57.ずっと続けば
群衆男子視点
無事に完全誓言の儀と酒宴が終わった次の朝。
障子ごしの明るい光に目が覚めた。
スマホで時間を見れば、まだ六時前だ。
「……もうちょい寝れるか……」
布団を抱き込んで二度寝に入ろうとしたところで、とっとっとっと小気味いい月草の足音が近づいてきた。
寝なおすのはあきらめて、もそもそと体を起こす。
大きなあくびをしたところで、月草の影が障子ごしに見えた。
「……起きてますか?」
「起きてるよ……」
片手で後ろ頭をかきつつ返事をする。
すっと障子が開いて入ってきた月草は、こざっぱりしたシャツとズボン姿だった。眠気の一つ、目やにの一つもない。
「……おはよ。朝早いな……」
昨日遅かったんじゃないのか。こいつ意外と体力あるよなあ。
おれは月草が戻ってくるより早くに寝たのにまだ眠いぞ……。
気を抜くと閉じそうになるまぶたを押し上げて月草を見上げる。
「なんかあったか……?」
くあ……とまた大きなあくびが出る。
だめだ。まず目を覚まさないと話にならない。
「ちょっと顔洗ってくる……」
布団から出て、部屋の外にある洗面所に向かおうとしたら、月草の方から息をのむような音が聞こえた。
気にせず、月草が入ってきた障子を開けようとしたら腕をつかんで止められた。
「その格好で外に出るつもりですか」
「んあ?」
自分の格好を見れば、Tシャツとトランクスだ。
……あー……青柳家をトランクスでうろつくのはヤバいか。
部屋のすみに置いていた自分の荷物からカーゴパンツを取り出して履いて、洗面所に向かう。
冷たい水で顔を洗うと、やっと眠気がどこかへ行った。ついでに寝ぐせの付いた髪もざぶざぶ濡らしてタオルでふく。
「悪い。待たせたな」
「いえ……大丈夫です」
部屋に戻ったら月草が布団を片付けてくれていた。
「悪いな」
「いえ」
答えてくる月草の顔がちょっと赤い気がするのはなんだろう?
……熱でも出てるのか?
月草の額に手を当ててみたが、熱いってほどじゃない。体調が悪いわけじゃなさそうだな。
「あ、あ、あの」
「ん?熱はなさそうだけど、大丈夫か?」
「だっ……大丈夫です」
「そうか?」
さっきより赤みが増してる気がするんだけど。
……まあ、おれが注意して見てればいいか。
*
「んで?何かあったのか?」
改めて聞いたら、月草は正座したまま背筋を伸ばした。
「受け取ってもらいたいものがあるんです」
……なんだ?
真剣な声に、おれも月草の正面で正座する。
月草が片手で包めそうなくらいの小さな箱を取り出した。
青いベルベット生地の箱を月草が開けると、そこにはこの間見つけて一旦あきらめたはずの、月草の色をしたピアスがあった。
「なんでこれが……」
思わずつぶやくと、月草は眉を下げて笑った。
「あなたが見ていた店に行って店員に聞いたんです」
「あー……」
まあ、見られてたんだとは思ってたけど。
改めて意識すると、どうにも居心地悪いな。
「オレの色を身につけてくれようとしたんですね。嬉しいです」
とろけるような笑顔で言われて、うっと口ごもる。
絶対に欲しいとは思ったけど、実際に身につけるかどうかはあまり考えていなかった。
「……つけてもいいのか?」
「もちろんです」
月草はおれの左耳に軽く唇を落とした。
「あなたの耳に……これを付けてもいいですか?」
「ああ」
お前が望んでくれるなら。おれにとってこれ以上嬉しいことはない。
何者でもない誰かじゃなく、お前のものだって印をつけてくれるなら。
*
月草が、取り出したピアッサーでおれの耳たぶをはさむ。
「いきますよ」
ぱちんと耳元で音と衝撃が弾ける。一瞬痛みがあったが、予想していたほどじゃない。
「痛くありませんか?」
「大丈夫だ」
今は痛いというよりは耳たぶが熱い感じの方が強い。
軽く触ってみると、硬い感触がある。
「ピアッサーに最初から入っているピアスですよ。本来はこれで穴が固定されるまで置いておくんですけど」
耳たぶの後ろの方からピアスを押される。
「……うっ……あ」
ずる、と開いたばかりの穴をピアスの軸が滑る感覚に身震いする。
「動かないでくださいね」
痛いような気持ち悪いような今まで感じたことのない異様な感覚を、月草の服を握りしめてこらえる。
月草が聞こえないくらい小さな声で何かをつぶやいて、ゆっくりとピアスが抜けた。一息つく暇もなく、小さな箱から取り出した月草の色の石が付いたピアスを慎重に付けられる。
「……すみません。少しだけ出血してしまいましたね。術で止血していますからあまり触らないようにしてくださいね」
ぺろりと耳をなめられたのは、血をなめとられたのだろう。
とりあえず終わったことにほっとして、月草の肩に額をあずけて息をつく。
月草の手がいたわるように背中をなでてくれる。
しばらくして体を起こすと、月草がまぶしいような顔でこっちを見ていた。
「これならしっかり目立ちますね」
月草がそっとピアスに付いた石に触れる。
石が大きい分、動くたびにピアスが揺れるのがわかる。
「そうだな。おれがお前のだってわかりやすくていいな」
ゆらゆら揺れるピアスに心が浮き立つ。
「外さないでくださいね。離れているときにもあなたを守れるように、術を込めていますから。
もしもあなたに何かがあれば、必ず飛んでいきます」
……この気持ちを、どうすれば伝えられるだろうか。
「術までかけてくれたのか。……ありがとな」
こんな言葉じゃ伝えきれない。
月草の頭を抱き寄せて、まぶたにキスをした。
月草はくすぐったそうに身をすくめて幸せそうに笑う。
……ああ。こんな時間がずっと続いたらいいのにな。
「どうかお互いおじいさんになるまでずっと一緒にいてくださいね」
きっとおれと同じことを思った月草の言葉に、がつんと後頭部を殴られたような気分になった。
「……ああ。そうだな」
……そうなれたら、いいのにな。
ごめんな月草。
おれはお前と一緒におじいさんにはなれないんだ。
こんなの、ずっと隠せることじゃない。
いつかは言わないといけないのはわかってる。
だけど、今だけは。
泣きそうなときみたいに鼻の奥がつんとしたけど、おれは笑った。
「ありがとな」
おれは今、うまく笑えているだろうか?
……うまく笑えているといい。




