1話 厄介払い
それはいつもの議会の途中、唐突に起こりました――。
シルヴィア・エレンスフィード
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
テーブルを仰々しく囲み、六人の重鎮が一堂に会しています。
通称――六人国議会と呼ばれる世界会議。
そんな中、一人の男性が立ち上がり、私を睨みつけました。
「残念だが、シルヴィア・エレンスフィード……あなたとの婚約はなかったことにさせてもらおう!」
私の婚約者であるクロード・キュプロス王子は、皆の前でそう宣言したのです。
漆黒のマントと黒髪が、その意地悪そうな口調をさらに強調しています。
「はぁ、別に私は構いませんが……」
もともと、クロード王子の方から熱心に言い寄ってきたので、しぶしぶ婚約を受け入れただけの関係でしたし。
特に深い思い入れはありません。
婚約も短い期間でしたし――特に私にとっては……。
今思えば私は利用されただけなのかもしれませんね……。
「そして私はこちらのルリア・マシュコンレーさまとの婚約を決めました。彼女こそが私にとって、本当の運命の相手だったと気づいたのです!」
「はぁ、それはまた。おめでとうございます……」
なるほど、そういうことでしたか……。
まあ今までにもこの手の輩はいましたが……はぁ……。
それを私に報告してどうするつもりかは知りませんが……。
そんなことで私が心に傷を負うとでも思ったのでしょうか。
だとしたら考え違いもいいところです。
ルリア・マシュコンレー王女――リリンガ王国の皇族代表……。
たしかにルリアは美人で、若く、頭もいい……理想の結婚相手です。
ですがそれと同時に、彼女は私にとっても大事な可愛い妹分でもあるのです。
そんな彼女の結婚を、祝福こそすれ、恨みなどする私ではありません。
「それに……あなたの横暴にはもう、うんざりだったのです。今後はご自身の身の振り方をわきまえたほうがよいでしょう」
「はぁ、そうですか……」
たしかに私は国の長でもない、ただの民間人です。
ただ人より知識がいくらか豊富なだけの、ね。
だけれど横暴な振る舞いなどした覚えはありません。
まあ、理由はなんでもいいのでしょうね……。
ただ私を厄介払いできれば、それで。
「それと、議会のほうも抜けてもらいたいのです」
「……え?」
一瞬冗談かとも思いましたが、どうやら本気らしいですね。
議会というのはこの――新世界秩序機構と呼ばれる組織のことです。
各国の首脳が集まり、世界にとって重要な決定を議論する会……。
ようはこの世界にとって、頭脳ともいうべき場所。
そんな重要組織から、私を追い出そうというのです。
「当然です。元婚約者がいっしょでは、いろいろやりにくいでしょう。それに、あなたもそろそろ引退したいのでは?」
引退……考えたこともありませんでした……。
ずっと仕事一筋でこの500年間を生きてきたものですから……。
まあ500歳と言っても、見た目は17歳のままですが。
私は不老不死の魔術を100%の完成度で使用できる、唯一の存在です。
そんな私が生涯をかけてやってきたことは――この世界の秩序の構築と維持。
そう、この組織も、もともとは私が作り上げたものです。
だからこそ、私が抜けるなどと考えもしませんでした。
「ですが、他のみなさんはそれで構わないのですか?」
正直、私がいなくなって大丈夫なようには思えません。
私からみればみんな、まだまだ子供みたいなものですし。
世界の運営はそれほど簡単なことではありません。
幅広い知識と、確かな判断力が必要とされる、特別な仕事です。
ですが――。
「残念だがシルヴィアさん。これはみんなの総意なんだ。もう議会で決まったことなんだよ。これからは新しい考え方が必要な時代なんだ。悪いが今のあなたはもう……必要とされていない」
議長のドルス・シュマーケンは、神妙な顔つきでそう言いました。
新しい考え方ですか……たしかに、私のやり方は少々古臭いのかもしれませんね。
前々から、それをよく思っていない議会員もいたことは知っていますが……。
ですがこの議会が動かすのは国ですらない――世界そのものの命運です。
新しいやり方と言えば聞こえはいいですが、それはあまりにリスクが大きすぎる……。
何事も古来からの安定した方法というのは、確立された最適解なのです。
「はぁ、そうですか……。それは残念です。ですが議会の決定なのでしたら仕方ありませんね……」
「私としては残念な結果というほかない。あなたはまさにこの世界の秩序そのものだった……。だが世界は常に変動している……。もうあなたの時代とは違っているのです、なにもかも……」
ドルスめ……。
また心にもないことを言いますね……。
私を追放することで一番得をするのは自分だというのに。
議長である彼からすれば、私なんかはまさに老害そのものなのでしょうね……。
本来なら、議長である彼が全権を握れるところを、私という創設者がいるせいで、その権力を奪われてしまっています。
まあその仕組み自体も、私による意図的なものなのですけどね。
権力というのは一か所に集めるとろくなことになりませんから……。
それは歴史が証明しています。
なにせ、私は500間年もの長い間、実際にこの目で見てきていますからね!
「正直……王族でもないあなたがここにいることを、疑問視する声も出ていましてね」
そう言い加えたのはサイラ・コノンドーという男性です。
彼は革新派の筆頭ともいえる人物で、なにかと私に異議を申していましたね。
眼鏡をした、意地悪そうでずる賢いタイプの人間です。
私は創設者という特別枠。
それ以外はみな、皇族代表と呼ばれる国の代表者たち。
彼らは例外なく、その国の王族、皇族の中から選ばれています。
私は彼らの国の成り立ちすらも、この目で見てきているというのに……。
「それだけじゃないぞ? 他の奴らは気を遣って言わないが、あんたはエルフだ……。そんなあんたが、なぜ人間族の代表面していやがるのか、俺は今でもわからんねぇ」
今の発言はさすがの私も聞き捨てなりませんねぇ……。
バムケス・フリーダ――彼は前々から差別的な、奇異の目を向けてきましたが……。
こうもはっきりと言われると、いくら私でもちょっと……。
この時代において、このような発言は正直……野蛮人という他ありませんね。
「こら、バムケス! そのような差別発言は許されないぞ? シルヴィアさんが許しても、この私――議長であるドルス・シュマーケンが許さん」
「はいはい、最近の世論は差別にうるさいねぇ……。エルフなんていうすでに滅びかけの種族に、何を気を遣う必要があるんだか……」
「まったく、口が減らぬ男だ。シルヴィアさん、先ほどの発言は行き過ぎていた。私から謝ろう。すまない」
「はぁ、私的にはドルスさんに謝られても仕方ないんですが……まあいいでしょう……」
エルフのことを言われるのは今でも少し、胸が痛みますね……。
なにせ、エルフ族は約500年もの昔に、絶滅してしまっているのですから――。
――そうこの私、シルヴィア・エレンスフィードを除いては、ね。
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