63.護児誕生
前回のあらすじ:巨石ブレンバスター。
各国が覇を競う美と食の饗宴が過ぎた昨夜。
教皇が唱えた大陸の平和を祈る歌に一同がそれぞれの思いを抱いた夜。
各国の元首も貴族も、宿舎に割り当てられた城の主要施設で、温泉を満喫し、ゆっくりとお休み頂けた事であろう。
ドワーフ王は製鉄所に帰って近習と一緒に朝まで飲んでいたけどね。
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翌日、昼前に本丸御殿に集まった大陸首脳は、能舞台に向かい、芝居を見ていた。
遥か東方の異国から、大陸西の王国に流れ着いた黒髪の美しい娘。彼女を迎える王子。二人は恋に落ちる。
王国の遥か東方の、未知の国から死病が流れて来る。
王国の南の港からも、死体だけになった船が港に着き、港町も死に包まれる。
右往左往する伝令が王国内に死病を伝播させ、行く先々が死体の山となる。
しかし王子は、美しい娘の為に、各国の宝石を取り寄せる。
往来する早馬。しかし早馬が過ぎた地に、死病が広まる。
そして、ついに王都でも兵が死んで行く。
王国各地で生き残った病人も、農村が死滅し作物が無いため、飢餓で死ぬ。
死人ばかりとなった王国に、異国の軍勢が押し寄せる。
生き残った街に、異国の軍は死体を放り投げ、全ての街は全滅し、王家は自決する。
命が尽きる前に王子が見た物は、異国の鎧をまとい、異国の旗を掲げる美しい娘、かつて愛した娘だった。彼女は、王国を侵略した、敵国の王女だった。
そして最後、ひたすら死体が重なる真っ赤な地獄絵図に、魔道具の灯りで字が浮き上がる。
「これは架空の物語である。しかし過去に起きた現実でもある
しかしそれを押しとどめよう!我等全てが手をつないで
その敵が来る前に」
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劇が終り、幕が閉じても、誰も拍手をしない。
この大陸の過去1000年程前に、南の海から渡って来た死病で当時の人口の半分が死に、当時の皇帝すら死んだ事を、王侯貴族達は教養として知っている。
幸か不幸かこの世界には十字軍がないため、その後のパンデミックは起きていない。
そして、今、大陸の東の果てで、大きな力が沸き起こり、西に向かって驀進している。
私は各国の商人と連携し東から得た情報を、王達に説明した。
この場にいないボーコック王国の、東に広がる荒野の先に、大陸西とわずかな交流しか持たなかった大帝国がある。
その大帝国が、周辺の蛮族の侵略で滅びた。その為、流通が一旦止まった。
しかし蛮族が帝国を把握すると、流通は再開した。
但し、帝国は西へ兵を放ち、敵対する者は皆殺し。従属する者を同化し、ひたすら西へ進んだ。
しかし敵対した国も、従属した国も、しばらく後に皆死んだ。
そして、情報は途絶えた。情報を齎した者も死に、その者が死んだ地もまた、大部分が死んだ。
最早嘘か誇張ではないかとも思えるのだが、地図上に噂の出どころと、音信不通になった街を書き記すと、一致が見られ、それなりに信憑性がある事が解る。そして更に。
その話が向かう先は、ボーコック。グランディア西文化圏の東端だ。
この事実に、一同は恐怖した。ボーコックの評判は、「まともに話が通じない連中」だ。例え自分の足元が燃えていても、執るべき行いと真逆の行いを選び、歴史上何度も破滅している。ましてや今度の敵は嘘もハッタリも効かない疫病だ。国境を封鎖しないと感染者を各国に送り出し、グランディア諸国を破滅させないとも限らない。
ましてや今は鉄道が厖大な物資や人を高速で往来させている。疫病が広がるスピードは1000年前とは比較にならない。
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劇に続いて行われた会議では、東にしろ海の向こうにしろ、疫病が発生した場合の対策が考えられた。
・まず、発生源の村や街の封鎖、病人の隔離は当然。
・各国への通達。もし国の機密に触れる場合は仔細を隠しても良いが、発生場所、症状の特徴、発生規模を偽りなく元首の名で伝達する。偽りが判明した場合は国ごと封鎖し、対戦国と看做す。
・そして交通の遮断。生活物資は各国、貴族領、街、村単位でも備蓄を行い、これを横領した者は廃爵や死罪も含めた厳罰が下される。鉄道も各国への伝令を最後に停止する。例外があるとすれば、治療用の薬品輸送だけだ。
一番揉めたのは、治療法。当然だ。細菌の存在など知られていない世の中だ。
これは元宮廷魔導士のマギカ…ではなく、まだ無位の少女に過ぎないモネラが説明した。当然「滑稽な嘘だ」「瀉血が一番確実」「教会が祈祷し治癒すべき」という反応が強かった。
これに対し、マギカが爆発した。魔法をブッ放した訳ではない。治療実験の成果を、仔細なデータを積み上げ、言葉ではなく数字で黙らせた。
その病状は、水疱が全身に生じ、半数以上が死ぬ。故郷の地球の、天然痘だ。
一度発症すると根絶は不可能なので、隔離して感染を避けつつ、水分補給、栄養補給等で患者の体力を維持する事で、死亡率を減らせる。
しかし、予防は可能だ。症状が特徴的であり、ワクチンも比較的作り易い。死には至らない牛の病気、牛痘を発病した牛の膿から培養も出来るが、もっと強力で安全なワクチンがある。ミナトナの乳だ。
マギカは天然痘が発生した大陸北東部の、ドワーフと交流のある農村へ赴き、感染が疑われるグループにワクチンを接種し、別のグループにミナトナの乳を与え、発症の過程を比較した。するとワクチン接種者に稀に軽度の発症があり、乳を飲んだ者は誰も発症しなかった。
マギカは数か所の村を廻り同様の実験を繰り返し、同様の結果を得ると共に、この地方に大流行する筈だった天然痘を予防してしまった。帰路は治癒した村々で聖女扱いされ大変だったらしい。
「聖女様が仰せられた事は、我がドワーフ全員が真実である事を証明する!」ドワーフの王ハンマーが宣言した。ドワーフにもごく少数発症する者があったが、この実験の成果で今年は発症者がいなかった。
「ここにも聖女様ができちゃったわ…」頭を抱えるステラ。
「その病気を起こす原因を見せて欲しい」
「それは無理」「ほら見ろ!嘘や予測でこの重大事を語るとは愚かな!」
「天然痘を起こす原因は、人の髪の毛の3千分の1の大きさ。眼で見るには、この拡大鏡をもっと大きくしたものが必要」と、顕微鏡を会衆に見せる。
「これはアオカビ」モネラを批判した医師が顕微鏡を覗くと「うわ!」と声を上げた。
恐らく彼は生涯初めて見た、マイクロメートルの世界だ。
「天然痘を起こすウィルスは、このカビ菌の300分の1の大きさしかない」
「この、小さい生き物…生き物なのか?」「菌は小さい植物みたいなもの。ウィルスは生き物なのか分からないけど、人の体の中で増えていき、体のあちこちを壊してしまう」
傲慢無礼に振る舞った医師が、顕微鏡をのぞき込んだまま動かなくなった。
「素晴らしい…」と小声で話した彼は
「この覗く筒、譲ってもらえんかね?」田〇義文は貴族界のスタンダートなのか?
それから多くの学者や医者が壇上に押しかけ、マギカ達病院部は顕微鏡と菌のサンプルを用意し、学者たちに帽子とマスク、手袋に白衣を配って見学させた。
「お嬢ちゃん、君はなんでこの『菌』を見つけたのかね?」
「お酒を造る時、カビを米に振りまく。そのカビも菌の一つで、米の栄養を甘味に変える」
「酒。酒はこの菌が造るのか?!」「酒も、チーズもそう。人を殺す菌もいるし、食べ物を造る菌もいる」
学者たちに詰め寄られるモネラを眺め、マギカは満足そうだ。
あちこちで起きる歓声に、王や宰相達は付いていけていない。
議長は一旦休憩を宣言し、学者たちの興奮が収まるのを待った。王達は遠侍に用意された休憩所でスパークリングワインを傾ける。
「これが、その『菌』とやらで造られているのか?」と溜息を吐く。
「このお城は不思議ね。あんな小さい子供が、大人の学者達の質問に立派に答えて」
皇帝夫妻は、この城の凄さを感じてくれた様だ。
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会議は再開し、疫病の予防と治療方法は持ち帰り検討となった。
一蹴されなかっただけでも、この世界にとって大きな進歩だ。
「して、あの演劇。あの東国の姫と、王国を亡ぼした軍というのは、東の果てに新たに興きた蛮族の国だというのか」
「大陸南東部の商人達の話を聞く限り、そうでしょう」
一の間に、巨大な地図が示された。この世界の人が初めて目にする物その2、正確なグランディア大陸地図だ。そしてその隣に地球儀。
「私達の大地はこの様に、巨大な玉です。その上に、この大陸がある。それを平面にしたのがこの地図で、西側の国々がこちら、大陸の中央は巨大な砂漠と、その南北に人が越えるのが困難な険しい山脈、そして東が、今はイテキバン帝国を名乗っています」
「相当離れているな」「これで侵攻するのは無理だろう」
「いえ、現在、大陸南部を伝い、国々を亡ぼしています。天然痘を広めながら」
「しかしこの距離をどうやって。敵を天然痘で滅ぼした後に攻撃するにも、イテキバンという国が出来てからでは早すぎる」
「馬です」
「馬?」
「元々イテキバン族は騎馬民族です。国民全員が騎士です。滅亡した帝国も、天然痘と速度に負けたかと」
各国とも考え込んだ。ボーコックが陥落すれば、ダキンドンとミデティリアが最前線となる。両者が落ちればフロンタ独力で抵抗するのは不可能となる。
「どうにも信じられない話が立て続けだ。敵は本当に来るのか?」
「来ます」
「いつ、いつだ!」大滝秀治かな?
「3年以内!」
一同は驚愕した。しかし目立った発言は無かった。
「先ずは、この情報が本当か、納得できるのか。疫病阻止と防衛戦争を行うには、一体どれだけの人員、予算が必要なのか。それらを確かめねば何も話は進まぬ」
「だけどそれでおしまい、それじゃあこの場を提供し、この情報を提供してくれた城主殿に申し訳ない。狙いは何だ?」ぶっちゃけて聞いて来たな皇帝。
「疫病と侵略を前提とした、当面の停戦条約。そして情報網、医療品や食料の確保を含めた通商条約、先ずはそこからです」
「後者は鉄道延長の際、骨子は出来ておる。医療品とやらがどんなものかにもよるがな」
やっぱり医療品が認められるのにはそれなりに時間がかかるか。
「既に有る二国間の取り決めと矛盾する所は、大まかな所で同意し、細かい所は保留だ。それを持って大陸初の国際条約と成す!」
おお、フロンタ王、いい所持っていった!ザル法もいいとこだが、パフォーマーとしては抜け目ないな!
「して、教会には、何をお求めか?」教皇が意見を求めて来た。
「これからは多くの人の、新しい考え方が必要になります。安易な異端認定を禁じ、今まで見聴きした事のない説を説く者は、教会ではなく、各国の学者、医者の調査に委ねて頂きたい」
「それでは、異端や、敵国の間諜を許す事になりませぬか?」枢機卿達が不安を露わにする。
「もし敵であれば、恐らく同じ話を複数の場所で広めようとするでしょう。情報網はそれを特定するためにも使えます」
「そもそも教会が異端認定を濫発してたのも先のクーデターの一因だったのではないですかね?教皇様?」皇帝が教皇にトゲのある言葉を放ったが、何せ彼も巻き込まれたクチなので総本山は反論できなかった。
「我等ドワーフは、各国の求めに応じ、腕の立つ匠を送ろう。今まで匠の言い値であった料金を、通商条約に則ったものに準じる様定めよう」
「王!それは匠達が飲むであろうか?」「お前はどうだ?」「勿論、王の決めたことだ。タダでも請け負おう!」「儂もじゃ!」「儂も!」「王に背く者など許さん!」
「魔導士様は、どうなされるおつもりですか?」オーティが話した。
「私達各国は、今まで貴方様から恩を受けてばかりです」
この時、皇帝とフロンタ王が「余計な事を!」と言わんばかりに顔を顰めた。
「どんな敵が来ようと、それが100万の大軍であっても、魔導士様であれば子供達を守り通せるでしょう。この場を提供頂き、情報を提供頂き、貴方様は何をお求めになるのでしょうか?」
「この城に住む子供達の、平和で安心できる未来ですよ」
場が白けた、そんな気がした。
「この城の子供達は飢饉のため親に捨てられ、夫に捨てられ、村や故郷から捨てられこの地に来た。私は、ここに住む皆が、辛い過去を脱し、やりたいことを自由に実現できるために努力したい。それはいつかこの世を良くする力になる。私はそんな世の中を見てみたいだけです」
「ははは、最早王の発言だな」
「私は、魔導士様こそ王の器かと存じます」
「魔導士様は鉄道を我が国に齎し、芋や米で飢饉を救った。この恩は大きく、オーテンバー女王が恩義を感じるのも理解できる。しかし、いざ戦いとなった時、我等と一つになり、決して裏切る事が無い様『お約束』頂けるかどうか」フロンタ王が折角のいい雰囲気を破った!
「王!それは余りに魔導士様に無礼ではないか!!」オーティが怒った。
「『お約束』とは人質であろう!魔導士様はご自身の事よりも子供達の事を重く見られている。その子供達に害を成す様な発言、貴国の全てをこの地より消し去る事と同じと心得なさい!」
「女王、少々言葉が過ぎやしないかな?」フロンタ王は余裕を見せる。
「いや、私は彼女と同意見だな」「何と!?」
「私も似た様なことを城主様に言ったら、帝国を地図から消すよ~、って本気で言われた。我が帝国存亡の危機を感じたものだ。ねえ、城主様」コッチに振って来やがった。
「フロンタ国王。貴国が私という正体不明の存在を全面的に信用できず、警戒しているのは理解できる。しかし、子供達のために貴国らに協力している見返りが、子供達の未来を脅かすものであれば、私は全力で取り除く。こちらの考えも理解頂きたい」
暫くしてフロンタ王は「失礼した。しかし…」「まだ何か仰るか!」オーティの怒りは爆発寸前!
「オーテンバー女王、私の為に、子供達のために怒ってくれて、有難う。だがフロンタ王の希望も聞きたい」
「魔導士様は、やはりお優しい…」熱い視線を向けないで、オーティ。
「発言を許されよ。この城と言い、魔物を退ける実力と言い、この城の戦力は、蛮族との戦いに加われば、大変に心強い。
我等に貴方に何かを命じる事など出来よう筈も無い事は理解した。しかし、協力を願う事は許されないだろうか?無論必要な対価は払う」
「それなら我が帝国も同感だ。何せ最前線になるんだしね」
「恐れながら我がダキンドンも同様…」「テイソ!」「王女。これはあくまでお願いです。断るも応じるも魔導士様次第。我等も勝つ算段を上げておくべきです」と、テイソさんは私に跪いた。「この身を人質に捧げても」「あなた!最初からそれ目当てで?」「違います」何か笑顔になってるよテイソさん?
「あー、協力は惜しみません。いずれ各国共同で作戦会議を行うでしょうし、その際に築城や鉄道延伸の話をしましょう。勿論兵站も。それでよろしいかな?」
各国の元首は、私に向かって礼をした。
「しかし、城主様とか、魔導士様とか、この国際会議の最重要人物の称号が定まらないのは如何な物だろうか?」
「うむ。魔導士では単なる職業、城主では一貴族。ここはやはり、我等とせめて同格であるべきかと」「いえ!タイム様こそ真の尊き魔導士様、はっ!ここは真・魔導士では?」
最後の何だよ?スペシャルメイクでグログロ変身すんの?
「我が娘の婿殿じゃ、王を名乗られてもよかろう」
「私も、出来る事であればこの場で魔導士殿が王を名乗り、各国から認められて欲しいと思います」「教皇様まで?」
「タイム様は創世教徒ではなく、異なる神を信仰されていると聞いています。もしこの場を逃せば、建国の式典も、戴冠にも、私が立ち合う名目が無いという物」
「いえいえ、お求め頂ければどの様な理由を付けてもお招き申し上げます!」
「今、各国の元首が集まるこの場こそ、種族も階級をも越えた、夢の地を築き上げられた王が名乗りを上げるに相応しいかと思います」あ、宗教を越えたとは言わなかったな、流石に。
「同じく」「いいねえ」「素敵ですわ!」「早速王冠を打て!」各元首も頷く。
「じゃあ国号は何にする?」決定事項かよ?
「護児国、とさせて頂きたい。」
「王国ではないのかな?」
「私がいずれいなくなった時、この城の者達で、王を選びます。ここに住む子供達は、政治を学び、経済を学び、国の進むべき道を拓ける者を元首に選ぶのです」
「民が王を選ぶ国か。まあ、城主様らしいな。おっと護児国王だったな」
「国王様!」「国王様!」
周囲に、拍手が沸き起こった。何とも照れる。
みんな大好き、異世界防疫。異世界での都市衛生も疫病対策も、優秀で魅力的な先達の後追いでしかないので書いていて今更間を感じなくもありません。しかも目視可能な菌ではなく、より微細なウィルス。
次回、第二部最終回です。
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「このネタっぽいのがわからん」
「何故カラオケに宇陀の歌や大地の怒りが入っていないんだ!」
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