2話 追い打ち
と、まあ……見事に厄介払いをされたわけですが……。
正直、痛くも痒くもありません。
この組織も、そろそろ私の手を離れる時期が来たのでしょう。
私が議会堂を去ろうとしていたところ――。
「お待ちなさい、シルヴィア!」
呼び止めたのは、私からクロード王子を奪った張本人である――リリンガ王国王女――ルリア・マシュコンレー。
まあ奪ったといっても、元からクロードにその気はなかったのでしょうけど……。
それにルリアは私にとっても大事な妹分。
ここは素直に祝福を述べるとしましょうか。
「あらルリア。気にしなくてもいいんですよ? 私は一向に構いませんから、どうぞクロード王子とお幸せになってください。ご結婚、おめでとうございます」
だがルリアは祝辞の言葉に眉をひそめた。
「よくもまぁ……そんなことが言えましたわね。皮肉ですの?」
「? はぁ……。ですから、気にしてないと言ってるじゃありませんか。元々クロードは私になんか気はなかったんですよ。彼はただ六議会に入るための足掛かりが欲しかっただけなのでしょう……。組織に入れた以上、もう私は彼にとっては用済みなのですよ。ぜんぶわかってます。お見通しのうえで、私はこの組織を去ることにしたんです」
私の婚約者であれば、六議会入りの話も通りやすいですからね。
クロードのヴァルム王国はなんの後ろ盾もない小国で、そうでもしないと中心国にはなれなかったはずです。
まあ、それで彼が満足なのであれば、私は別に構いません。
「私のクロードさまに、あんな仕打ちをしておいて……!?」
なんのことでしょうか……?
話が全然かみ合いませんね……。
「あんな仕打ち……? 私とクロード王子には、なにもありませんでしたよ?」
「……むきぃいいいい! なんていう女ですの! 年増の老害ババアのくせに!」
ババアとは失礼な! 私は肉体年齢ではまだぴちぴちの17歳なんですから!
ルリア……昔はこんな娘じゃなかったと思うんですがねぇ……。
私の妹分として、いろいろ教えて上げましたし、彼女も慕ってくれていたと思っていたのですが……。
みんなの前では猫をかぶっていたのかもしれませんね……。
「クロードさまから聞いたんですよ!? なにもかも、全部ね! あなたがクロードさまに変態行為で迫ったことや、遺産狙いで近づいたこともね!」
「はぁ……」
長く生きていると、いろいろ恨みを買うことはありましたが……。
これはちょっとお粗末すぎますね。
「……で、あなたはそれを信じると……?」
「あたりまえでしょう!? 汚らわしい! さっさと出ていってください!」
出ていってくださいって……。呼び止めたのはあなたじゃないですか……。
恋は盲目とはいいますが……これは……。
まあ、ルリアもクロードに利用されているだけなのでしょうね……。
私を追い出す口実に、手ごろな美人を味方につけた……そういったところでしょうか。
元々、ルリアも野心家なところがありますし……うまくそそのかされたのでしょうね。
まあ、せいぜい私抜きで頑張ってみてください、といったところです。
「もういいです。言われた通りに出ていきますので、もう放っておいてもらえます?」
「早く消えて! ババア!」
まったく……。困った子ですね……。
正直、私からすればルリアも子供みたいなものなので、なにを言われても駄々をこねているようにしか思えません。
「はぁ……。はいはい……」
私は複雑な気持ちで、議会堂を出る。
もはやこの先どうなろうが知ったこっちゃない。
私を手放したあなた方が悪いんですからね……?
◇
私は議会堂を離れ――、宙に浮いています。
500年も生きていればおおよその不可能はなく……独自の魔法で大体のことはできてしまいます。
それだと面白くないんで、あんまり使わないんですけどね。
「さぁて、どうなりましたかね……」
私が去った後、議会がどうなったか……一応確認しておきましょうか。
ちゃんとやれているのか気になりますし……。
なんといっても、この世界の秩序を担う立場にありますからね。責任重大です。
私も創立者として、監督する責任を感じます。
「監視!」
すると空中に映像が浮かび上がります。
離れたところを見ることができる、という……私専用の魔法です。
といっても、この世界に存在するほとんどの魔法は、私専用なんですけどね……。
□□□□□□映像□□□□□□
「まったく……あのババアを追い出すのには一苦労だよ……」
クロードが頭の上で後ろ手を組みながら、私を罵っていますね……。
ババアだなんて心外です。
「ほんとうに、居なくなってくれてせいせいしましたわ!」
ルリアがクロードに同意します。
私がいなくなった途端、皆で集まって悪口大会ですか……。
はぁ……。
悪趣味な人たちですねぇ……。
「いやぁ、クロード殿の作戦が上手くいってよかった。いえね、私も前々から、あの女は好かんと思っていたのですよ……」
「ははは、サイラさまのお気持ち、よくわかりますよ。私も、シルヴィアには困らされましたから……」
まったく、私がクロードに何をしたというのでしょうか?
クロードのしつこい求婚を受け入れて、議会入りを推薦してあげたのはこの私だというのに?
それに……クロードの作戦、というのも気になりますね。
最初からみんなで結託して、私を追い出すつもりだったのでしょうか。
嫌われたものですね……。
「シルヴィアさんは多くの知識を持っているが、彼女がいたのでは何も新しいことができん。私たちはもっと、革新的な方法を試していく必要があるというのに……」
「ドルスさまの言う通りですよ! あんな老害は、もはやこの新世界秩序機構には必要ありません!」
革新的な方法ですか……。
まあそういった気持ちもわかります。
ですが私が彼らの意見を採用しなかったのも、ちゃんと理由があってのものですのに……。
彼らの案はいつもお粗末すぎました……。
もっとちゃんとした考えであれば、私も聞く耳を持ったのですが……。
長年生きていると、その策が失敗するかどうか、一目瞭然でわかってしまうのです。
あらかじめ失敗するとわかっている作戦を、いったいどうして採用するというのでしょうか?
私はちゃんとその理由も説明してきたんですけどね……。
とうとう彼らは理解を示しませんでした……。
まあそれも仕方ありませんね。
経験の差、というやつです。
彼らはまだまだ未熟ですから、これからたくさん失敗して学んでいく必要があるのですね。
私と彼らでは、知能も経験も、違い過ぎて話が通じないのも無理はありません。
「しかしクロードも危ないところだったな。危うく行き遅れの500歳老害クソババアと結婚させられるところだったじゃないか。彼女が潔く身を引いてくれてよかったな。しかもアレは汚らわしいエルフだ。エルフと人間の混血など、想像しただけでも恐ろしい……」
「バムケスさま、言い過ぎですよ。たしかに話のわからない、頭でっかちのクソババアなことは確かですが、見た目だけは麗しかった。ま、見た目だけで、その中身は500歳の老人なわけですが」
「はっはっは、クロードも言うなぁ。これから上手くやっていけそうだ」
むかっ。
決めました。
クロードとバムケスは絶対許しません。
痛い目を見ても助けたりなんかしないんですからねっ!
私は確かに500年生きる不老不死ですが、決して老人なんかではないのに……。
私の魔法は完全に、身体の仕組みをストップさせる。
なので私は排泄も必要ないですし、食事も基本とりません。
だから正真正銘、肉体は17歳のままですし、中身も17歳です。
私の魔法で、私の身体だけが止まっているのですから、あたりまえです。
本当の不老不死とは、精神の不老不死も含みますからね。
エセの不老不死と一緒にしないでいただきたいです……。
それに、もともとエルフは長生きなのですから、私はまだまだ若者です。
「それに、私はあのエルフババアと結婚する気なんてはなからありませんでしたよ。ただ議会に入るために利用したまでです。男に免疫がなかったのか、すぐに婚約をオーケーしてくれました」
やっぱり……私を利用しただけなんですね……。
すぐにオーケーしただなんて、よく言えますねこの男は……。
あれだけしつこく私に迫ったのはクロードの方なのに……。
「さすがですわ、クロードさま。もうあんな女は忘れて、私たちでより素晴らしい世界を作っていきましょう!」
「ああ、そうだなルリア。老害には理解できない、新しい世界を作っていこう……!」
はぁ……もう勝手にしてください……。
私抜きで議会が上手くいく未来が見えませんが……。
追い出したのは彼らなのですから、勝手に滅んでればいいのです。
ちょっと彼らのあまりにもの頭の悪さと浅はかさに、眩暈がしてきました……。
そろそろ映像を切りましょう……。
のぞき見は趣味じゃありません。
これ以上彼らに時間を割くのも、いろいろと無駄ですしね。
いくら不老不死とはいえ、時間の大切さを忘れてはいけません。
――監視解除!
□□□□□□映像投影終了□□□□□□
さて、これからどうしましょうか……。
世界の秩序を維持するという重役から解き放たれ、気分は軽々と爽快です。
好きなところに行って、好きなことをしましょう。
不老不死なんですから、時間は無限大です!
もうこれからは、世界のことや他人のことを考えるのはやめます。
私は私の人生を生きるのです!
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