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30話 真紅の麗人

「神聖なる学び舎で婦女暴行は流石に王子様でもナシでしょ」


 まあ学院外でも犯罪だけど。

 そう内容とは裏腹に軽い台詞が私の耳に飛び込んでくる。

 アリオス殿下に押さえつけられながら私は声の主を視線で探した。


「貴様はっ、ぐっ」

「御令嬢から手を離すか、女に頭をカチ割られるか選べよ」


 アリオス。先程のアルとどこか似た底冷えのする声で殿下を呼び捨てにしたのは性別不詳の麗人だった。

 炎のような赤い髪はすっきりと短く、均整の取れた長身は男子の制服を優雅に着こなしている。

 けれどその高くも低すぎもしないハスキーボイスは確かに自分を女性だと言っていた。

 しかしその手はアリオス殿下の頭を後ろから容赦なく掴み彼に悲鳴を上げさせている。


「その娘、第二王子様のお気に入りだろ? 壊して泣くのは坊やの方だぜ」

「ロゼマリア、貴様っ、いつから……」

「療養から帰ってきたのは一昨日。……私がいない間弟を構ってくれていたらしいじゃないか?」


 その礼も今しておこうかな。その言葉と同時に私を拘束する腕が外れた。

 その隙を逃さず私はアリオス殿下から距離を取る。


「おっ、素早い判断。いいことだね。いい子いい子」

「きゃっ」


 謎の人物に笑顔とともに引き寄せられ頭を撫でられる。

 体が近づいたことで首の細さと服のラインからこの相手が女性であることがはっきりとわかった。

 だが何故男装をしているかはわからない。確かによく似合ってはいるけれど。


「エミアから離れろ、この男女」

「ははっ、女に負けるのは嫌だって泣いて悔しがるお坊ちゃまに配慮しての恰好なんだけれどね」


 そんなことも忘れたのか。そう楽し気に言いながら彼女は私からそっと体を離した。

 緑色の瞳が告げている。アリオス殿下の意識がこちらに向いている内にこのまま逃げろと。

 だが私は立ち去らなかった。

 この謎の麗人の正体が気になることもあるが、アリオス殿下と彼女を二人きりにするのも心配だった。

 今の流れでは彼女が優勢だが、相手は第二王子だ。権力を使われたらどうなるかわからない。

 私は息を深く吸って背筋を伸ばした。


「殿下、今回の私に対する暴力は度が過ぎています。父と教師、そして陛下に報告させて頂きます」 

「なんだと?」


 私は別に当然の事しか言っていない。それなのに驚いているアリオス殿下が滑稽だった。

 だが長年彼からの暴言と我儘を誰にも言わず受け止めていたエミアのことを考えれば仕方がないかもしれない。

 しかし、いい加減私はその頃のエミアではないと理解して欲しいのだが。


「……フン、その男女の真似をして強気に出れば居直れるとでも? 元はお前が他の男と馴れ馴れしくしているから」

「私はもうアリオス殿下の婚約者ではありません。セリス殿下の婚約者です。貴方は将来の義姉に無礼を働いたのです」

「なっ、馬鹿なことを……兄は既に」

「おっと、その先を第二王子が口にしていいのかい?……行方不明の第一王子、王太子候補の生死を」


 なぜ君が知っているんだ。

 私とアリオス殿下の会話に男子生徒の恰好をした謎の麗人が割って入る。

 確かにそうだ。公的にセリス殿下は死亡扱いにはなっていない。

 行方不明から三年、死んでいてもおかしくはないが死んだと断定するのは無遠慮で無礼だろう。

 実の弟であるアリオス殿下が死んだと口にすればそれはまた違った意味での波乱を生む。

 次期王の座を狙い、第一王子を殺害したのかもしれないと。

 まるで氷の上に立っているように冷たい空気が三人の間に流れた。



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