臍を噛む 03
数日後、独房から出されたガウラは、第一騎士団長の引率で馬車に乗っていた。
奴隷騎士の身分では、任務中に馬車に乗ることは許されていない。まして荷馬車でもない、貴族が乗りそうな箱型4人乗りのキャリッジなど、ガウラが貴族だった時でも内装を見たことすら無かった。
だが、乗り心地はあまり良いとはいえなかったらしい。
馬車から降りた際、ガウラがあまりに尻が痛くて摩っていたら、それまで無言、無表情だった第一騎士団長が呆れて失笑していた。
行先は言われなかった。
しかし、王城のある街から馬車で30分ほどの距離で、更に短時間で関所を3ヶ所も抜ける場所など、世界中を探しても1ヶ所しか思いつかない。
―― 特別都市・ベルソデニテ
ベルソデニテは、龍族の古い発音で“永遠の揺籠”を意味しているらしい。
今でこそ転生者の方が多く住む街だが、数年前までは他国からドラグ王国に亡命した没落貴族を収容するための街だった。
もしもガウラの両親が亡命していたら来ていたかもしれない場所だったので、ガウラとしては心象があまり良くはない。
だが、実際はどうだろう。
高くて分厚い、どこからでも見える狭い壁の中というのに、王城のある城下街よりも人の顔が明るく、どことなく店も栄えている。
また緑が多い割には、道も石畳で歩きやすかった。
街を歩かされたのは、新しい騎士の顔を覚えてもらうための挨拶まわりのようなモノだろう。
ただ、相変わらず団長は黙ったまま、普通の速度で練り歩いただけだったので、そのような意図だったのかは定かではない。
ガウラは最終的に、広大な敷地を有しているだろう屋敷の門の前に立たされた。
「ここから先は、キミ1人で進みなさい」
団長はやっと重い口を開いた。
「私はここが苦手でね。この国で犯罪者だった両親を自らの手で殺した場所だから。だが、その代わりに奴隷騎士として所属を許された」
ガウラは理解し、同時に固まった。
「この街は、今も他国から亡命してきた没落貴族を受け入れている。だから名付けられたのが永遠の揺籠――自立しようと思わなければ永遠に飼われ続けるだけの、自由がない街」
「自由がない、街?」
「賢いキミなら近いうちに気付くだろう」
第一騎士団長はそう言ってガウラの肩をポンポンと軽く2度、叩いた。
「キミの任務はそう難しいことはない、気楽に行きなさい」
そう言って第一騎士団長は少し離れた。
ガウラは困惑しつつも、第一騎士団長に見守られながら屋敷の敷地へと入っていく。
「没落貴族と一緒に転生者をこの街に収容しているのは、どうしてだろうね?」
どこか悲しそうに第一騎士団長は呟いたが、ガウラの耳に届いているかは、団長では解らなかった。
屋敷の扉の前には1人の獣人族のメイドが立っていた。
「お待ちしておりました、ガウラ様。アークジア王子の命により、メイド頭のマリアが説明いたします。そのお部屋まで、私ミリアがご案内いたします」
「よろしくお願いします」
古めかしい木目の壁に、彫刻の施された階段の手すり。
一段も上り下りすることなく、右側の長い通路の突き当り。
案内された部屋は、シンプルな机と椅子しかなかった。
ただ、木目を生かしたデザインなのだろう、高級そうなモノではあった。
その椅子に、フルフェイスの人物が座っている。
「清掃ギルド長のマリアです」
フルフェイスの人物は、ギルド長を名乗った。
まさかのギルド長の登場に目を丸くするガウラだったが、すぐに気を取り直して言葉を紡ぐ。
なお、マリアはガウラを観察していたが、元冒険者ギルド長のガードハンドにさえ、どこを見ているのか解りにくい、目が合っているのかすら解らない、と良く言われていたので、ガウラにも同じように思われていることだろう。
「第二騎士団から第一騎士団に移籍になった、奴隷騎士のガウラです」
「アークジア王子から話しは伺いました。禁術の盾として王子を庇い、女性になられたとか」
「……えぇ、はい」
「はぁ。全く、あの子は。庇った訳ではなくて、突き出されたのでしょう?」
この人は、現地に居たのだろうか。
ガウラは驚いてマリアを見つめた。
「あの王子は人類とは違うので、心なんて殆ど無いに等しいのですよ」
そこまで言ったら不敬罪にされるのでは?
ガウラが冷や汗を掻いていると、ガウラを案内したミリアがクスッと笑っていた。
「まぁ、流石に王子も可哀そうと同情はしたのでしょう。貴方以外にも、女性になってしまわれた冒険者も数人ほど居ますし。今、その解呪方法を冒険者ギルドが主体になり、魔術師や錬金術師と共同で研究しています。その出資はアークジア王子ですから」
「そう、なのですか」
「ですが、禁術から昇華した禁呪ですからね。何年かかるかは、解りません」
「そう、ですよね……」
「だから私から王子に、この仕事への斡旋をご提案しました」
マリアはそう言いながら立ち上がった。
「まずは、見てもらった方が良いと思いますので、付いてきて下さい」
ガウラを最初に案内したミリアは付いて来なかった。
マリアは部屋を出ると、ガウラが入ってきた方向とは逆側へと進み、長い通路の果て、屋敷を突き抜けて中庭へと出た。中庭のバラ園は綺麗に手入れをされていたが、それすら突き抜けて木々の多い場所に入る。
木々の多い場所には、光る虫が飛び交っていた。少しだけ気になったが、マリアはどんどん先に進むのでガウラも進むしかなかった。
その地域を10分ほど歩いた後、拓けた場所へ出る。
そこには、1軒の2階建ての家があった。
マリアはその家のドアの鍵をガウラに渡した。開けろ、とジェスチャーされたので疑問に思いつつも開けて見せる。マリアはドアを開け、ガウラに中に入るよう促す。
ガウラは、すぐに察した。
家を入ってすぐはリビングだったが、その奥の部屋、窓際にベビーベッドが置かれてあった。
そのベビーベッドは、マイカがお世話をしていた部屋にあったモノと同じ紋様。
「まさか、……そんなっ?!」
ガウラが混乱するのも無理はない。
恐る恐るベビーベッドを覗き込めば、そこには昔と変わらぬ赤子が眠っていた。
昔と違うことと言えば、寝息が聞こえることだろうか。
召喚してから、3年は経っている。
しかし、赤子の身体は全く成長していなかった。




