母
これで終わりです。
私は元日本人の転生者だ。
今はこの村で夫と可愛い可愛い娘の三人で平凡に暮らしている。
私の娘はとある冒険小説に登場していたキャラクターでしかもヒロインだった。
転生してからは、あまりの娯楽の無さと技術の発展のして無さに嘆いてばかりだったけど、この世界の国々の名前を知った私は自分が前世で夢中になって読んでいた物語の世界に生まれて来たことを理解した。
……こんなにも嬉しいことが前世含めあっただろうか!
そういえば私の名前もちょっと引っかかってたのよね。そりゃそうだわ……なんてったって物語に登場してたんだもの。
そう、ヒロインの母親として!
物語に夢中になり二次創作にまで手を出した私は、主人公のライバルキャラとヒロインが大のお気に入りで、二人が結ばれる漫画を描いては頻繁にネットに載せていた。
そう……二人は、決して結ばれることのないライバルキャラとヒロインキャラ。
小説では互いに興味が無いように書かれていたけれど、私のような熟練の読者なら分かる。
二人はきっと、意識し合う仲だっただろうなぁ、と。
顔が良い男の子を意識しない女子なんていないでしょ?きっと初恋だって彼だったに違いないし、何らかの原因があって二人とも自分の気持ちに蓋をしただけなのよきっと。
だから私がヒロインの母親となって物語りを正常に戻さなきゃいけないといけないし、それがこの物語のヒロインの母になった私の使命だと思ってるし、娘は王都で様々な出来事に巻き込まれて孤独になってしまう彼を救わなきゃいけないのよ。
だから私は凄く頑張った。
●
まずは家を彼の家の隣に建てた。
そして彼の両親と親しくなって、彼とヒロインを完璧な幼馴染みという枠にはめる事に成功したわ。
勿論、ヒロインである娘を彼の両親におすすめしてね。
こんなにも可愛くて彼に尽くしているんだもの。きっと彼の両親だって私の娘を自分たちの息子のお嫁さんにしたいって思っているはずだわ。
「将来、うちの娘をそちらの息子さんのお嫁さんにどうかと思うの。あの子も娘を気に入ってくれている様子だし、お似合いの二人になりそうな気がするのよ!」
「は、はぁ………」
「息子さん、将来は騎士になりたいと言っていましたね。私の娘も応援したいって意気込んでて、もう今から私も王都に行くって張り切っちゃって。あ、あまりお金が掛からないように彼と娘を同居させるのはどうかしら!」
「そうですか、無理のない程度で大丈夫ですよ……同居は、二人に確認してみないと……ね、女の子と男の子ですし」
「いえいえ!娘はほんと彼にぞっこんみたいで!」
彼の婚約者という娘の立場も得た私は、夕飯の準備をするために軽い足取りで買い物に出掛けた。
「あら?」
あれは………物語の主人公じゃない。
足腰が弱っているお年寄りの手伝いをしているみたいだけど、なにあれ?自分は良い人ですよアピール?相変わらず気持ちの悪い勘違い男よね。
物語の主人公は村の中でも好青年だという……彼より少し年上の男。
前世で読んでいた時もそう思ったけど、ぶっちゃけ私のタイプじゃない。
人の幸せを願えてへらへら笑っているだけの平凡顔の男、誰が結婚相手にしたいって思うのよ。
私はもっと尖っててスリルを味わえる男が良いの。
だから癒し系ヒロインはライバルキャラがお似合いだし、あんな男には勿体ないわ。
じゃあね、主人公さん。ヒロインと彼は幸せに暮らしますので、貴方は冒険に出る切っ掛けを失って一生このまま村の中でお人好しの好青年でもしておいてくださいな。
●
主人公が冒険に出る切っ掛け。
それは“ヒロインの病気を治すため”だった。
王都の医者まで行くのに大変だから、そこよりちょっと村の近くにある山に薬草を取りに行く筈だったのよね。
そこから自分に秘められた力とかなんとか……で、もっと人のために出来ることをしたいとか言っちゃってヒロインと一緒に一流の冒険者を目指す、みたいな。
でも大丈夫。私はそんな切っ掛けさえ出来ないように彼と一緒に王都にまで行かせたんだもの。
もうライバルキャラが主人公の娘がヒロインの二人の物語にすり替わっているのよ。
今頃二人して新婚みたいな生活を送っていると思うわ。
定期的に届く手紙にも彼との仲が良好であることがきっちり書かれているんだもの。
さて、一体いつ結婚式の招待状が届くのかしら。
私は胸をときめかせて、二人の結婚式に思いをはせていた。
その時、戸を叩く音と王都からの届けがあるとの声が聞こえた私は、これはきっと……と思って意気揚々と戸を開けた。
それが、最悪の報せとも知らずに―――――――………………。
end.
お気づきかもしれませんが、母の優先順位は 彼>娘 です。
ちなみに父親は空気です。妻を愛してしまっているので、何も言えないヘタレです。
ですが娘の計画には気付いています。気付いてそっとしています。妻も娘も両方幸せにしたかったのですが、良い案が思い浮かばずこうなりました。やっぱりヘタレです。