悪役令嬢に「ざまぁ」された主人公です
「あ、あ、あああああああ!!」
自分で掘った穴の中で大声をあげて悶絶した。
私の名前は、眞桜怜。乙女ゲームの主人公に転生してしまった元女子大生。
「どうして……どうしてこんなことにぃぃぃ」
この躰の元々の持ち主。乙女ゲームの主人公であるレイ・デュライアスがやらかしてくれた。
幼い頃。落雷により、私の記憶を得てしまったレイは、自身が転生者であると誤解してしまった事から始まる。
落第の衝撃で、私はレイの心の奥底で意識を眠らせてしまい、記憶だけがレイに流れてしまった事が原因だ。
私の記憶だけを得てしまったレイは、乙女ゲームの主人公を自覚して、逆ハーレムを狙い始めた。
……もしかして落雷の影響で、ちょっとおかしくなってしまった可能性もあるけど、それは兎も角。
もう結果だけ言ってしまう。
逆ハーレムと失敗した。
どうやら悪役令嬢も転生者のようで、向こうは天然で攻略対象者達を攻略していき、レイは、うん、まぁ、ライトノベルにありがちな展開となって、攻略対象者からは煙たがれた挙げ句に、色々とやらかして俗に言う「ざまぁ」された状態となった。
で、その精神的ショックを受けたことで、私の意識が覚醒。躰の主導権を得て、レイの意識は心の奥底で眠っている。
そして私はレイがやらかした記憶を全て受け継ぎ、後悔と羞恥心にさいなまれた結果。前世で『穴があったら入りたい』という言葉があったので、土魔法で穴を掘り、自らが埋まっている状態である。
「私の人生……詰んだ。もはや人生詰みゲー。国外に逃亡しようかなぁ」
穴の中から満天の星々を見ながら思わず呟いた。
悪役令嬢は公爵家ご令嬢。
攻略対象者達は、王国の王子とか騎士団団長の令息とか魔法省長官の令息とか王国宰相の令息とか。
レイはそのメンツに悉く喧嘩を売った。売ってしまった。
もうこの国で生活するの無理じゃない? 宰相の息子とか、落ち着いたら私を事故死に見せかけて殺しそうな雰囲気があった。
どうせ私は両親を亡くして一人暮らし。国外に行くのも1つの手かもしれない。と、いうかもうそれしか手段はない気がする。
これからの事を考えていると、水をぶっかけられた。
「誰!」
こんな真夜中に穴の中に水を入れるような非常識なヤツは誰だ!
……真夜中に穴を掘って入っている私がいうのもなんだけどさっ。
穴から這い出ると、そこには青年がいた。
赤髪の左右からは山羊のような角。まるで血のように赤い眼。全身黒ずくめでまるで執事のような格好。背中からは三対六枚の黒い翼を生やし、空中に浮かんだ状態で足を組んでいた。
「ま、魔王、バアル=サタン」
「ほう。俺の名を識っているか、道化」
識ってますとも。
この世界と酷似した乙女ゲーム「LOVER'S HISTORY」における隠しで幻のキャラ。
「LOVER'S HISTORY」は乙女ゲームにおいて世界初のオープンワールド型RPGとしてと話題を呼んだ作品。
そしてその隠しキャラで幻のキャラが、目の前にいるバアル=サタン。
幻のキャラと言われる理由は、出現が完全ランダムエンカウントの為だ。
ロサンゼルスを模した某海外の有名なオープンワールドゲームと同じ広さのマップで、完全ランダムで出現かつマップに出現表示もされない仕様なのでかなりの無理ゲーである。
しかも常に出現している訳では無く、10分の時もあれば1分で消える事もあった。ゲーム実況者達は生配信で、バアル=サタンを攻略しようと躍起になったものの、ヒントが一切無しのランダムで出現するキャラのため、多くが挫折。
私も生前は公式が出したイラストと、軽い紹介文を読んだだけだった。
……確か。魔王城でいるのも飽きて世界各地を冒険している悪魔王ってだけの記述だった気がする。強さは幻のキャラだけあって、もうパーティーは主人公とこいつ1人でいいんじゃない?ってレベルらしい。
因みに本編には一切合切絡んでこないキャラだ。
そんな魔王・バアル=サタンが、私の、目の前にいる。
「……放蕩魔王さんが、私に何かご用でも」
「ん。貴様の道化っぷりがおまりに愉快だったものでな。あんな無様な者を、ここ数百年は見た事がなかったぞ」
「それは……よーござんしたね」
投げやりに応答した。
私だって理解している。レイの痛々しいまでの道化っぷりは、第三者からすれば笑い種だろうけど、張本人の私からすれば地獄でしかない。
バアル=サタンは機嫌が良いのか、赤黒い雷をバチバチと発光させている。
……赤黒い雷。
確か、私が、打たれた落雷は、目撃者曰く、赤と黒が混ざり合ったものだったらしい。
「――――バアル=サタン様。もしかして機嫌が良いと、そんな風に雷をバチバチさせるのですか?」
「俺の高すぎる魔力に反応してな」
「なら、凄く機嫌がいい時とか、もしかして落雷を落としたりなさいますか?」
「滅多にないがな。それほど歓喜したのは、十年ほど前に、千年酒が手に入った時――ぐらい、…………」
バアル=サタン様は何かに気がついたようで、私を見て、直ぐに顔を背けた。
そして三対六枚の翼を羽ばたかせ、背を向けようとしたので、足を思いっきり両手で掴んだ。
「おい、小娘! 俺の足から手を放せっ」
「絶対に放しませんからね。私をこうした責任をッ、取って貰うまでは、絶対に!!」
「責任ってなんだ。俺は知らんぞ」
「10年前! 私は赤黒い落雷に打たれました。貴方以外に、そんな落雷を落とせる者がいますか?」
「……探せばいるのではないか? 俺はみたことないが」
「悠久の時を生きる貴方が見た事無いのならいないでしょうよっ」
「……」
「落雷の所為で、レイは自分が乙女ゲーの主人公だと思い込むし、私は衝撃で心の奥底で眠る羽目になりました! つまり、私がこんな風になった責任の一端は、貴方にあるということです!!」
バアル=サタン様は頭を掻くと、大きく溜息を吐くと、空中浮遊を辞めて地面に足を付けた。
「――で、何を望む」
「え?」
「責任を取れと言ったのは、お前だろ。なら言え」
「……私が言うのもなんですが、落雷の件、簡単に信じるのですね」
「さっき良く見て分かった。お前には本来あり得ない俺の魔力の残滓がある。付着するとすれば、性交渉するか落雷でも当たらないとあり得ないことだからな」
なるほど。
……私にバアル=サタン様の魔力の残滓があるのか。
高位魔族は魔力判別に長けていると聞いたことがある。下手に遭ったら、性交渉したと思われてしまう可能性が。
「私の安住の地と結婚相手を、一緒に探して下さい」
「……なに?」
「レイがやらかしてくれたお陰で、私がこの国では村八分ならぬ国八分間違いなしの状況なのは知ってますよね」
「ああ」
「そんな状況下では、安心安全な衣食住なんて到底無理です。ですから、安心安全で衣食住がある場所と、ついでに結婚相手も探すのを手伝って下さい」
「住む場所は分かるが。なぜお前の婿捜しまでしないといけないんだ」
「ついでですよ。ついで。ほら、バアル=サタン様は顔広そうじゃないですか。1人ぐらいいると思うんです。私と結婚してもいいって人が」
前世では大学生で彼氏いない歴=年齢だった私。
この国では無理そうだけど、せめて今世ではまともに恋愛して家庭を築きたい。
バアル=サタン様でいいんじゃないという意見もありそうですが、ないですね。
この人はイケメンです。私はヒロインなので、そこそこ容姿はいいので、外見上は釣り合いはとれるでしょうけど。うん。なぜだろうかバアル=サタン様からは、まるでだめな男臭がね。するんですよ。
イケメンに釣られたら地雷。
前世では、友達が似たような男にのめり込んだ末に風俗に身を落としたのを見ている身としては、この方はないですね。うん。
「……お前、なにか失礼な事を考えていないか?」
「いえ。全然?」
ニコリと笑顔で答える。
「――ハァ。いいだろう。お前の望み、叶えてやる」
「もっとごねるかと思ってました」
「どうせ十年にも満たない余興だ。俺のような長命種からすれば、須臾の出来事だ。それに、宛てのない旅よりは、何か目標があった方がいい」
「……10年もかける気はありません。この世界では、今から10年も歳を重ねたら行き遅れで貰い手がいなくなってしまいます」
出来る事なら1~2年以内には、出会って結婚前提でお付き合いをしたい。
それにはまず出会いがないとなぁ。
「おい。お前の名前を聞かせろ」
「……レイ・デュライアスです。知っているでしょう」
「それは今は眠っているだろう。俺が知りたいのは、お前自身の名前だ」
「…………流石、魔王様。私の魂魄事情もお見通しですか」
まぁ、別に隠している訳でも無い。悪役令嬢ちゃんや攻略対象の方々にも、私が転生者だって事は知られている事だからね。
ただ、誰かさんの落雷の所為で、魂魄が2つに分かれたというのを見抜かれたのは、今回が初めてだ。今まで私は仮眠状態だったので仕方ないんだけど。
「怜。眞桜、怜です。短い間になると思いますが、宜しくお願いしますね。バアル=サタン様」
これはヒロインで転生者である私が、悪役令嬢に「ざまぁ」された後の物語。
そして、これは、魔王・バアル=サタン様と一緒に色々な国を巡りながら、住む場所と恋人を作るため旅をする物語でもある。