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「……ということがありましてですね。曲花との仲直りの方法を教えていただきたいです」
「いいよ~ぬいぐるみづくり教えてくれることのお礼ね」
「そういうことで」
放課後、人がまばらにいる図書館の自習スペースで、僕は三本とぬいぐるみづくりをしていた。今日はサッカー部の練習が唯一トレーニングすらない曜日。貴重に使いたいものだ。
「仲直りの方法はねー簡単」
「簡単?」
「でもね、教えないでおこ。多分その方が二人のためだし」
「さっきいいよって言ってくれたはずなのに教えてくれないんかい」
「いや、私が教えないでおこうって思ったっていうことを今ここで伝えたことが教えたようなもんでしょ」
「ええ……国語力が追い付かないんですが」
僕は、なぜか笑ってぬいぐるみを縫い進めている三本にそう言ったが。
「まあ、成績悪いみたいだもんね」
もっとわかりやすく言いなおしてくれたりはしなかった。
「サッカー部が忙しいんだよ」
「そっかー。じゃあほんとにありがとうね今日は」
「ぬいぐるみを作って誰かにあげたりするの?」
「ううん。自分用」
「そっか」
僕は考えた。なんとなく、三本は誰かにあげたいんだろうな、と思う。まあ、そこは突っ込まないことにする。問題は、この前の三本のセリフ。
『ああ、かおりはね、教えてはくれないの。企業秘密みたいなかんじ……?』
あれはいったいどういうことなんだろうなあと思う。
三本が満足いくまでぬいぐるみづくりを教えた後、僕が向かったのは部室棟だった。
部室棟には様々な文化部の部室がある。その中の一室に、扉にたくさんのぬいぐるみがへばりついているところがある。
ここが、ぬいぐるみを作る部活、ぬいぐるみ部の部室だ。
僕はぬいぐるみ部には入っていないけど、今回は用があって寄ることにした。
「失礼します…あ」
僕はいわゆるそっ閉じみたいなことをして扉をもとに戻した。
な、なかでいちゃいちゃしてんだが。なんでだ? いや二人だからか。う、うらやましい。
そう、僕が用がある人物、丸野成輝には、最近彼女ができた。
おかしいと思う。僕と丸野は小学校のころからの親友で、しかも、サッカーチームも一緒。ベンチなのも一緒だった。しかし、丸野はサッカーを高校に入ってすぐにやめて、ひたすらぬいぐるみづくりをするようになった。そしたら、丸野にはいつの間にか彼女ができていた。
それなのに、サッカーを続けている僕が報われないのはおかしいと思うよほんと。
それはともかくとして、今は二人でお楽しみのようだから、僕は夜電話でもして気になっていることを聞くことにしよう。あ、もしかして、夜もお楽しみだから電話しても出てくれないかな? まあいいやしらん。いつか訊こう。
僕は部室棟の出口へと伸びる廊下を進み始めた。
「おーい。何で戻るんだよ棚田」
しかし、丸野の声が後ろからして。
「あ、僕は邪魔しないように生きていくんですまんな」
「いや、邪魔じゃない。というかむしろ、聞きたいことがあってさ」
「あそうなの? 僕彼女いたことないから、多分答えられん。まあ思う存分お楽しみくだ……」
「曲花かおり」
「え?」
なんでその名前が出てきた?
「……と隣の席って聞いたんだけど」
「そう。隣の席だよ」
「曲花がさ、昨日ここに来たんだ。そして、『ぬいぐるみづくりを校内で教えまわるのやめて』って言ってきてさ」
「まじ?」
それは、何のためだ? 僕はもしかしたら、曲花がぬいぐるみ部と何らかのコンタクトを取っているのではないかとは思っていたが、まさかそんなことを曲花がぬいぐるみ部に要求してたなんて。
「まじ。なんか理由とかに心当たりないかなーって思って」
「ないない。ていうか仲悪い感じなんだよ僕と曲花」
「そうなのかよ。じゃあいいや。で、なんで、棚田はここに来たんだ?
もしや入部?」
「いや入部ではない。なんとなく来ただけ」
「そうか。じゃあ、またな」
「おお」
丸野は部室の中に入っていった。
僕は思い出す。
僕と丸野が、ぬいぐるみづくりに興味を示したのは、二人とも少年サッカーのベンチだったからだ。