33.恋愛感情(本編21あたり)
群衆男子視点
青柳本家から戻ってきたその足で、なぜかおれは月草に連れられて色付きの寮に来ている。
……やっぱり群衆の寮とは設備が違うな。談話室にあるテレビもでかいし、そこらにあるソファも高級品っぽい。
ネームプレートが二つ並んだ二人部屋の区画を横目に階段で三階まで上がると、部屋の扉の質が明らかに上がった。扉と扉の間隔も広い。
インターホンもあるが、使わずに月草はそのままドアノブを回した。
「次代、紹介したい人がいるので出てきてください」
月草が奥の扉に向かって呼びかけると、軽く寝ぐせのついた頭で青柳が出てきた。
……この時間から寝てんのかよ。まだ八時過ぎだぞ。
青柳はこっちをちらっと見ると、応接セットのソファに座った。
動きが寝起きって感じじゃないから、奥の部屋で寝転がってただけなのかもしれないな。
「……何?」
「オレの部下です。正式に先代への挨拶も終わっていますから、手を出さないでくださいよ」
群衆を紹介したって青柳には見分けなんかつかないだろうに、律儀なやつだ。
「彼は教室であんたの二つ隣の席にいる群衆ですからね」
「知ってる。ペンケース投げた群衆でしょ。彼女ともよく話してるよね」
……あれ?おれ見分けられてねえか?
「ペンケースって何ですか?オレの目の届かないところでまた無茶したんですか」
「いや、あいつが危なかったからとっさに投げただけだし。そんな無茶なことはしてねえよ」
実際死んでないしな。
大したことないのに、月草は不安げな顔でおれを見た後、青柳に向き直った。
「絶対に、殺したり傷つけたりしないでくださいよ」
「わかってるよ。それよりそこの群衆に聞きたいことがあるんだけど」
「んあ?何?」
まさか青柳が話しかけてくると思ってなかったから気ぃ抜いてた。
つーか、一応主になるわけだし敬語のほうがいいのか?
「なんで彼女とあんなふうに気楽に話せるの?もしかして彼女と恋人だったりするの」
真剣に殺気を飛ばしながら聞いてくる。
……アホらしい。敬語を使う気も失せた。
「気楽なのは群衆同士だからだろ。あいつとおれの間に恋愛感情なんてこれっぽっちもないぞ」
こいつの目はどんだけ節穴だ。
「そう?ならいいけど……あれ?何がいいんだろ?」
青柳は自分で言った言葉に首をかしげる。
「でも……気楽な感じで話せるのはいいよね」
勝手に納得して、おれへの興味はなくなったらしい。
「本当に……無茶なことはしないでくださいよ」
小さな声で月草が言う。
……ん?なんかおれの前に壁っぽいのがある気がするな。
「もしかして守ってくれてたか?」
「答え次第では危険でしたから。……まあ、あの様子ならもう大丈夫だとは思いますが」
「つーかおれ、青柳に見分けられてねえ?」
「見分けてますね。おそらくあなたが彼女の近くにいることが多いので、見分けられるようになったんだと思います」
「あいかわらずあいつ中心だな」
「あれでまだ自覚してないんですから困りますよ」
「自覚しても困るんじゃねえの?」
「何がです?」
「いや、何でもねえよ。とりあえずもう寮に帰ってもいいか?」
「え?ええそうですね。遅くまですみません」
「別に構わねえよ。じゃ、また明日な」
「はい。また明日」
さて、明日からにそなえてやれることはやっとかないとな。




