42.自販機(本編24の裏側)
群衆男子視点
この間から上司部下という関係のほかに恋人という関係が加わったわけだが、だからといって日々やることは変わらない。
今日も今日で会議室で仕事中だ。
「今日は本当に参りました……」
「どうした?」
聞き返せば月草はぐったりした顔のまま話し始める。
「昨日少し、次代と彼女の様子がおかしかったので話をしてきたんです。そこで次代の完全誓言なんて信じられないと言われてしまいまして。……完全に次代の自業自得とはいえ、一切フォローができなかったんですよ」
従者としては失格ですと月草が言う。
「その上、群衆なんて色付きにとっては自販機と同じだなんて言われまして。それにもうまい切り返しができず……」
「なんで自販機?」
「たしか……あれば便利、なければ不便。わさわざ壊そうとは思わないけれど、壊れてもいつの間にかそこにある。特定の自販機でないと嫌だという人はいない……でしたか」
「ああなるほどな。あいつうまいこと言うな」
なんで自販機なんて単語が出てくるのかと思ったが、意外と的を射ている。
「そんなことオレは思っていませんよ」
「だけど実際そんなもんだろ。おれらは替えのきく存在だからな」
「違います!オレはあなたのことを替えがきくなんて思ったことはありません!」
叫ぶように言われて、失言に気が付いた。
「……そうだったな。悪い。お前にとってはそうだよな」
「そうですよ。替えがきくなんて言わないでください」
お願いしますと言われて、落ち着かない気分になる。
「ん。気をつける」
自分が月草にとって替わりのない、唯一に選ばれたんだと思うと、どうにも胸の中がむずがゆい。
……それにしても、月草はおれの何を見て好きだとか言いだしたんだろうな。
なんとなく気になって聞いてみたら、月草は驚いたように目を見開いた。
「言っていませんでしたか」
「聞いてないな。そもそもおれら群衆と色付きだぞ?好きになられる覚えもないしなあ」
こっちが好きになるのはわかるけど、月草みたいなやつがわざわざ群衆を選ぶ理由がわからない。
「あなたみたいに頼りがいがあって格好いい人、好きにならないわけがないでしょう。
困っていた時に颯爽と駆けつけて助けてくれたあの日から、オレはあなたしか見えていません」
月草はわざわざおれのそばまでやってきて、目線を合わせるように床に片ひざをついた。
そのままおれの片手を両手で包み込んで熱っぽく語る。
「ちょっ、ちょっと待て。あんなん誰だって……」
「あなただからです。あなたでなければこれほど好きになることはありません」
「……っ!」
「そんな表情初めて見ました。……オレしか知らないあなたの顔ですね」
月草が嬉しそうに笑う。
「どんな顔か知らねえけど見んなよ。おら、これが青柳担当分な」
ぐいっと月草の肩を押し返して、青柳用に分けた書類の束を渡す。
あの日青柳に放り投げた仕事は次の朝には問題なく終わっていた。
『暇な時ならやってもいいけど』と本人が言ったから、あれ以来青柳がやった方がよさそうな案件は早々に投げることにしている。今のところは気が変わることも放り出すこともなく仕事をしてるから、かなり効率が良くなった。
この分なら月草も休憩時間中くらいは仕事をせずに休めそうだ。
*
「それにしても、何とかなりませんかねあのお二人は」
「何がだ?」
「次代は初手プロポーズしてますし、妻紅の影響で恋愛を気持ち悪いものとして認識してますから『好き』や『愛してる』なんていう言葉も出てこないんですよね。彼女は彼女で次代の気持ちにはおそらく気づいているのになかったことにしようとしてますし。……せめてあの完全誓言がなければ少しは状況も変わるんでしょうけど」
「殺さないし殺させないってやつか?つっても触ろうとしただけで誓言のペナルティーが働いてんだから、完全誓言がなきゃ今頃あいつ死んでるんじゃねえの?」
「……それが違うんですよ。次代は確かに力は強いですが、意識しさえすれば力を制御できるんです。
あんなに注意して、気を使って、それでも誓言のペナルティーが発動するなんておかしいんです。次代自身も気づいているようですが、何者かが誓言を書き換えたとしか思えません。
ですが、そんなことをできる力がある者に心当たりも、ましてなぜ次代の誓言に手出しをしてきたのかの理由も全くわからないんです」
今まで調べてきましたが、それらしい能力を持つ人間も見つけられていないんですよ、と月草が悔しそうに言う。
……だけど多分それって、あれだよな。
「多分おれ知ってるぜ」
「は?」
「図書室にヤバいやつがいるんだよ。あいつが誓言受けた後に一人でふらふらしてたから図書室に連れてったんだけど、誓言に何かしたとしたらその時だろ」
「ヤバいやつってなんですそれ」
「知らねえの?白と黒の髪したヤバい気配の司書?先生?……なんかそういうの」
「知りません……。そもそも図書室なんて行く機会もありませんし。そもそも黒と白の髪って何ですか。ありえませんよ。そんなもの昔話で語られる異人ですよ?」
「そもそもその異人って何なんだよ」
「知らないんですか?この世界の誕生とともに生まれたと言われる不老不死の存在ですよ。見つけたら幸運が訪れるとも願いをかなえてくれるとも言われています。……まあ、実際に見た人はいませんし、お話の中だけの存在ですけどね。
その異人が黒と白の髪をしてるんです。現実では突然変異しても黒しか生まれませんし、相反する色を持つ人間なんてありえないんですよ」
実在すると思っているのなんて幼い子供くらいですよと月草は話を締めくくった。
「明日にでも行ってみるか?正直おれは関わりたくないけど」
……いないっつっても実際いるしな。
だけどこの感じだったら実物見るまで信じないだろう。
「え?ええいいですよ。昼休みにでも行ってみましょう」
全然信じてないな。だけどまあ、付き合う意思はあるらしい。
「じゃあまた明日な」
「はい。また明日」
いつも通り話して、それぞれの寮に帰る。
この時のおれたちは、まさか明日あんなことが起こるなんて思ってもいなかった。




