80.必須項目
群衆男子・月草視点
次の日。
ちょうど土曜で学園が休みだったから、月草と二人で青柳本家に向かう。
学園から青柳家までは車で一時間半くらいだから、余裕を見て九時過ぎには迎えの車に乗って出発することになった。
「……つーか、前回も思ったけど従者のためだけに車出させるとか贅沢じゃねえの?」
青柳やあいつがいるときみたいな馬鹿でかいリムジンではないが、今日の車も充分な高級車だ。
従者専用の車だから一人の時でも絶対に呼ぶように月草には言われているが、おれは月草みたいに平然と呼び出せる気がしねえわ。
「おれ一人の時はバスとかで行ってもいいんじゃねえ?」
一応調べてみたけど最寄りのバス停から青柳家までは一キロくらい。
普通に歩ける距離だ。
乗り換えもあるから車を出してもらうより時間はかかるが、いちいち車を呼び出すよりは気が楽だ。
そんな感じで何気なく言ったら、
「駄目ですよ」
思いのほか真剣な顔でとめられた。
「あなたはたった二人だけしかいない次代の従者なんですよ?
次代に悪感情を持っている人間は、傷一つつかない次代自身ではなく周りの人間を狙うんです。
今現在一番狙われやすいのは、群衆であるあなたと彼女なんですよ?」
言われてみればたしかにその通りだ。
あいつはほとんど学園から出ないし、出たとしても青柳がくっついている。一人で行動することが多いのはおれの方だ。
たかが群衆には送迎なんていらないが、青柳の従者には必要だろう。
……多分運転手が護衛も兼ねてるんだろうな、これ。
「それに昨日も言いましたが、あなたが死んだらオレも死にます」
「だから死ぬなよ」
反射的に言い返したら、月草は小さく笑った。
「あなたは自分の命を軽く考えすぎですから。
オレの命を上乗せしても、それでもやるべきことだと判断したら言ってください。その時には全力で支援しますから」
一瞬何を言われたのかわからなかった。
中途半端に口を開けたまましばらく固まって、無理矢理再起動する。
「全力で支援って何言ってんだ。おれが間違ってたらとめろよ」
「もちろん明らかに間違っていたら止めはしますが。
オレはあなたを信頼していますから、何も心配はしていませんよ」
ほんの少しの迷いもなく言い切られて、返す言葉に困る。
「……なんだよそれ」
きっと月草は、そんな大した意味もなく言ったんだろうけど。
おれが今までやってきたことみんな認められたようで……胸の中がむずむずする。
「バッカじゃねえの……」
勝手に上がりそうになる口の端を隠すために、窓の外を向いて頬杖をついた。
「大好きです」
嬉しそうに笑う月草の顔が車の窓ガラスに映る。
「こっち見んなよ」
「見たいです」
「……あーもう!なんなんだよこれ!」
胸の中むずむずするわ顔熱いわ勘弁しろよ!
「大好きだって……言ってくれていいんですよ?」
「なんっ……!」
言えるかそんなこと!
思わず言い返そうと振り向いたところで、月草の幸せそうに緩んだ目と正面からかちあった。
……いや、だけど、だから、でも。
瞬間、言葉にならない思考の断片がぐちゃぐちゃに浮かんで、結局シンプルな言葉ひとつだけが残った。
「好きだよ」
言った直後、バックミラー越しににやにや笑う運転手と目が合って我に返る。
……ちょっ、こんなとこで何やってんだよおれ。なんで他の人間が聞いてるところで告白とかしてんだ。
おれはこういうの見るのも見られんのも趣味じゃねえんだよ。
「ああああああ……」
こっ恥ずかしすぎて死ねる。
両手で顔を隠したままずるずると座席の下に沈み込む。
「嬉しいです!」
感極まった感じの月草が抱きついてくるけど……ちょっと今は対応できねえわ。
それに昨日のも……思い出したらめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた。
本当に……何やってんだおれ。
……あー……まわりに人がいないかの確認は必須だな。
*
道中色々あったが車は無事青柳本家までたどり着いた。
笑いをこらえきれずに口の端がヒクヒクしている運転手に礼を言って車から降りる。
……あー多分この後あっちこっちに言いふらされるんだろうな。
地味に気が重い。
「月草!人目があるところでは上司と部下だからな!」
「…………あなたがそう言うのなら……」
「どこの世界に部下と恋人つなぎしようとする上司がいるんだよ」
「……ここにいます」
「却下!」
月草の手をはたき落として早足で使用人棟へ向かう。
「さっきは調子に乗りました。すみません。お願いですからこっちを向いてください」
わたわたと泣きそうな声で追いかけてくる月草を振り切って、自分の部屋でさっさとスーツに着替える。
「……結構目立つな」
鏡の前でため息をついて、入口に向かう。
無言で部屋の障子を開ければ、すぐそこに丸まった月草の背中があった。
……土下座って。誰に見られるかわからない廊下で何やってんだ。
「とりあえず入れ!」
とっさに月草の襟首つかんで引っ張り込んで、きっちり障子を閉める。
「何やってんだよ……」
ぐったりとため息をつきつつ月草に声をかける。
びくっと肩を揺らして顔をあげた月草は、ほとんど泣く寸前の情けない顔だった。
「本当にすみませんでした」
そのままもう一回土下座しようとするから、月草の隣にしゃがみこんで肩を押さえて止める。
「待て待て待て!土下座するほどのことじゃないだろ」
「お願いですから嫌わないでください……」
「とりあえず落ち着け!」
そりゃまあちょっと怒ってたけど、ここまで月草が落ち込むのは予想外だ。
「あー……おれはお前のこと嫌ったりはしないから。
とりあえず理由を聞いていいか?」
「……あまりに嬉しくて理性が飛びました。本当にすみません」
「お前なあ……」
わかりやすくはあるんだが、反応に困るぞ。
「おれはああいうの人に見られんの嫌なんだよ」
「はい……」
「あと、見えるとこに痕付けんのも無しだろ。こんなとこ隠しようもないのにどうすんだよ」
これからじいさんのところに行くってのに。にやにやしながらからかわれる未来しか見えねえぞ。
「すみません。あなたを取られないように印を付けておかないといけないと……焦ってしまいました」
「なんでだよ。そんなんピアスだけで充分だろ」
なんでわざわざ見えるところに痕付ける発想になるんだ。
……本当にこいつの思考はわからないな。
「そもそもこんなんしなくても、群衆好きになるような物好きなんかそうそういるわけないだろ」
あきれながら言ったら、月草は下げていた視線を急に上げた。
「全然足りませんよ!あなたはもっと自覚してください!
表情なんか見えなくても雰囲気はわかりますし、興味持って見えるようになったら実際格好いいんですから!」
「落ち着けよ。群衆の顔に大した違いなんか……」
「全っ然!違います!」
噛みつく勢いで言われた。
ほめてくれるのは嬉しいけど、さすがにこれは月草のひいき目が過ぎるだろう。
「……はいはい。お前がおれのことすごく好きでいてくれてるのはわかったよ」
仕方ねえなあと苦笑して、月草に軽くキスをする。
「こういうのは二人っきりの時にな」
くしゃくしゃと髪をなでると、
「あ、あの。続きは……?」
月草は赤い顔でこっちを見上げてつぶやいた。
「ねえよ!
昼飯もらってくる。食ったらおれは一人でじいさんのところに行ってくるから、お前は仕事してろよ」
「ですが……」
「少しは信用しろよ。大丈夫だって」
月草の鼻を軽くつまんで笑いかける。
まだぼんやりと座ったままの月草を置いて立ち上がる。そのまま部屋を出て、首すじに手をやった。
「っとに、これどうするかなあ……」
下手に絆創膏とか貼ってもかえって注目されそうだしな。
……もし聞かれたら虫刺されってことで押し切るしかないか。
*
たんっと障子が閉まる音がして、彼の足音が遠くなっていく。
「……っ!」
月草は耐えきれず、ずしゃあっと音がしそうな勢いで畳に倒れこんだ。
「絶対にわかってない……っ!」
照れた笑顔からのキスとか!
きゅんきゅんが止まらなくて息をするのすら苦しい。
「あれで無自覚なのとかひどい……」
小さな声でつぶやいてため息をついた。
彼は色付きが群衆を相手にするわけがないと思い込んでいるが、青の一族の恋愛至上主義を甘く見ている。
好きになったら、他の一族だろうが群衆だろうが関係なんてないのだ。
実際、もうすでに何人もに彼のことを聞かれている。
前にオレが離れたとたんに『どこの部署?』とあちこちで聞かれると彼が言っていたが、それは誘いをかけられているのだ。
彼は気づいていないようだったから片っ端から相手を特定して牽制したが、先日の完全誓言の儀でまた声をかけてくる人間が増えている。
あの時はまだピアスもつけていなかったから、フリーの人間だと思われていたのだろう。彼を紹介してほしいと言ってきた人間たちには丁重に説明をしてお帰りいただいた。
先ほど車の中で照れくさそうに好きだと言ってくれた彼には、悶絶レベルできゅんきゅんした。
こんな素敵な人、誰にも見せたくないし誰にも渡したくない。
だけど、彼は人と関わって信頼を築いたり交渉したり駆け引きしたりしているときが一番きらきらしている。仕事上でも人脈や情報は重要な武器になる。
……だから。揺れるピアスの下、一番目立つ首すじに痕を付けた。
これでまだ彼に言い寄るような人間は完全にケンカを売ってきている。
その時には、きっちり、丁寧に、お話を。
そこまで考えて、彼を一人で行かせてしまったことに気が付いた。
「……あ。一人で行かないでください!オレも手伝いますから」
障子を開いて、彼を追いかけて走り出す。
自分の魅力に無自覚な恋人は、気づかないうちに人を惹きつけてしまうから。
「そういうところも好きなんですけどね……」
誰にも聞こえないように小さな声でつぶやいて、彼を探す。
好きだけれど、好きだからこそ不安も心配も尽きないのだ。




