32.青柳本家
群衆男子視点
今日は土日を利用して青柳の本家にやってきた。
青柳に関しては月草が全採用権を持っているとはいえ、先代への報告と挨拶は必須らしい。
迎えの車に乗ってたどり着いた青柳の家は、予想以上にとんでもなくでかかった。
「……青柳んちって何やってんの」
「最初は建築関係から始まったそうですが、今は護衛が主ですね。特に黄の一族が緑の一族を襲ったり、群衆に対して無茶な要求をしないように警護したり見回ったりすることが多いです。青の一族は戦闘に長けた者が多いので、重宝されていますよ」
「……はあーなるほどな」
広すぎて落ち着かない庭を抜けて、端のほうのいくつか建物が並んでいる場所に着いた。こっちのほうは池や刈り込まれた植え込みとかもなくて、裏側という感じだ。
「ここが使用人棟です。現在本家で暮らしているのは先代と、次代の兄の勝様、それから次代の三人なのでそれぞれの使用人で使う棟が分かれています。勝様はほとんど外に出ていますので、主に使われているのはあちらの二つですね。
使用人は通いの者が多いので、ここは従者の部屋と護衛の休憩所と思ってもらって構いません」
手際よく説明する月草の言葉の中から気になったことを聞いてみる。
「青柳って兄弟いるんだ?」
「いますよ。長男の護様と次男の勝様、三男の次代の三兄弟です」
「なんで末っ子が跡継ぎ?」
こういうのって普通長男が継ぐもんだろ。
「長男の護様は恋人との時間を邪魔されたくないからと跡継ぎの座を捨てました。勝様は……控えめに言って脳筋でして。早々に跡継ぎは無理だと投げ出したそうです。
次代が跡継ぎなのは嫌なことを押し付けあった結果というところですね」
「自由すぎるだろ。特に長男」
「青の一族は恋愛至上主義ですから、これくらいのことは普通ですよ。
大切なことなので今のうちに伝えておきますが、職場は恋愛自由です。仕事さえ終わっていればどこでいちゃつこうと関知しないのが暗黙の了解です。逢瀬の邪魔をするとものすごく嫌われますから気をつけてくださいね。ちなみにあなたは同性同士の恋愛に抵抗はありますか?」
「おれは別に気にしねえけど」
群衆は子ども生むやつのほうが少数派だし、恋人だって気の合う特定の相手くらいの意味合いだ。だから男同士、女同士のパートナーも普通にいるし、おれ自身も男女にこだわりはない。
「だけど色付きは子ども生まないと増えないんだから同性同士ってまずいんじゃねえの?」
「他の一族では問題になるでしょうけど、青では普通ですね。子どもが多い家から養子を取るので、跡継ぎ等も問題はないですし」
「そんなんでいいのかよ」
「今のところ問題になった事例はありませんね。
……あと大事なこととしては、職場内での略奪は厳禁です」
「職場外ならいいみたいな言い方だな」
「もちろん職場外なら自由ですよ。大体、略奪してなかったら緑の一族が存在しません。緑の一族は黄の要人の侍女に恋をした青の一族の人間が、侍女を略奪したのが始まりですから」
「無茶苦茶だな」
「……外部からの方はまずここでつまずくんですよね」
月草は苦笑する。
「基本的に他人の恋愛を邪魔しなければ目の敵にされることはありませんよ。皆優秀なので仕事はきっちり終わらせてから恋人のところに向かいますから。逆に恋人に夢中で仕事が手につかなくなるような人間は馬鹿にされます」
「なるほどな」
とりあえず恋愛さえ邪魔しなきゃ、仕事に支障はないわけだ。
「ここがオレの部屋です。
一応独立した棟を丸々ひとつ与えられているんですが、ひとりなのでここしか使っていないんですよ。あなたはこっちの部屋を使ってください。掃除は入っているはずですから、一応換気だけしましょうか」
月草が次々と障子を開けていくが、使ってなかったわりにほこりっぽさはない。
「……つーかここ十畳くらいあるぞ。ひとりで使うには広すぎねえ?」
学園の寮の部屋は二段ベッドと机二つでほぼいっぱいだから、待遇の違いに内心でびびる。
「次代の従者ですからね。これくらいは普通ですよ」
それにしたって色々スケール感がおかしいだろ。
……庶民にはわからない世界だな。
とりあえず持ってきた荷物を置いて、机とか今日使う布団なんかを用意していると、時計を見た月草が言ってきた。
「そろそろ着替えておきましょうか」
渡されたダークスーツに着替えると、月草も自分の部屋からスーツ姿で出てきた。
「こういう格好も似合いますね」
「お前もな」
どうにも着慣れないおれと違って、月草のスーツ姿はさまになっている。
「それでは先代に挨拶をしに行きましょう」
靴箱から出てきた真新しい革靴をはいて、月草の後を追いかける。
*
「こりゃまた、ずいぶんと毛色の違うのを連れてきたじゃねえの」
「げっ」
面白そうに笑う着物姿の先代は……おれの知ってるじいさんだった。
向こうは気づいてないみたいだから、なんでもない顔で頭を下げる。
拍子抜けするくらい簡単に挨拶は終わって、ものの十分で使用人棟に戻ってきた。
「……どうかしましたか?」
月草が聞いてくるのに苦笑を返す。
「先代が知り合いだったんだよ」
「は?どういうことですか」
「前に商店街でボラれてるじいさんがいたんだよ。声かけたら妙に気に入られてさ。うちに来ないかって言われたんだけど、行きたいとこ決まってるからって断ったんだよ」
「……それが先代だと?」
「前に会った時は着物じゃなかったし、髪も帽子であんま見えなかったけどあのしゃべり方と声は間違いない」
「何してるんですかあなた……」
「不可抗力だって。まさかあのじいさんが先代なんて思いもしなかったっての。会ったのも一回だけだし気づかれてなさそうだし、知らないふりでやってけばいけると思うか?」
「……おそらく手遅れだと思います。この屋敷内のことはほとんど先代に筒抜けだと思ったほうがいいので」
「マジかよ」
「……まあ、気に入られているなら問題はないかと。それよりいくつか本家にいる間に片付けたい仕事があるのでついてきてくれますか」
「おう」
その後は学園に戻るぎりぎりの時間までひたすら仕事をして過ごした。
交渉だの決済だの接待されたりだの、普通なら従者のすることじゃなさそうな仕事も多い。
一部でも青柳にさせないのか聞いてみたら、気分次第で放り出されるくらいなら自分でした方が気が楽だという答えが返ってきた。
青柳は少なくとも自分の受け持ち分の生徒会の仕事はきっちりやってるんだから、案外こっちの仕事も振ればやるんじゃないかと思うんだけどな。
でもまあ確かに、今の状況で仕事放り出されてフォローにまわるくらいなら確実に終わらせていったほうがいいっていうのも一理ある。
それに仕事が減らない一番の問題は、青柳じゃない。
月草に任せておけばなんとかなるだろうと、どいつもこいつも月草に仕事を投げてくるこの状況だ。月草は月草で一切断らずにそのままやりきるから、一見何の問題もなさそうなのがタチが悪い。
今はぎりぎり仕事が回ってるけど、こんなん月草が一日二日体調崩しただけであっという間に破綻するぞ。
どれだけ優秀だろうが一人の人間にできることには限界がある。
早いところ力つけて何とかしないとマジでヤバいな。




