37.ありふれた好意
月草・群衆男子視点
放課後。今日の分の書類を持って会議室に行くと、彼が困ったような、どこかが痛むような顔で立っていた。
「どうかしましたか?」
体調でも悪いのかと一歩を踏み出したところで、
「確認したいんだけどさ、お前おれのこと好きなの?」
不意に聞かれて頭の中が真っ白になった。
「え……」
否定しなければいけないと思うのに、声が出ない。
彼の目に否定的な感情が見えるのが怖くて、とっさに目をそらした。
……知られてしまった。
それだけが頭の中をぐるぐると回る。
だめだ。
完全に対象外の人間から恋愛感情を向けられたって、不快でしかないだろう。上司と部下でいるために、自分の想いは潰すと決めたはずだ。
笑って、『そうですね。人間として、部下として好きですよ』と言えばまだ間に合うはずだ。
彼を好きなのは嘘じゃない。
どこにでもあるありふれた好意だと、ごまかさないといけないのに声が出ない。
「月草。……悪い。おれ、」
……気がつけば全力で逃げ出していた。
普通の顔で上司部下でいる覚悟はしたけれど、どうやら自分はふられる覚悟はできていなかったらしい。
*
あれから彼の姿を見るたびに逃げ出してしまっている。
唯一、一緒にいられるはずの仕事すら自分で放棄している。
自分でももはや何をやっているのかわからない。
決定的な答えを聞きたくなくて、今日も追いかけてくる彼を振り切って逃げる。
植え込みのかげに隠れて目眩ましの術をかけた。
彼はオレを見失ってきょろきょろとあたりを見回している。
……もう少ししたら寮に戻ろう。色付きの寮に群衆は入れない。
今日も青柳の応接室を借りて、朝まで仕事をしよう。
仕事をしているときだけは他の事を考えなくて済む。
時々気絶するように床に倒れているけれど、それくらいの方がありがたい。どうせ眠ろうと思ったって眠れない。
立ち止まったままあちこちを見ていた彼が不意にこちらを向いた。
まっすぐに見つめられて、気づかれているはずもないのに緊張する。
「見つけた」
彼が一直線にこちらに向かってきてあわてる。
逃げようにも後ろは校舎の壁だ。とっさに空中に防壁で足場を作って彼の上を飛び越える。
……ああもう本当に。オレは何をやっているんだろうか。
*
たん、たん、たんっと見えない足場を踏んで空中を駆けていく月草を見上げて、おれは決めた。
スマホを取り出して電話をかける。
「あのさ、個人的な頼み事なんだけど力貸してくれねえ?」
おれひとりで月草を捕まえるのは無理だ。
「……群衆なめんなよ」




