目をつむる 11
「今日も、ミルクが無い……そう言ったのですか?」
教会のシスターは唖然としながらも聞き返していた。近くに居た子供たちも不安そうに、いつも配達に来てくれる売り子の少年を見つめている。
「確かに、昨日も一昨日も、無いとは聞いていました。1日くらいなら、問題ありません。ですが……申し訳ありませんが、事情をお伺いしても?」
少年の視線から、子供の中でも年長者が、空気を察して子供たちを連れて教会に戻っていく。
それを見届けてから、少年は声量を抑えて話し出す。
「自分も、雇われているだけなので、詳しくはないのですが。どうやら、外壁の外で飼っていた若い牝牛が盗難に遭ったみたいで、頭数が日増しに減っているんです。で、仲間が連れ去られたストレスでミルクが出なくなってしまって」
「まあ!」
「それで、南門ではオークが目撃されているらしいんで、オークが連れて行った可能性が高いそうなんです。ただ、牝牛が居ないと仔牛も出来ないですからね。牧場経営者も保護するために国外の優秀な護衛を雇ったんで、もう数日の辛抱だと思いますよ」
しかし、その翌日から少年も教会には来なくなった。
赤子のミルクの代替えには、市中やスラムの産後の母親に頼み込んで母乳を分けてもらった。が、それでも全員に飲ませるほどの量はない。
国外の教会本部に手紙を出したが、それも早くて10日くらいはかかるだろう。
ミルクはほぼ破格の物々交換で頂いていたモノだけに、こちらから出向くのは失礼だろうと感じつつも、シスターが牧場経営者の商店を訪ねると、心痛そうな面持ちで頭を抱えた老人が椅子に腰をかけていた。
ドアのベルで気付いたのか、ぼんやりとした目でシスターを見つめる。
牧場経営者の商店は、貴族も通うことがあったが、昔ながらの手法でミルクを販売していた。
事前に牝牛を選んでもらい、またはお勧めし、場合によっては目の前で絞り、魔道具で雑菌消毒を施して、翌朝に売り子が配達する。午後はこの商店でも購入することが出来るが、量はその日によって異なるので完売したら閉店する。
この時間帯は、完売していたとしても従業員は残っていたはずだった。ところが、その従業員の姿どころか気配もしない。
シスターは嫌な予感がしつつも、まずはこの老人に寄り添うべく近づいていく。
この老人は、記憶が確かであれば、あの売り子の少年の、片足を失った元冒険者の父親だったはず。
「こちらでの出来事は、少しだけ耳にしました。さぞ、大変だったでしょう? 私でよろしければ、お話をお聞きします」
「話すことなんか、ねぇ。おらは、人殺しだ。衛兵を、呼んでくれ。そこで、全部、話す」
所変わって、数日後の夜。
『ってことがあったのよ』
マリアはいつもの酒場でエドワードに話しをしていた。呼び出したのはマリアの方。
『彼女でしょう? 貴方が以前に言っていた、奴隷召喚士の子って』
『あぁ、たぶん』
『あの子、性格、悪すぎない? んもう、いくら頑丈な肉体でも関節は痛むというのに』
『指摘されて、怖くなったから逃げ出したんだろう。子供ならよくあることだ』
周囲はワイワイ、ガヤガヤと煩い時間帯。
そんな酒場に1人の、ガタイの良い男が入ってくる。
途端に1組、また1組と、その男を見つけた者から様子を伺うように声量を落とし始めた。
その男はエドワードを見、マリアと目が合い、まっすぐに2人の席へと歩いてくる。
「ちょっと良いか?」
男はガードハンド・フォクスという転生者。冒険者ギルドのドラグ国支部の元支部長で、転生者としてマリア、エドワードと共にパーティを組んだ時に、この国で初のタンク、盾役という役目を生み出した有名人。
だが、年齢と共にタンクを担うことが厳しくなり、しばらく支部長としていたが、それも数年で引退。
今はドラグ国王から頂いた特別貴族として、貴族の教師の指南役として騎士の方に籍を移していたはず。
ちなみに、転生前のガードハンドは狐人族という種族だったらしいが、外見は人族と変わりないので、他国に赴いた時は2人よりも率先して現地人とコミュニケーションをとってくれていた。
「また2人に力を貸して欲しい」
ただし、エドワードと同様、ガードハンドもまた言葉が足りないことがある。マリアは溜息をつきつつも尋ね返す。
「それは肉体労働の方? スキルの方? それとも地位の方?」
「あぁ、そうか。……スキル以外、だな。時間がないんだ。今すぐに、集められるだけのギルドの戦力が欲しい」
エドワードは驚き、マリアは納得する。
ガードハンドは予知スキルを持っている。そして、戦力が欲しいということは。
「魔物の大暴走ね?」
「魔物の大暴走か!」




