30.仕事モード(本編20の裏側)
群衆男子視点
次の日の放課後。借りた会議室で月草に渡された書類を整理していたら、生徒会の仕事を終わらせた月草がやってきた。
「失敗しました……」
珍しくへこんでるから何があったのか聞いてみたら、今日あいつにあいさつに行ったらしい。
「あなたと直前まで話していたので、思わずオレって言ってしまったんですよ。仕事モードに切り替えられなかったなんて、ありえない失態です」
「……べつにいいんじゃねえの?」
たしかに月草は仕事の時は自分のことを『私』と言うが、あいつはそんなこと気にしないだろう。むしろ、丁寧すぎる態度を取られるほうが居心地が悪いと思う。
「これからお仕えする人になんてことを……」
「気が早いな、おい」
「早くなんてありませんよ。だって完全誓言ですよ。ここまできて次代はまだ自覚はしていないようですが、あれは確実に恋愛感情です。
しかも完全誓言なんて……その場にいられなかったのが本当に悔やまれます」
「つーか完全誓言って何?」
あいつも誓言受けたとしか言ってなかったし、いまいちわかんないんだよな。
「完全誓言は、魔力契約の一種ですよ。誓ったことを魔力を使ってお互いの魂に刻み込むんです。普通の誓言の場合は誓約に反しても痛みを感じるくらいですが、完全誓言の場合は命を落とします。ですから一生涯でたった一人にしかできませんし、それだけ相手のことを深く思っているということになるんですよ」
「あいつそんなヤベえもん受けてんのかよ」
一生涯にひとりって。そりゃ、あのウザいのが殺そうとするはずだ。
「……つーか、あいつが死んだらその完全誓言ってどうなんの?」
「相手が死ねば完全誓言は無効になります。誓いを捧げる相手がいなくなるわけですからね」
「なるほどな」
……でもこれって群衆の場合どうなるんだろうな?
おれらは死んでもまた出現するけど、死んだ時点で契約がリセットされるのか?それとも、死んだやつがいた場所に新しく出てきたやつに引き継がれるのか?……死んでどこかで新しく出現するやつについてきても困るよな。
そもそもおれらに魂なんてあるのかな。
……まあ多分、こんなこと考えても仕方ないんだろう。
「どうかしましたか?」
「ん。なんでもねえよ。とりあえず、あいつは丁寧すぎる態度取られたら逆に困ると思うぞ。もう『オレ』のままでいけば?」
「ああ失態です……」
月草は両手のひらに顔をうずめて机の上に突っ伏した。
「お前意外と引きずるのな」
「あなたの前でだけですよ」
「おら、しっかりしろよ上司!とっとと仕事片付けるぞ」
丸まった背中をぱんと叩いてやると、月草はのろのろと体を起こした。
「……そうですね。仕事は待ってくれませんからね」
「とりあえずもらった書類、重要度が高そうなのからまとめたから確認してくれよ。判断つかなかったのはこっちにまとめてるから」
「助かります」
寮の門限まであと二十分。これは明日からは遅延申請を先に出しといたほうがよさそうだな。




