46.信用の基準
月草視点
生徒会での仕事が終わった後で青柳の部屋に向かう。
ひとつだけ、どうしても確認しておきたいことがあるからだ。
「次代。彼女に使役獣との契約をさせると言ってますけど、それは他の群衆でも可能なんですか?」
もしもできるのなら彼にも使役獣との契約を、たとえ術は使えなくても身体強化の加護だけでも与えることはできないだろうか。
「それは無理」
あっさりと首を振られる。
「……それは、オレでは魔力が足りないということですか」
次代は彼女の使役獣に与える魔力を肩代わりするつもりだろう。そのためにかなりの負担があるのは簡単に想像できる。
「それもあるけど。たとえば俺でもペンケースの群衆を使役獣と契約させるのはできないよ。俺と、彼女だから可能なんだ」
断言に、ひそかに息をつく。
青柳がここまで言うのなら本当に無理なのだろう。
「次代でも無理なんですね」
「そうだよ。……彼女は、大丈夫。
もう、あんな目には合わせないから」
かみしめるように言うその様子に、青柳にも容易なことではないのだとわかる。
……本当は、招待状を出した今でも不安はある。
けれど、彼の言う通り、青柳は変わった。
いつも後ろにいるから気づかなかった。
もう、何もかもどうでもいいと畳の上に転がっていた頃の青柳ではない。
この人は変わった。
きっと、大丈夫だ。
*
「今日の分の仕事です」
手渡せば青柳はすんなりと受け取る。彼が青柳に仕事を投げるようになってから、気まぐれに投げ出すこともない。
これも変わったところだ。
「彼はどんな言葉で動かしたんですかね」
思わずつぶやくと、青柳は首をかしげた。
「俺のこと見てる人間の言葉は聞くよ。当たり前でしょ」
不思議そうにこっちを見てくる青柳をまじまじと見返してしまう。
……どういうことだろうか?
青柳の言っている意味がつかめずにしばらく無言で見つめ合っていると、不意に青柳が口を開いた。
「あれ?珍しいね。『俺』に何か用なの、月草」
何か用もなにも。
「ずっと話をしてるじゃないですか。……というかオレの名前、覚えてたんですね」
今まで一度も呼ばれたことがなかったから、個人として認識すらされていないのかと思っていた。
「従者の名前くらい覚えてるよ。彼女も呼んでたし」
彼女の影響だとしても驚きだ。
「オレになんて一片の興味もないのかと」
思わずつぶやくと、青柳は首をかしげた。
「興味がないのは月草のほうでしょ?」
「……どういうことですか?」
「『青柳の跡継ぎ』や『次代』に用がある人間は多いけど、みんな目が合わないんだよね。一瞬こっちを見ることがあってもすぐに離れる。
月草も『俺自身』に興味はないでしょ」
当たり前のように言われて、頭を殴られたような衝撃があった。
きちんと見ていれば気づく変化。
彼は気づいて、オレは気づかなかった。
彼よりずっと、長い間青柳のそばにいるのに。
「『俺自身』を見てる人間は、向かい合ってちゃんと目が合うんだよ」
……向かい合って話すなんて、危険すぎて従者になって一日目でやめたことだ。
定位置は青柳の三歩半後ろ。
正面から会話をすることももちろんあるが……。
「目を……合わせていませんでしたか」
「月草がそう思うならそうなんじゃない?」
愕然とする。
青柳は誰といてもずっと一人だと思っていた。
誰も見ず、誰とも交わらない怪物。
けれど青柳を一人にしていたのは、もしかしたらオレたちの方だったのではないだろうか。
「……ああそうだ。いい機会だし言っておこうかな。
いつもありがとう。月草のおかげで助かってる」
「……!」
どうしてここでそんな言葉が出るのか。
「この間、ペンケースの群衆に怒られたんだよね。なんでも月草がするのが当たり前だって思うなって。
彼女もありがとうとごめんなさいは大事だって言ってたし。
大事なことなら目も合わない状態で言うのはどうかなって思ってたけど、今なら月草こっち見てるし」
言葉も出ない。
青柳と向かい合った相手の言葉は、青柳に届いている。
オレの言うことを青柳が聞かないのは、オレが青柳を見ていなかったから、なのだろうか。
「月草はじじいの命令で俺のこと監視してるんでしょ?」
それはその通りだ。その通りなのだが。
「オレは……命令のためだけに次代のそばにいたわけじゃないですよ」
「うん。なんかそうみたいだね。じゃあこれからよろしくね」
あっさり言われて混乱する。
オレはこれまで、先代の命令があるから付き従っていると思われていたのか。
それにも驚くが、目が合うことが信用の基準というのも大丈夫なのだろうか。目が合う人間を無条件に信用していたら危険だ。
……けれど。実際に今まで何一つ問題は起こっていない。
青柳と目を合わせてきた人間が、それほどまでにいないということなのか。
「それで?何の用なの?」
「……いえ。明日は遅れないようにしてくださいね」
もしかしたら一番変わらなければならないのは、オレなのかもしれない。




