35.それぞれの
群衆男子・月草視点
どうも最近あいつの様子がおかしい。
青柳の方を見ながらため息をついてみたり、青柳に気を許した様子を見せたと思うと急に距離を取ろうとしてみたり。
そうかと思うと、完全誓言の解除の仕方なんてものを必死こいて探していたりする。
はたから見ると青柳のことが気になってるのが丸わかりなんだけどな。
本人は隠そうと必死らしい。
まあ、群衆と色付きなんてまるっきり別の生き物だからな。
やめときゃいいのにとは思うけど、こんなのは言ったって仕方がないだろう。
それより今は月草の仕事だ。
青柳家の仕事にはまだ手が出せないけど、せめて学園内で青柳がやらかすことの尻拭いくらいはおれが対処できるようにしておきたい。
何かあってもできるだけ被害が少なくなるように、できるだけ先に準備をしておく。仕事が発生しなきゃそれが一番だからな。
……不思議なことに、ここ最近ピンク頭を見かけない。
色付きの女子寮で何か騒ぎがあったらしいが、詳しい情報がつかめない。月草も探っているらしいが、うまくいってないようだ。
「色付きの女子が今後の課題だよなあ……」
女子には独特のコミュニティーがあって、これが強固で厄介だ。
女子同士にしか話さない情報っていうのがけっこうある。
……群衆の女子なら情報聞き出すのもわりと楽なんだけどな。
色付きとなると、そもそも群衆相手には話さえしないっていう人間も多い。
月草も仕事の話なら問題ないが、普段の女子の輪に入っていくのは苦手らしい。
「とりあえずなんかあったときの備えだけは続けて、後は情報収集しかないか」
方針だけ決めて次の仕事に取り掛かる。
月草が生徒会からこっちに来るまでの間に、仕事の大体のめどだけでもつけておきたい。
月草は、おれには常識的な仕事時間と休憩を絶対に確保すると言ってるくせに自分は二十四時間年中無休とか言っている。
今までそれでやってきたんだろうし、なんとかなってきたんだろうけど月草にだって常識的な仕事時間と休憩を確保してやりたい。
……青柳がもうちょい落ち着いてくれりゃなあ。
完全誓言をしてからこっち、青柳の意識はほとんどあいつに向いてるし、面白いくらいあいつに対して下手に出ている。
この間なんて、あいつにため口で話すように命令したくせに、勝手に苛々して勝手に反省してヘコんでいた。
……何やってんだか。
前は青柳が群衆に恋愛感情なんてあるわけないだろと思ってたけど、案外月草の言うことも間違いじゃないのかもしれない。
ただ、そのせいでいつもの食堂のテラス席を他のやつが使わないように周知したり、青柳とあいつがしゃべってる時はさりげなく人払いしたりこんなことまでやるのかよっていうこまごました仕事が地味に多い。
月草は恋愛話が好きで、よく他人の恋愛を見ては「きゅんきゅんします」とか言っている。
だからなのか、青柳の恋愛関係に関する仕事は喜々としてやっている。
おれはそこまで他人の恋愛を楽しめる方じゃないから、恋愛は好きにやればいいけど青柳はもうちょっと仕事しろよと思うだけだ。
*
「ただいま戻りました」
「おう。お疲れ」
月草が戻ってきたから進めていた仕事のチェックをしてもらって、わからないところを質問する。
その合間に教室での今日の青柳とあいつの様子を聞かれたから、青柳があいつに数学を教えてた話をしたら月草が目を輝かせて喜んだ。
……本っ当にこいつ恋愛話好きだなあ。
「そういやお前って好きなやつとかいねえの?」
こんだけ恋愛話が好きなくせに、月草自身の話は聞いたことがない。
ふと気になって聞いてみたら、なぜか月草はピシリと固まった。
……ん?なんかマズかったか?ああ、そりゃそうか。これだけ仕事があったら恋愛してる暇なんかないよな。
「悪い。そんな暇ないよな。おれがもうちょっと使い物になるようになったら、お前が恋人とデートできる時間くらいは作ってやるよ。お前が好きになるやつってどんなんだろうな?」
やっぱ仕事できるやつかな。つってもこいつ仕事命だからな。恋人できてもほったらかしそうだな。いっそ同じ職場ならいいんじゃね?
……でもそうなると月草の恋人と三人体制になるわけか。確実におれが邪魔者だな。外回りは二人で行ってもらっておれは書類片付ける方向でいくのが無難かな。
「……あなたは。あなたはどうなんですか」
月草に恋人ができた場合のことを考えていると、月草がこっちに向かって聞いてきた。
「おれ?おれはまあ、学園卒業して落ち着いてからかな。学園にいる間は群衆はどうしても死にやすいからな。
……そういや青柳家って、恋愛自由って言ってたけど外の人間と恋愛するのは問題ないのか?情報の漏洩が気になるとかそういうのあるなら気をつけるけど」
「外の人間と恋人になる事例も多いですから問題はありません。あなたは相手を群衆しか考えていないようですけど、色付きはどうなんですか」
……青柳んとこみたいにか?
「ありえねえな。お前には悪いけどおれは色付きは色付き、群衆は群衆でくっつくのが一番だと思ってるからな。お前がそういうの好きなのはわかってるけど、おれには期待すんなよ」
言ったら、月草は目に見えて落ち込んだ。
そんなにおれの恋愛に期待されてもなあ。
「こんだけいろんなやつがいるんだから他のやつら見た方がいいと思うぞ」
「……そう、ですか」
月草は落ち込んだ顔のまま書類をかき集め始めた。
「どうした?」
「すみません用事を思い出しました。書類ありがとうございます。後はこちらで処理しますので」
早口で言って、そのまま書類を抱えて出て行く。
……なんだ?恋愛話は地雷だったか?
*
とにかくひとりになりたくて、書類を抱えたまま青柳の部屋に駆け込んだ。
扉を閉めて、そのまま背中を扉に預けたままずるずると座り込む。
書類が胸元でくしゃりとつぶれる音がする。
「何してるの?」
「……なんでいるんですかあんた」
「ここ俺の部屋なんだけど」
普段は奥の部屋にいるくせに、どうしてこんな時だけ応接室にいるのか。
「対象外宣告を受けて告白もできずに逃げ出してきた臆病者ですよ。
笑うなら笑えばいいでしょう」
投げやりに言えば、青柳は首をかしげた。
「べつに面白くもないから笑わないけど。気になるなら今からでも告白してくれば?」
「誰も彼もがあんたみたいに自分に好意ひとつもない相手に初手プロポーズできるほど精神力があると思わないで下さい」
「……完全誓言したってペンケースの群衆相手にしてる時みたいには話してくれないけどね」
「そりゃ、あの人ほど格好よくて頼りがいのある人はいませんからね」
「……苛々するなあ」
口の端を曲げる青柳をにらみつける。
「あの人の髪の毛ひとすじでも傷つけたら、殺しますよ」
「殺せないんじゃなかったの?」
「刺し違える覚悟でなら、やりようもあります」
血管の中に直接壁を作って脳と心臓への血液を遮断してやれば、いくら青柳でも死ぬだろう。
……まあ、殺し切る前に青柳の使役獣に食い殺されるだろうが。
「残念。もう少し前なら殺されてあげてもよかったのに。今はちょっと楽しいから死にたくないな」
「……良かったですね」
「で?何しに来たの?」
「仕事したいので応接室貸してください。自室では同室の人の邪魔になるので」
「電話とかうるさいのなしならべつにいいけど」
「……オレに許された関係は上司部下だけですからね。せめて頼れる上司でないと」
「ああそう」
青柳は興味なさそうにつぶやいて奥の部屋に消えていく。
今は青柳の無関心さがありがたい。
少し落ち着いたら寮監に今日は部屋に帰らない旨を伝えなければ。
……明日は、普通の顔でいられるようにしなければ。




