彼女
小学生の時に先生達に言われた「○○ちゃんは××くんのことが好きなのねー」で色々嫌な思いをしたのを思い出して書いてみました。珍しくシリアスっぽいです。衝動書きなので色々おかしかったら申し訳ありません。
私のお母さんは少し変わっている。
変わっている、という言葉だけで済ませて良いものかどうか私は迷ってしまう。
少し、っていう言葉も付けていいのかどうかも迷ってしまう。
だけどきっとそう、ただ………自分の娘より、隣の家の男の子をとても気に掛けているってだけの話なんだけどね。
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私の生まれ育った村は少し大きいと思うけど、それでも都会よりははるかに小さくて、でも食べることに困ることもなくて、人もいっぱいいる豊かな村だ。
隣の家には私と同じ歳の男の子がいて、両親達は互いに仲良くなって……私達は物心つく前はほとんど一緒に遊んでいたっけ。
だけどそれは物心がつく前のこと。ある程度育てば男の子は男の子と女の子は女の子と遊ぶうようになっていくし、私も男の子もそれが自然だと思っていたよ。
だけど、お母さんはそれを許してはくれなかった。
「あの子と一緒に遊ばないの?とっても仲が良いじゃない」
「なんかね、仲良くなった子がいるみたいで、最近はずっとその子と一緒に遊んでいるよ」
大きい犬に追いかけられていたどこかの家の子を助けたら、二人とも気が合ったようで、今じゃあ親友かってぐらいに仲良しだし、二人して騎士を目指すかって盛り上がっていたっけ。
私もそれぐらい仲の良い子が出来ないかなぁとニコニコしていたら、びっくりするようなことを言われた。
「だめよ!そんなの!!それじゃあの子が可哀想だわ!」
「えっ、お母さん?どうしたの急にっ……それに、なにがかわいそう……?」
突然の大声と理解できない言葉に凄く驚いて、私は思わずお母さんを見上げてみた。
けど、そこにあるのは真っ赤な顔をしているお母さんがこれまた訳の分からないことを言い続けているだけで。
「あの子は貴女のことを好きなのに、貴女は一緒にいてあげないの?貴女はあの子と将来結婚するの。あの子のお母さん達とも約束しているし、だから貴女はあの子と一緒に幸せになるのよ」
「えっ!?そうなの!?」
知らなかった。
私の知らない所で勝手に未来の旦那さんを決められていたなんて。
貴族でもないのに、婚約者?っていうものがなんで私にいるの?
しかも私の意志も聞かないなんて、酷すぎるよ。
「ねぇっ、お母さん!私はまだ子供だし、その話は早くないかな?私、好きになった人と結婚したい」
「だからあの子が貴女の好きな子なんでしょう?愛し合った者同士が結婚するのは普通の事じゃないの」
「えぇ……?」
はっきり言っちゃえば、私は隣の男の子はとても苦手だし好みじゃない。
確かに困ってる人を助けたり、騎士になって成り上がりたいからって剣の訓練をしているのは凄いなぁと思うけど、乱暴な言葉遣いや態度とか………私はちょっと怖いと思う。
だけど、それを言ったらいけないって頭の中で何かが訴えているから私は黙るしかなかった。
その言葉を口に出したら、お母さんはきっと怒り出すと思うから。
「お母さん、私はあの子のことを好きじゃないよ」
っていう言葉を。
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結婚が出来る歳に近付くに連れ、お母さんの私に対する要求はさらに重たいものになっていく。
「あの子の好きな料理をお弁当にして持っていってあげなさい」
「あの子のために栄養補給水を作って持っていってあげなさい」
「お祭りにはあの子と一緒に参加しなさい」
「誕生日には刺繍をしたハンカチが定番でしょう?ほら、前に教えた刺繍を今からでもしなきゃ。誕生日当日に間に合わなくなるわよ」
「あの子の両親の許可も取ったから世話をしてあげて。騎士を目指しているんだから、きっと大変な思いをしていると思うわ。そこを貴女が補助するのよ。きっと仲も深まるわ」
断れば大声で怒鳴られて、その後は優しく諭される。
「夫婦になる二人なんだから、お互いに支え合わなきゃね。だって愛し合っているんだもの………」
「ねぇ、ねぇ……彼を幸せにしてあげて。貴女が彼を幸せにしてあげられるのよ」
「彼を幸せにしてあげてね」
……って。
今まで積み重なってきたものが、私から意志や感情というものを薄れさせ、表に出させなくしていく。
どんどんどんどん………重くのし掛かってくるそれらに、私は人形のような顔をして「うん、わかったよ」の言葉しか繰り返さなくなっていった。
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お母さんの言うとおりに男の子……彼の世話をしても、彼から返ってくるのは
「余計なコトをしてんじゃねぇ、世話なんざいらねぇんだよ。いっつも母親の言いなりだよなお前は、自分の意志ってもんがねぇのかよ」
という至極真っ当な言葉だけ。
そうだよ。本当は私は彼の世話なんてしたくないし、別に隣に居たくない。
彼はとても顔が整っているから村の女子達から私は非難めいた目を向けられるし、邪魔な存在としてとても煙たがられている。
仲良くしていた友達も私が母から頼まれた用事……彼の世話で遊べない日が続くと自然と離れていった……まず一緒に遊べる時間なんて小さい時のほんの数日だったけど。
嫌がっている彼に付きまとう迷惑な女。
それが村での私の評判だ。
彼は私がお母さんの言いつけで世話をしてくる事を理解していて、厳しいことを言ってくる。
だけど、やっぱり彼らしく一応私の心配はうっすらとだけどしてくれているみたいで、結婚の約束は無かった事にするから安心しろって私に言ってくれた。
「お前の母親からムリヤリ結ばされた口約束だからな。本当はウチの両親も迷惑してたんだよ」
「そうなんだ………なんか、ごめんね」
「俺は将来、王都に行って騎士を目指す。それにお前はいらねぇんだ。好きになった男がいんだろ。そいつと結婚でもして暮らしてろよ」
「うん………だよね」
彼が王都にいくことを、私は知っている。
そしてそれをお母さんも知っていて、私を彼と共に王都に行かせる準備を整えていることも。
そしてそのことを彼に知らせていないことも。
「ごめんね………」
「しつけぇ」
私が彼にひっついて王都に行く……ということを私は何度も謝罪した。
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そう、私には好きな人がいる。
とても素朴で、だけど芯がしっかりしていて優しくて………どんな人にだって声を掛けて「困ったことはないかな」と気に掛けてくれる。そんな素敵な人が。
私の片想いだけど、この心はお母さんとは関係ない正真正銘私のものだった。
顔は正直整っているとは言えない。だけど、私はその人しか見えていないんだ。
だって、お母さんの要求で心が死にかけていた時に手を差し伸べてくれたのはその人だけだったから。
「最近、元気そうだね。良かった」
「え、私そんな元気なさそうに見えてた?」
「うん……なんか、ぼんやりというか………今にも消えてしまいそうな危ない感じがしてたし」
「はは、危ない………かぁ………」
村の少し外れた野原。そこに座り込んでお喋りするのは、私の数少ない楽しみの一つだ。
……わざわざここまで来させて申し訳ないなぁ………。
たまたま会った、という体で、私とこの人はここに来ている。
村の中で堂々と会って親しげに会話をしていたなんてお母さんに知られたら、何を言われるか分からないし、この人にだって迷惑を掛けてしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。
コソコソと会ってしかお喋り出来ないけど、それでも気落ちしている私に気付いて言葉を掛けてくれるその姿に惚れ直してしまう。
「そういえば君の幼馴染み、王都に行くんだって?凄いなぁ……もう一人、彼と一緒に行くみたいだけど君は何か聞いている?」
「えっと………私は、ただ王都に行くってだけしか聞いてない」
「そっか。騎士になれると良いねぇ」
「うん………」
ほのぼのとした笑顔に私の心も癒される。
彼は、すんなりと人の幸せを願える人なんだ。
自分が思い描いた『理想の幸せ』を他人に押しつけない人。
……言っちゃっても、良いのかな?
「あの、実は聞いて欲しいことがあって………」
「ん、なに?」
……私は、一世一代のかけに出た。
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「死亡………通知…………?」
「はい、ご愁傷様です。こちらが詳しい報告書とその他の書類になります」
「そんなっ、あの子は!?騎士になったっていう、うちの娘と王都に行ったあの子はっ!?一緒にいたんでしょう!?」
「魔術専門の職員の方々と騎士団の待機場は別々ですし、仕事内容も全く違いますので共に活動はしておりません。その日は騎士団の一部は休日でして……ああ、確かその方は王都で知り合って結婚した女性と行動を共にしていた筈です」
「そんな!?娘と夫婦になれなかったなんて、あの子が可哀想じゃないの!!私の娘と結婚出来なかったのよ!?愛し合っている二人を引き裂いたのは誰よ!!貴族ね!きっとあの子を気に入った貴族の子が無理矢理二人を別れさせたんだわ!!そうじゃなかったらあの子の御両親は私にちゃんとあの子の結婚のことを言ってきた筈だもの!!うちの娘を暗殺したんだわ!!娘とあの子は結ばれるべきなのに!それが私の夢だったのに!!それが!それが!!」
「ちょっ、落ち着いて下さい!誰か!誰か医者を!!」
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目の前の光景を見て、やはり母は私を愛しているわけじゃなかったと確信出来た。
魔術を使い、村の人に認識されないようにして私は“私の死亡”を伝えに来た使者を前に倒れ込む母をじっと見続けている。
王都に行った私がまず最初にしたことは、母から言われていた『彼と一緒に住む』を無視したこと。
母の目も無い……つかの間の自由を手に入れた私は、一人で魔術専門職員の試験を受けて合格し、気ままな寮生活を満喫していた。
友人も出来てまぁまぁな地位を得た私は、母に誤魔化しの手紙を送りつつ今日という日を待ち侘びていたんだ。
私の本当の自由を得るための計画実行の日を。
それを知っているのは彼と、今回の計画に人材を派遣してくれた彼と結婚した奥さん……そして、私が好きになったあの人だ。
はじまりは、あの人に私の想いを伝えた時。
「私は、あなたが好きです」
あの人は驚きながらも嬉しそうに笑ってくれて……そして恋人同士になった。
「それと、聞いて欲しいことがあるの」
私は“自分の母がおかしいこと、密かに立てている計画がある”ということを全部彼に打ち明けた。
私が王都に行って死んだことにすれば母から解放され自由になれる。
あの母の彼への執着はとても怖い。離れているだけじゃあ、きっと私は母から逃げることは出来ない。
どうあっても私と彼を結婚させる気だ。
だったらどうするか。
悩んだ末での計画だった。
親不孝者でも良い。私は私の人生を歩きたかったから。
だけど、やっぱり優しいあの人は母にチャンスを与えてはどうかと提案してきた。
「僕は君を応援したい。だけど、君のお母さんが本当に君を愛していたなら僕はきちんと話し合うことを進めたい」
そのチャンスが………“私の死亡”を告げられた時。
“娘の死”を嘆いて悲しんで……その時に「王都に行かせなければ良かった」と一言こぼしてくれたら、私はお母さんと話し合うつもりでいた。
……つもりでいたんだけど………。
やっぱりお母さんは、私を通して“彼”しか見えていなかったみたいだ。
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あの子の幸せを、とまだ泣き続けるお母さんから目をそらし、私は悲しそうに微笑みながら大荷物を背負うあの人へ向き合った。
「結局、こうなっちゃったね………」
「大丈夫。私は予想出来たし、その通りだったから」
強がりでもなんでもなく、私は言う。
この人がまとめてくれた大荷物が無駄にならずに済んで安心した。
そんなことを考えてしまった私は、もしかしたらもうずっと前から母に見切りをつけていたんだと思う。
「これから、王都に戻るのかい?」
王都で得た地位により、私はこの村とは真逆の位置にある遠い村に配属出来ることになった。
この村よりは小さいそうだが、様々な国の文化に触れることが出来る自由な土地柄の村だそうだ。
王都の親しい人達に別れを済ませていた私は、今からそこへ向かう。
「住み慣れたこの村から出ることになっちゃって、本当にごめんね」
「ううん、大丈夫。見たことのない場所へ行く楽しさも感じているよ。それに、僕は君と一緒に生きていくからこんなことはどうってことないさ」
彼の両親は既に亡くなっていて、私と一緒に村を離れることになっても問題はないと言う。
私はそれに思いっきり甘えてしまっている。
「僕の両親はそりゃあもう仲睦まじくてね。きっと僕にもそういった結婚をして欲しいと思ってたんじゃないかなぁ。優しい両親だったから。僕が君を見捨てるような男だと知ったら、きっと母も父もカンカンに怒るよ……だから、大丈夫。僕達は祝福されるよ」
それに、と彼は続けて
「僕は、君のことが大好きだから今すでに幸せだ」
……私も、幸せだ。
母が執着する“あの子”とは一切関係なくても、母が嘆き悲しんでも……私は彼と幸せになるよ。
だから、ごめんなさい。お母さん。
貴女のお人形になれなくて。
end.
女の子はちょっと乱暴な子が好きだなんて思うなよ。と当時の記憶がよみがえ……