4話 来客
「すみません、すみません……!」
「んん……? むにゃむにゃ……zzz」
「すみません! す・み・ま・せ・ん!」
「はぁい!」
早朝、私の小屋の扉を叩く声で、叩き起こされました。
まったく、こんな朝早くからどなたでしょうか。
せっかく引退したのだから、ゆっくり寝かせてもらいたいものです。
ま、不老不死の私には睡眠すらも必要ないんですけどね……。
「いま開けますからー」
私はベッドの上から扉に向かって叫び、眠い目をこすりつつ、急いで玄関へと向かいます。
ですが――。
「ん?」
なんでしょうかこの違和感……。
そうです!
こんなところに来客なんてあるわけがありません!
森は昨日まで瘴気で覆われていたんですよ!?
それに、ここら辺に用がある人間なんて……。
怪しいですね……。
もしかしたら、新手のモンスターかもしれません。
人間のふりをして襲い掛かるつもりかも。
それか、私が知らないだけで、ここらへんにも人が住んでいるのでしょうか……?
この森のある地域に関しては、なるべく関わらないようにしていましたから……。
それもあり得ない話では……、いやいや!
ありえません!
さすがにこんな辺境の地に人なんて……。
疑いながらも、私はおそるおそる扉を開けてしまいます。
もちろん最大限、警戒はしています。
「どなたでしょうか」
「あ、どうも……。よかった、開けてもらえて……」
扉を開けると、一人の青年が安堵した表情で突っ立っていました。
優しそうな青年で、茶髪に、ラフな旅人の恰好。
腰には剣を差しています――冒険者でしょうか?
この方に敵意があるようには見えません……。
ですがなぜこのようなところに?
すると彼は私が訊くまでもなく――。
「私はリシアン・コルティサング。旅のものです。近くにある、ルキアール王国という国の者です」
「はぁ、そうですか……。まあ、とりあえず上がってください」
私は彼をテーブルへ案内しながら、思考を巡らせます。
ルキアール王国……聞いたこともありませんね……。
新世界秩序機構の資料図書館には載っていなかった……。
だとすると……新世界秩序機構への非加盟国であることは確かです。
それにしてもまだそんな国が?
よっぽどの小国か、変わり者の指導者なのでしょうか。
まあ私が意図的に、この周辺地域のことを避けていたのはありますが……。
とにかく話を聞いてみましょう。
「実は……この森を歩いていたところ……道に迷ってしまって……」
「はぁ、そうですか。まあ迷いますよね、普通。普段人は立ち入りませんし、整備もされていません。それに地図などもないわけですし、迷わない方がどうかしています」
「ですよねぇ! よかったぁ……僕はバカじゃないぞ!」
なにやら怪しげな青年ですね……。
森を歩いていた、なんて。
そんな人がいるわけないじゃないですか。
「お一人で、歩いていたんですか?」
「いえいえ、仲間といっしょだったのですが……はぐれてしまって」
「でも、どうして森へ……? ここには何もないですよ……?」
「それがですね、森を覆っていた瘴気が、一夜にして消え去ったという情報を耳にしまして……。我々で調査にきたというわけです」
あ……これ、完全に私のせいですね……。
はぁ……そういうことでしたか……。
この人が迷ってしまったのも完全に、私のせいじゃないですか。
「そ、そうでしたか……。それは、お疲れ様です」
「普段なら森になど入ることはなかったのですが……。正直、自然を舐めていましたよ……。ここまで過酷な森が広がっているなんて……。このままじゃ今日は帰れないかもなぁ……。凶悪なモンスターに追い回されたりもしました」
ああ……私が瘴気を祓ったために……こんな犠牲が……。
それにしても凶悪なモンスター?
この森に、そのような生物が存在していたでしょうか?
いや、私基準で考えてはいけませんね。
普通の人からすれば、そこらへんのモンスターでも十分に凶悪です。
「そ、そういうことでしたら、ぜひ泊っていってください。大したことはできませんが」
「そんなつもりじゃ! いいんですか!? 女性お一人なのに……」
「いいんですよ、そこは気にしないでください」
500年も生きている私ですから、その程度のことは気にしません。
男性が一つ屋根の下で寝泊まりしようが、変に意識したりなんかするものですか。
それに、もし変な気を起こしたとしても、私は負けませんからね。
なんといったって、世界最強の魔術師でもありますからね、私は。
「では、お言葉に甘えて……!」
「はい、ゆっくりしていってください」
◇
「改めて、このリシアン・コルティサング。ルキアール王国を代表して、お礼を申し上げます」
「またまた、そんな大げさな……」
「ところで、あなたのお名前をまだお聞きしていませんでしたが……」
「あ……」
名前……ですか。
困りましたね……。
シルヴィア・エレンスフィード――本名を名乗るわけにもいきませんし。
せっかく議会から離れたというのに、この名前が広まってしまっては、またどんな嫌がらせを受けるとも知れません……。
そうですね……エルムンドキアから名前を頂戴しましょうか。
私の世を忍ぶ仮の名は――。
「エルキア……と申します。ここエルムンドキアの王女をしております……ま、私一人しかいないんですが……」
「エルキア……さんですか! いいお名前ですね! それに、いい国だ……」
一人しかいない国の王女だなんて……もっとツッコまれるかとも思いましたが、意外と大丈夫だったようです。
なんとかこれで誤魔化せたようですね……。
細かいことは気にしないタイプの方なのでしょうか?
とりあえずは問題なさそうです。
「では、リシアンさん」
「はい、エルキアさん。なんでしょうか?」
「リシアンさんのお家を作りましょう!」
「はい?」
私の急な提案にリシアンさんは困惑します。
まあ無理もないですね。
ちょっとここからはびっくりさせてしまうかもしれません……。
◇
「建築カタログ・オープン! 建築カタログ・クリエイト!」
外に出て私が唱えると、私の小屋のすぐ横に、もう一つ同じものが生成されます。
こっちをリシアンさんのお家にしちゃいましょう。
「うわ! すごいですね……。一瞬にして小屋が建ちましたよ……」
「ええまあ。このくらい、どうってことないですよ」
「エルキアさん……あなたは一体何者なんですか……」
さすがにこれは怪しまれてしまいましたか……?
いろいろ詮索されると面倒です。
彼の記憶や精神を操作することもできますが……それは倫理に反するのでナシです。
ここは私のたくみな話術で誤魔化しましょう。
「実は私は……この森に隠れ住み、魔術の研究をしているのです」
「魔術研究者の方でしたか! どうりで……! ですがこのような魔法……今までに見たことも聞いたこともないですよ……。さぞ、高名な魔術師なのでしょうね」
「いえいえ……私はずっとここに引きこもっているので、世間のことをまるで知らなくて……」
「そんな! もったいない! こんな功績、学会で発表すれば、一気に大魔導士の仲間入りですよ!」
「そ、そうですか……ま、まぁ……そういったことには興味が疎いもので……」
「なら仕方ないですが……。もしよければ、そのうち私の国を案内しますよ」
「はい、そのときはぜひ」
なんとか誤魔化せたようですね……。
ちょっと無理筋な気もしないではないでしたが……。
「では、こちらの小屋をお使いください。あとはご自由に」
「はい。なにからなにまでありがとうございます。迎えが来れば、すぐに帰りますので……」
というわけでしばらくの間、私はリシアンさんをここに置くことになりました。
はぐれたリシアンさんを探して、そのうち迎えの者が来るとのことでしたが……。
この深い森を抜けて、本当に来られるのでしょうか?
ま、私は不干渉を貫いて、自分のやりたいことをするだけです!