76.サムライサスラー暁に消ゆ
前回のあらすじ:水野久美、30超えてもあの魅力!
未明。暑さも和らぐ朝。
ダキンドン北限街道を更に北に分け入った森の奥。
サスラー以下ボーコックを発った時は10万を数えた軍も9割を失った。
しかし、兵の目は闘志にあふれていた。いや、殺意に燃えていた。
「すべての村は引き払われ、井戸も石で埋められていました。敵は我が進路を把握しているものと思われます」不足した士官の代わりに、近衛の少女が報告した。
「この周辺の獣も数が減っています。狩って捌くのもあと3日が限界かと」
「執るべき道は、このまま西進してガーディオンを攻めるか、あえて南進し王都を攻めるか」
「再び魔の森へ向かう事は出来るか?」少女達の報告を一蹴し、サスラーは聞いた。
「不可能ではありませんが、食料は外輪山を超す前に尽きます。そこから3日は食料無しでの行軍となります。負傷者は放棄して進む必要があります」
「万一護児城に着いたとしても、我らの手を見抜いた魔導士相手となると、苦戦は免れません」
「すまぬ、無用な問答であった。ガーディオンを目指し、領都を征服しよう」
その矢先、兵の一群が弾け飛んだ!
「敵襲ー!」さらに別の一角でも地面が爆発した!あの超弩弓が突き刺さり、兵の肉片が降り注いだ。
「散開ー!」サスラーの指示で兵は散り、近衛の少女達はサスラーを囲う。
「怯むなー!敵には我が位置は知れているー!かくなる上は、敵中突破のみ!進めー!」
号令一下、残存の騎馬が、歩兵が南斜面の敵に駆け下りる。
しかし敵陣の上に朝日が昇り、イテキバン兵の目を焼いた。敵陣から弓兵が前進し、視界を奪われた騎兵を屠る。更に擲弾兵が馬を弾き飛ばす。
死を決意した一群が肉壁となり、軍勢を西へと向かわせる。サスラーは西進を命じ、一行は勢力を半減させつつ西へ向かった。
サスラー達の先に待っていた物は、大陸鉄道縦線の巨大な陸橋であった。そしてその上には弓兵。列車に搭載された超弩弓が先行する兵を消し飛ばす。
「おのれ!おのれ魔導士奴!こうまでも我が行く手を阻むとは!」
そう言いつつも、自分もかつて何の因縁も無い魔導士の城で皆殺しを企んだ事を思い出し、
「お互い様だな。こうも世の中は儘ならぬ物か!」と吐き捨てた。
その時右に気配を感じた。が、彼女は突き飛ばされ、替りに近衛の一人が胸を射抜かれていた。
「どうか、御心の、まま…」少女は血を吐いて倒れた。
サスラーは少女の死体を盾として木立に隠れた。
逃げおおせた近衛達が「サスラー様!北へ参りましょう!」「あの魔導士に、最後の一矢を報いましょう!」口々に叫んだ。
「私は北へ向かう!そこが我が死地だ!お前達はお前達の思う道を行け!お前達を勝利に導いてやれなかった私を、呪え!」
サスラーの号令を受け、残った兵達が人垣を作る。近衛の少女がサスラーに続き馬を駆る。
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「皆、無事か?」「残ったのは私達だけです」サスラーの後ろに、10人の少女が従っていた。
「皆、良く戦った。ここから先は最早我が帝国の為の戦いではない。むしろ私怨だ。
私は、あの魔導士を討つ。お前達は潜伏し、後続の軍に合流せよ!」
主の命に、近衛達は返した。
「お供します!」「私も!」「私達の使命はサスラー様の護衛です!」
そこに迷いは無かった。サスラーは、只頷き、馬を外輪山に沿って北へ進めた。
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彼女達の執念は、ついに外輪山内側、ノキブル川東岸まで到達した。
「お前達は愚かだ。帝都に居れば、いずれは我が兄達の妾となってこんな屈辱に塗れる事もなく過ごせたであろう」
「その方が余程屈辱です」「戦場で敵の命を屠る事こそが誉!」「今一度あの恵まれた城の子供達の命を刈り取りましょう!」「私達の最期の花を咲かすのです!」
泥にまみれ、血にまみれた盟友達の、闘志に燃えた瞳を眺め、サスラーに初めて疑問が湧いた。
これでよかったのか、と。その疑問を彼女は掻き消した。
夏。熱い太陽の照り付ける川の水で、少女達は体を洗い、美しい黒髪を洗い、鎧を洗い、馬も洗った。馬を慈しむ彼女等は、城で幼児達を慈しむ少女達と何も変わる事は無かった。
誰もが美しい乙女であった。
そして身なりを整え、整列した少女達。
その向こうに広がる、護児城惣構の壁と櫓。
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護児城も侵入者を発見し、迎撃態勢は整っていた。
全ての住民は二之丸以内へ、子供達は天守へ退避した。
ダンも天守の伝声管を前に、1キロ以上先の敵を睨んでいた。
腕の傷もそのままに、彼は敵と対峙していた。
ステラは下層で横になっていた。ダンの怪我に衝撃を受け、倒れてしまったのだ。
「直ぐに治す!」「止めてくれ!俺は弱かった!だから敵に斬られたんだ。手当なんか戦いの後にしてくれ!」
そして天守で、ひたすら敵を睨んでいた。
私は彼を見た。彼は、殺意の塊と化していた。あの時を思い出す、初めて超弩弓で魔物を倒した、雪の日を。
ダンは伝声管に向かってかん高い声で話した。
「こちら天守!防衛部長のダンより通達!皆、聞いてくれ!
俺達は、俺達を産んだ親の手によってこの魔の森に捨てられた!しかし、御屋形様の情けによって救われ!育てられ!美味い物を食って!豊かな畑を耕し!愛する女と結婚し!幸せに生きて来た!
城の外もそうだ!邪悪な司祭はいたが!リベラ辺境伯、ダキンドンの聖女様、物分かりがいい皇帝陛下、豪快なドワーフ王、俺達を認めてくれたフロンタの王!みんなの情けのお蔭で幸せだった!
しかし今!明らかな殺意を持った奴等が、たったの11人でこの城を狙っている!
美しい女の子達だ。一緒に飯を食った事もあるあの子達だ!
あいつらは!俺達を!妻を!子供達を一人でも多く殺す事が正義だと信じている!
絶対に許すな!俺達の大切な人を殺そうと思う奴を、例え女の子でも許すな!
確実に殺せ!油断すれば俺達の後ろにいる子供達が殺される!敵は、鬼だ!」
サスラーと近衛の生き残りが、騎乗した。
「惣構船着櫓、超弩弓発射用意!続いて干魚櫓、超弩弓発射用意!」
惣構の櫓を守る若者も、数百m先の少女達に仰角を計測し、合わせた。
サスラーは突撃した!
次の瞬間。
サスラー達は夜の闇に突撃した。闇ではなかった。その先には赤々と燃え上がる炎。
走り出した一団は足を止めた。
「あれは、あれは!我が帝都ではないか!」
彼女達の目の前で燃え上がっていたのは、イテキバン帝国の帝都であった。
帝都の城壁の外に翻るのは、彼女の何十人もいる兄弟姉妹の誰かの旗であった。
同族同志の、親と子のクーデターであった。
急速に膨張した帝国だった。勢力を付けた者が野心を親に向けたとしてもおかしくない。
私は空間転移魔法で、彼女達11騎を故郷へ飛ばした。内紛によって崩壊する寸前の彼女達の帝都へ。
「本当に戦うべきだったのはここなんじゃないか?」私は馬上のサスラーに話した。
彼女は驚き、私を見る。周囲の近衛も私を取り囲む。
「君はこの国の皇族の矜持に従い、大陸各地を攻め、何百万人を殺し、地獄を作った。
その結果がこれだ。君の家族も帝都も地獄になった。
おめでとう。
君の矜持を、敵対する者はひたすら殺し尽くせという美学を、君の兄弟姉妹の誰かが君の母国に向けて実現してくれたんだよ。
君達にとって敵とは多民族でも兄弟姉妹でも、皇帝でも誰でもいいんだ。
素晴らしい矜持だよな!」
サスラーは暫く茫然と馬上で動かなかった。
「君はこれからどうするんだ?今まで何のために戦ってきた?
何のために何百万と言う人達の命を殺し、奪い、焼き尽くして来たんだ?
兄の誰かが君の父親を焼き殺す露払いのために、殺戮の限りを尽くしたのか?」
しかし彼女は私を睨んで叫んだ。
「貴様アア!!この妖しい悪魔ア!私との貴様の最後の戦いの場すら奪おうと言うのか!」
「お前の母国の破滅を前にして、なお勝敗が決した戦いに拘るか!余りに愚か過ぎないか?」
私は呆れた、怜悧に見えたこの娘の行動原理は一体何だったのか?
何故こんな奴に、私の大切な子供達が殺されかけたのか?
「私の使命は、目の前の敵を殺す事だけだ!父が、兄がどうなろうと関係ない!私は私の使命を果たすだけだ!それを貴様は踏みにじったああ!!私の矜持をあざ笑ったのだああ!!」
「知るか馬鹿垂れ!貴様の狂った矜持なんかどうでもいい!
貴様は、戦う意思もない多くの人達を殺した!だから殺されても文句は言えないんだよ!
あの宮殿で今殺されてる奴等も、いつ殺されても何も文句言えない奴等の集まりなんだよ!
せめてお前の最後の戦場を、お前の故郷にしてやった事に感謝しろ!!」
そう言って、私は前方に城との空間をつないで帰った。
「サスラー様!賊の旗は第2皇子ギャクゾの物!我等微力なれどせめて一撃を!」
「見ろ。皇帝宮もあの様だ」都城の中央に聳える巨大な宮殿が燃え盛って、崩れ去った。
「皆、今日までよく私に付き従ってくれた。感謝する。もう帝国は兄のものだ。従うもよし、戦うもよし。従ったところで熾烈な目に遭うだけだがな。
私は、あの悪魔と戦う!私の矜持を、私の戦意を悉く否定したあの悪魔を殺す!みんな、さらばだ!ありがとう!」
サスラーは反転し、私の後を追って馬を走らせた。
「みんな!皇女に続け!」
近衛の少女もサスラーを追った。
しかし空間を繋ぐ窓は消え、彼女等はサスラーを見失った。
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私を追って馬で駆け出したサスラーの目の前には、海が広がっていた。
後ろには、林。左右には、果てしない砂浜。空には、照り付ける太陽。
彼女は一人、グランディア大陸の果てにいた。
彼女は声にならない叫び越えを上げ、呪いの言葉を尽きる事なく吐き出した。
喉を嗄らし、泣き崩れたサスラーは、鎧を脱いで海に入り、小刀を抜いた。
海に潜り、魚を捕らえた。
陸に上がり、乾いた流木を集め、魚を焼いて、食べた。
食べながら、泣いた。
泣け、サスラー。
お前の流した涙は、きっとお前の未来を拓くだろう。
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その後、私はダンにブン殴られた。
「親父だろう!あいつらどっかへやったの、親父だろう!」
「どっかにやったのは私だが私は親父じゃ…」「関係ねえ!」
ダンは激怒していた。
「俺は、あいつらを殺さなきゃいけなかったんだ!
この城の皆を、何にも悪い事してない皆を殺そうとした、あの悪魔の様な女どもを、この手でこの世から消し去らなきゃならなかったんだ!それが俺の務めだったんだ!」
ダンは、零れ落ちる涙を拭こうともせず、叫んだ。
「これからこの城を守る男たちの、やらなきゃいけない事だったんだよ!
そのために、俺達を鍛えてくれたんだろ!
それなのに、何で、敵を消しちまったんだよ!」
怒りの持って行き場を失ったダンが、床を叩く。
ステラが、アンビーが、皆がダンを見守る。
男たちは、ダンと同様、憤っていた。恨むような眼差しを私に向けていた。
私は、ダンが落ち着くのを待った。
「私は、そんな事のためにお前達を助けたんじゃないんだ!」
私も叫んでしまった。
「私は!お前達に、幸せに生きて欲しかった、他人を幸せに出来る人間に育って欲しかったんだ!
殺し合うために育てたんじゃないんだ!そんな事のために生きて欲しかったんじゃないんだよ!」
「親父さあ。俺達はもう戦って、敵を何人も殺してんだよ?この手で、あいつらの仲間を」
彼は、自らの目の前で命を絶たれた少女の目を思い出して言った。
「何で今更さあ…」
ダンが反笑いで尋ねた。
「そりゃあ、大軍勢との戦いだ。仕方ないさ、よくやったよ」
「じゃあ…」
「でもな、最後の戦いを前にしたお前は、あの女達と同じに見えたんだ!
それでよかったのかも知れない、正しい判断だったろう。
だけど、俺はそんなのは嫌なんだ!嫌だったんだ!!
そんな事のために生きていて欲しかったんじゃないんだよ!!」
俺は…私は泣いた。
もし、サスラー達が会話に応じてくれたら。
あの少女達が、この城で何かを感じてくれたら。
どこかで降伏してくれたら。対話を求めてくれたら。
でも、そんな事は有り得なかった。皆、無残に死んで行くしかなかったんだ。
ダンの目の前で死んだ少女も、死ぬべくして死んだんだ。
考えるだけ無駄な事なんだ。
堪え切れなくなった私を、ステラが、アンビーが抱きしめてくれた。ウェーステも、プリンも寄り添ってくれた。小さい子供を抱えたオイーダ達も隣に座ってくれた。
「解んねえ。解んねえよ!俺はまた南に行く!南の敵をやっつける!」
「頼む。怪我なんてすんなよ」
「どうせ親父が守ってくれるだろうよ!」ダンは吐き捨てる様に行って去った。
その時
「統合防衛軍司令部より報告!ミデティリア帝国浜街道東岸、タンエン城にてイテキバン軍10万と洋上の艦隊を殲滅!大捷です!!」伝令は歓喜に満ちた顔で叫んだ。
暫く、沈黙が流れた。
「チキショー!」ダンが悔しそうに叫んだ。
伝令は、暫し唖然とした。
「間が悪いったらありゃしないよ」オイーダが呟いた。
「ぷ」誰かが笑った。
「うふふ…」笑いが続いた。
「ダン、うふふ、慌てて出掛けなくてよかったね、ははっ」ステラも笑いながら言った。
「何だよ畜生!こんなんあるかよ!馬鹿野郎!!…ははっ!」ダンもつられて笑った。
「あはは!」「うふふ」「よかったね」「もう戦わなくて済むんだね!」
「みんなの暮らしもいつも通りだよ!」
「お城の子はみんな怪我は無いかしら」「ああ。だからダン、お前も手当させてくれ」
「ほら見ろ、親父がいりゃあこの通りだ」
「ダン、本当にそうなのか、南に行った隊が帰ったら怪我人がいないか聞いてやれ」
「ああ」
緊迫した空気が、溶け去った。
ダンは腕の怪我を治し、元居た裾野城に戻り、撤収の段取りに入った。
******
大陸暦1512年6の月(8月)15日、イテキバン戦争が終わった日である。
今私達は、夥しい彼我の血と、汗と、涙で贖った平和を確かめ、そしてこの大陸と大陸住民の上に、再びこのような日が訪れない事を願うのみである。
只、それだけ。
最後の戦いか!と思いきや肩透かしな展開でスミマセン。仲〇達也のナレーションは地獄から読経が響いて来る様で怖いです。
護児…もとい誤字報告を頂き、お手数をお掛けしました。確認次第反映しています。
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