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what's your name?

作者: 鳴瀬 蓮

「何も思い浮かばないんだってば」


目の前にいる担当にそう言葉を投げつけて

部屋から出て行くわたし。


最近、穏やかな日々を送っているせいか

インスピレーションも言葉も何も見えなくなっている。

こんなにも金木犀のいい匂いが、街を埋め尽くしているのにわたしは何をしているんだろうと、不安に押し潰される。


この前、本屋でたまたま目に入った本屋大賞の文字。

その大賞を取っていたのはわたしより、若い子だった。


「20代後半にもなって、まだよくわからない夢を見続けてるの?」なんて母親にバカにされ、その言葉を隣で聞いていた父親もまたわたしを見下したように笑っていた。


わかっている。自分が、自分自身が1番よく知っている。才能なんてこれっぽっちもなくて、早く辞めてしまった方がいいことくらい。それでも書くことが好きなのは、自分の心をさらけ出せるところがここにしかないからだと思う。


内向的で思ったことを心にしか留めておけず、どうすれば相手に伝わるのかが分からない。

文字ならば何度も消せるし、何度も書き換えることができる。と、思っていた。


「れいさん、次の原稿はどうなってますか?」

「れいさん、締め切り明日ですが?」


日に日に溜まる、担当からの留守電にキレて、今日本社に来たのだけれど、結局担当に文句をぶつけて出てきてしまった。


「れいさんの才能は僕が1番よくわかってますから」


会議室を飛び出したあと、留守電に入っていた彼からの言葉。


(もう限界なのに……。)


心で強くそう思いながら、金木犀の木にそっと寄り添った。

不安と書きたいけど書けないという葛藤。自分がここにいることの意味。

働きたいけど、普通の仕事は向いていない。まず協調性が足りない。


これからどうしていこう……


先行きが見えない。暗いトンネルのようで。


人に迷惑をかけながら生きたくない。


もうどうしたらいいかわからない。


そんなことを思いながら、自分の心が落ち着く場所へと歩みを進める。家に帰ると自分の部屋へ入り、何も思い浮かばぬまま、またペンと紙を取り出す。


自分の理想を綴ってみる。

穏やかな生活。平凡な家庭。誰にも邪魔されない時間。書きながら涙が溢れる。自分が想い描く瞬間の刻み方が程遠いもののように思えてきて。

あれから、何時間経っただろう。

「さくらー、降りてきなさい」

母がわたしの名を呼ぶ。

高校生の頃、たまたま書いたショートショートがたまたま運良く賞を取っただけ。

そのペンネームをそのまま使っているのは、過去の栄光に縋っているだけなのも十分わかっていた。


「もう、書くの辞める。普通の仕事する」


階段を一段一段降りながら、自分の人生と重ね合わせる。


ピークは高校生の時までだった。

もうわたしは現実を見なければいけない。


売れない作家をいつまでも続けるわけにはいかない。それが誰かの負担になるのなら尚更。


1番最後の階段を降りた時、わたしは"れい"としてではなく、さくらとしてこれからの人生を進むことに決めた。


___完___

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