39.指揮
月草・緑川・群衆男子視点
常に目の奥が痛んでいるような疲労を感じながら、いつも通り生徒会室の自分の席で会計の書類を作成する。
……ここ数日、彼の姿を見ていない。今までどれだけ逃げても追いかけてきていたのに。
本格的に愛想を尽かされてしまったのかもしれない。考えると、自分で始めたことのはずなのにじくじくと胸の奥が痛む。
自分で自分が制御できない。
本当に……嫌になる。
ひそかにためいきをついていると、ふと時計を見て青柳が言った。
「もう五時だね。ここからは俺が引き継ぐから帰りなよ」
今まで言われたこともない言葉をかけられて、一瞬思考が停止した。
その間にさっさと会計の書類を持っていかれて、扉まで背中を押されて歩かされる。
「は?……え?」
青柳が自分から他の仕事を手伝うなんてありえない。何が起こっているのかと混乱しているうちに生徒会室から廊下に出されてしまった。
「……ああそうだ。伝言忘れるところだった。『今日こそ捕まえてやるから覚悟しろ』だって」
言葉とともにぱたんと扉が閉じて、中から鍵をかける音がする。
「えぇ……?」
どういうことかわからずに呆然としていると、キューンという高い音とともに、手のひらに乗りそうなくらい小さなラジコンが目の前に飛んできた。
……どうしてこんなものが校内に?
思っていると、目の高さでホバリングしているラジコンの赤色のライトが突然チカチカと点滅し始めた。
同時にバタバタと大人数の足音が迫ってくる。
「目標生徒会室前!逃がすな!」
「え?えっ?」
何が起こっているのかもわからないまま、思わず逃げ出した。
*
「あいつ突発的な事態にはわりと弱いからな。冷静にさせないようにひっかき回せ。調子に乗って近づきすぎんなよ」
インカムで指示を飛ばす男子に複数の返事がかえってくる。
黒曜と鷹目は目の前に置かれたモニターの映像を見ながら手元のコントローラーをそれぞれ操作している。
その様子を見ながら、柚葉のいれた紅茶を一口飲んだ。
「ラジコンにカメラを付けたんだね。無線で映像を飛ばせば状況を見ながら遠隔操作が可能。……単純な発想だけど画期的だね」
「測量なんかにもよさそうですね」
「そうだね。今まで飛翔系の能力がある人間にしかできなかった事が他の者にもできるなら、仕事の幅が広がるね。……誰の発想だい?」
「鷹目さんと黒曜さんの発案で、実際に作り上げたのは彼女です」
「彼女というのは?」
翡翠に問いかけたのとほぼ同時に、コントローラーを操作していた鷹目が舌打ちをした。
「あ!ごめん引っ掛けた」
「整備士、二号機が落ちた」
『整備士って言うな!発明家だって!』
男子が言えば、インカムから元気な女子の声が返ってくる。
『こっちは準備おっけーよ。翡翠、同期は?』
「いけます。三、二、一……」
「回復っと。……ここからだったら右から回り込む方がいいかなー」
「無理はしなくていい。ある程度距離を取って追いかけろ」
「りょーかい」
「落ちた機体は手の空いたやつが回収して中庭に持ってけ」
『了解!』
「……整備士とか発明家というのはなんだい?」
「作戦中は名前がないと不便なことが多いので、ここだけの通称です。普段は使いません。……恥ずかしいので」
「ちなみにきみは何て呼ばれているの?」
「オペレーターです……。今話した彼女が機体を作りました。
……ちなみに彼女はもう町工場に就職が決まっています」
「職人系だね。あとでそこの場所教えて。顔を繋いでおきたい」
「わかりました」
小型カメラを積んだうえで黒曜のアクロバット飛行にも耐えられる安定性をあの小さな機体で成立させているのだからかなりの腕だ。彼女一人の力なのか、町工場の人間も関わっているのかはわからないが、知っておいて損はない。
『目標、一階まで到着!屋外に出ます』
『圧をかけて裏庭側に誘導するぞ!人数回せ!』
『了解!』
スクリーンの赤い光点が、黒曜の操作するラジコンの緑の光点を追い立てるように動いていく。
「落とされた。操作者変更」
「鷹目さんの機体から操作者変更します」
「変更確認」
鷹目の操作していた機体を黒曜が引き継いで月草を再び追いかける。
「整備士!もう一台」
『発明家!準備できてるよ』
「繋げます」
「できるだけ近くで待機するようにするねー」
「巻き込まれないように高度取って」
「りょーかい」
「月草も対応してきたな。行けるか?」
「問題ない」
*
いったい何が起きているのかわからない。
小さなラジコンと大人数の気配に追い立てられるように外に出れば、大量の群衆がオレを追いかけてくる。
どうしてこんなことになっているのか、落ち着いて考えようにも顔のすぐ近くをまとわりつくように飛び回るラジコンに思考を散らされる。
振り払おうとしても、ひらりひらりとかわされる。
まるでこちらの動きが見えているようだ。
ラジコンの進路を阻むように壁を作れば、衝突した機体はあっけなく地面に転がった。耐久性は高くないようだ。
これで落ち着けるかと思ったら、群衆たちの足音と声が迫ってくる。
とにかく人のいないほうに走っていると、またラジコンの羽音が近づいてきた。
また張り付かれる前に、手近な植え込みの隙間に身を隠して目眩ましをかける。
これでしばらくは時間がかせげる。
「な……なんでこんなことに……」
息を整えながらあたりを見回す。
何かを話しながら近づいてくる群衆たち。
その足取りは迷いなく、何かに導かれているようにこちらを目指してくる。
顔の見えない群衆たちが、ただただ怖い。
思わず頼りになる相手の顔を思い浮かべてしまって、あわてて振り払う。
自分で避けているのに助けを求めてどうする。
とにかくこの状況を切り抜けないといけない。
*
「対象消失」
「どのあたりだ」
「木のかげで見えなくなった後から消えた。十時方向」
「目眩ましをかけたな。偵察隊!C-3地点」
『……虎目隊現着しましたっ!』
『誰が虎目隊だ調子に乗んな!』
『部下扱いしてんじゃねえぞ!』
『うわ!やめろって。偵察隊よりカッコいいだろ?』
「いっぺんにしゃべんなよ。その辺で月草が隠れてるはずだ。そこらなら植え込みか石のかげあたりだな。よく見ると境界線がゆがんで見えるから確認しろ。近づきすぎんなよ」
『了解!』
しばらく静かな時間が流れる。
報告待ちの間に、スクリーンから目をはなさずに緑川先輩に言う。
「虎目は仲間がいた方がスペック上がるんすよ。あいつは一人でも大概のことはこなすんで、一応あいつだけ紹介しましたけど。さっき言ってた行動制御するんならあいつらも一緒にどうですか?お買い得っすよ?」
「どれくらいのことができるんだい?」
「そうっすね……実際にあったやつなら、ピンク女が教室に来る時間と緑川先輩が来るタイミングを合わせたのは虎目たちっすね。あとはいつもと同じ時間に出たはずなのになぜか遅刻する、とかもできますよ」
「いつの間に制御されてるのかさえ分からないのが怖いね」
「それが群衆の強みなんで」
おれは緑川先輩に向けてにやりと笑った。
*
『見つけた!』
インカムからの声に、のんびりしていた空気が変わる。
「どこだ」
『さるすべりの木の近くの植え込みの隙間』
「黒曜」
「了解」
黒曜がラジコンを近くで飛び回らせるが、反応がない。
「整備士。マイク付きの一台回せ。……引っ張り出してやる」
『発明家!近くまで行くだけでいい?』
「充分だ」
しばらくすると、黒曜の機体のカメラにもう一台の機体が映った。
『準備できたよ!』
翡翠の差し出すマイクに向かってしゃべりかける。
「よお月草。鬼ごっこは終わりか?かくれんぼするならおれが捕まえに行ってやるぜ?」
「……っ!」
しゃべり終わる前に月草が隠れていた場所から飛び出した。
「頭の上抜かれるぞ。気を付けろ!」
『うっわ!何あれカッケー!』
鷹目の機体のカメラに空中を駆ける月草が映る。
「あいつすげえだろ。格好いいよなあ」
ほれぼれした声と笑顔で言って、指示を出す。
「そう長くは足場がもたないはずだから、降下地点潰してこっちに誘導しろ」
『了解!』
スクリーンの光点はかなり最終地点の近くまで近づいてきている。
「そろそろ大詰めだな」
インカムを外そうとするのを緑川先輩が止めた。
「指示できないと困るでしょう?」
「失敗したら壊れるんで。さすがに弁償はキツいっす」
「失敗する気なんてないでしょう?」
「そりゃまあ。相手は月草なんで大丈夫ですけど。
……じゃあ、行ってくるんで」
「気をつけてくださいね……」
「おう。状況に変化があったら報告な」
「了解です」
*
「僕は月草がかわいそうになってきたよ」
思わずつぶやくと、翡翠が小さく笑った。
「……彼の指揮は楽しいでしょう?」
「確かにね。彼の運用は参考になるよ。みんな僕の指示に従っている時よりパフォーマンスがいいし楽しそうだ」
これは確実に彼個人の資質の問題だろう。五十人以上の人間をそれぞれ自発的に動かしながらまとめるのは、相応の技量がなければできることではない。
「……これからそれぞれ別々になって、こんなふうにみんなで集まるのは何度もないでしょうから」
だからみんな張り切っているんですと翡翠は言う。
「彼の一番の能力は指揮だろうに。つくづく惜しいね」
色付きの下での書類整理なんて、能力の無駄遣いだ。
「うちに来ればすぐにでも指揮権を与えるのに」
心から言えば、翡翠はくすりと笑った。
「……もしも。彼が色付きを指揮するようになれば……楽しそうだと思いませんか?」
反射的にそんなことはありえないと言いかけて、口をつぐむ。
「……そういう可能性も……無くもはないんだね」
月草の片腕であれば、指揮をする機会もあるだろう。なにしろ次期青柳家当主の従者だ。
しかも青柳は従者に全権を委任しているとも言われている。
……地位からすれば不可能なことではない。
「青柳様と彼女とは別に、彼はわたしたちのヒーローなんですよ」
夢物語のような話だ。
群衆が色付きを指揮するなんて。
「……だけど。心躍る想像ではあるね」
「そうでしょう?」
翡翠はひそやかに笑った。
*
教室から出て廊下の窓から身を乗り出せば、すぐ近くに月草の姿が見えた。
「月草ァ!」
声が届くように力の限り叫んで、窓枠に足をかける。
ぎくりと見上げる動きで月草がこっちに気づいたのがわかる。
月草がまた逃げ出す前に、三階の廊下から思いっきり窓枠を蹴って空中に飛び出した。
*
何の躊躇もなく、ひらりと窓枠を越えて飛び出した彼に全身から血の気が引いた。
ほとんど無意識に空中に足場を作って、障害物も何もかも飛び越して彼に向かって手を伸ばす。
もう、落ちていく彼しか見えない。
少しでも衝撃が少なくなるように薄い壁を何枚も重ねて空中にクッションを作る。
オレにしか聞こえない破砕音を響かせながら彼が落ちてくる。
どすん、と衝撃とともに腕のなかに彼が落ちてきてほっとした。
落とさないように膝裏と背中を支えて抱きしめて、地面に降りようとしたところで足の下に水が広がっているのに気が付いた。
「池……?」
「貯水池だよ。さすがに何にもないとこに落ちたら死ぬからな」
腕の中から声がして、彼が自分で飛び降りた事実に改めてぞっとする。
「何考えてるんですか!」
思わず怒鳴りつけると、彼は満足そうに笑った。
「対象確保」
「え?」
「逃げたらもう一回三階から飛ぶからな。それが嫌ならしっかり捕まえてろよ」
なんて脅し文句……。
「作戦終了だ。片付けは任せる。インカムは数管理して確実に戻せよ」
頭に付けたヘッドセットのマイクに向かって指示をして、彼はふうっと息をついてオレを見上げた。
「とりあえず地面に降りねえ?」
もう、逆らう気力もなく四角い池の範囲から出て地面に降り立つ。
「お前、おれが群衆だってわかってて好きだって言ってるんだな?」
「はい。群衆でも、あなたのことが好きなんです」
今まで形にできなかった心からの言葉が、するりと口から出ていった。
驚くことの連続で、感情がどこか麻痺していたのかもしれない。
彼は一度目を閉じて息を吐いて、オレの目をまっすぐに見上げてきた。
「わかった。腹括ってお前のこと公私ともに支えてやるよ」
「え……そばにいてくれるんですか」
「おれが死ぬまではな」
「絶対に死なせませんから!」
「……ああ。そうだな」
彼は小さく笑った。




