はそれらを吐き出した。


 その度に、メイドや執事長に怒られ。

 その度に、全ての掃除を命じられて。



 王城に勤めるメイドは貴族の次女以下と決まっていた。

 故に、仕事としてメイドを選んだ者は、メイドの動きを知ろうとメイドを見て学ぶ。そのようなもの、として動けるようになってから、どうしてその動きになるのか、という理由を後から知ることが多い。


 しかし、見て覚える、真似してみる、という行動ができない者も一定数、存在する。


 エルマ女王も幼少期はそのタイプだったが人一倍の好奇心があったので、指南してもらい、理由を教えてもらい、人族より長寿な分、多くの年月と経験を積んで今の地位に就いている。


 マイカは他者に対する好奇心が無く、赤子から目を離してはならない理由も解らず、ただやらされているだけなのだろう。

 そうエルマ女王は考えた。



「昨日は、……何も」

 マイカは気だるげに答えた。


 だが、メイドは感覚で知っていた。

 人族とエルフ族の母乳だけは、吐く量が日に日に減っていたことを。

 つまりは、飲ませる量が多すぎるだけ。それを感覚で覚えるべきなのはマイカだったので、メイドはちゃんと飲める母乳を用意してあげていた。


 ところが、ここ2日間は母乳が全く減っていなかった。さらにマイカが赤子の世話をした様子が一切ないどころか、赤子の部屋に入った魔力の形跡もない。

 今は仕方なく、手の空いたメイドが交代で面倒を見てくれている。


 マイカは15歳と、エルフ族に比べればまだ幼い。

 しかし、人族の国では18歳で子供が産める年齢になる。

 寿命が短い人族では、この3年という月日は長いのかもしれない。が、孤児院にいる人族の子供の中には、物好きな貴族に見初められて18歳未満で母親になる者もいる。(もっとも、これも人族の国から抗議されている問題でもある。)


 単にマイカが無知なだけか、あるいは現実逃避をしているだけか。



「マイカ、赤子は母乳をちゃんと飲んでいますよ」

「……ボニュウは、吐きます」

「えぇ。でも、吐く量を見ていますか?」

 きっと今まで教えてくれる人が居なかったのだろう。何せ、メイドや母親にとって、対象を観察することは当然だったから。

 エルマ女王は静かに語るようにマイカに伝える。

「マイカは、御飯を食べ過ぎて、お腹が苦しくなったり、気分を悪くしたりした経験はありませんか?」

「ない、です」

 成長期のマイカは胃もたれなど無縁で、御飯は無限に食べられた。だから今の問い掛けに首を傾げる。

「そうですか。それなら、覚えてください。メイドの報告では、母乳を吐く量が減ってきていた、と言っていました。つまりは、飲ませる量が多すぎて、苦しくて吐いてしまっているのです」


 ――量が多すぎて吐くなんて、なんて贅沢なガキ。


 それがマイカの感想だった。

 表情に出ていたのか、エルマ女王は微笑む。

「ですから、吐かない量を与えて欲しいのです。それが今のマイカの仕事ですよ」

 そうマイカを励ましながらも、エルマ女王は他の奴隷召喚士だった者の顔を数名ほど思い返していた。



 大半の召喚士は国で抱えていた騎士所属の魔術師で、2割くらいは冒険者、1割くらいはマイカと同じ、孤児院や犯罪者から連れて来た奴隷召喚士だった。

 奴隷召喚士は、王城で10年、犯罪などを冒さなければ奴隷ではなくなり、国民としての人権が得られるはずだった。

 ところが、奴隷召喚士を雇い始めて8年目にして、マイカが勇者を召喚してしまったことで、奴隷召喚士は御役御免となった。

 つまり、それを目前にして解雇に至ってしまった。


 エルマも女王として、この者たちを救いたかった。

 魔力量の多さや魔術の知識量から、騎士枠となる奴隷魔術師として残れる者も少なからず居たが全員ではない。

 しかし、メイドとして雇うには高齢者が多かったことと、一部は犯罪歴があるだけに掃除や洗濯を頼むにも信用が出来ない。


 その協議の結果、得られるはずだった2年分の賃金を渡して市中に戻させることに決まってしまった。


 そんな者たちに比べたら、マイカはまだ幸せな方だった。メイドの仕事を与えていても、奴隷召喚士の肩書のまま王城に勤め続けているのだから。

 だが、それをエルマは伝えるつもりはない。

 なぜならば、マイカは義兄ガウラと違い、人権や自由、高収入を目標にしていない気がしたから。場合によっては、価値観の押し付けになってしまうから。

 どちらにしても、このまま2年間、マイカには赤子を召喚した責任と称して、平穏無事に仕事を全うしてもらいたいエルマ女王だった。


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