27.石と名前
緑川視点
突然だけれど、僕は群衆の顔がまったく判別できない。
顔のつくりもわからなければ表情も、年齢すらもわからない。
他の者たちは、注目さえすればなんとなく違いもわかるし表情もわかるようになると言うから、僕の個人的な資質の問題だろう。
だから僕はそばに置く群衆には目印をつける。
他の群衆の中からでも僕のものだとわかるように。
「この中から好きな石を選んでもらえるかい?」
あの群衆の男子生徒が紹介してくれただけあって、かなり使える生徒に向かって問いかける。
彼の前には五つの石が置いてある。
少し悩んで彼が選んだのは、茶色くて光に当たるとすじが浮かび上がる石だった。
「虎目石だね。これで装飾品を作らせるから常に身につけるように」
彼が退出すると彼が選んだ石を柚葉が取り除き、新しく石を置いて次の者を呼ぶ。ひとりずつ同じ作業を繰り返し、最後に女史が入ってきた。
女史の前に並べられたのは、赤、薄紫、ピンク、黄色、灰色の五色の石だ。ふと机の上を見て、そこに予定していなかった緑色の石があるのに気づいた。さりげなく手にとって自分のポケットにしまいこむ。
女史が選んだのは薄紫色の石だった。
「翡翠だね。これで装飾品を作らせるから常に身につけるようにね」
ぺこりとおじぎをして女史が退出したのを見届けて、ふうとため息をつきながらソファに沈み込む。
「ねえ主ーこれ全部翡翠ですよね?」
石を片付けながら柚葉が口のはしに笑みを浮かべて言う。
「……女史には翡翠の名を贈りたかったんだよ」
「こんな回りくどいことをしなくても、自分で付ければいいじゃないですか」
「いつもと違うことをすれば目を引いてしまうからね。少しの危険も排除したい」
群衆には名前がない。だが、ある一定の期間色付きから呼ばれ続け世界に承認された名前なら、準市民として登録できるのだ。
準市民になれば戸籍もできるし、群衆には許されなかった各種の待遇が受けられるようになる。
僕が群衆たちに石を与えているのはよく知られたことだ。
与えた石の名で呼んでいれば、まわりの人間たちも追従する。こうして今まで何人もの群衆に名前を与えてきた。
世界に承認されていない名前を付けることもできるが、多額の金か馬鹿げた量の魔力が必要とされるため、群衆のためにそこまでやる人間はまずいない。
「この色でいいんですか?」
柚葉が女史の選んだ薄紫色の石を光にかざす。
「もちろんだよ。……これも片付けておいて」
ポケットの中の緑色の石を柚葉の手のひらに落とす。
「余計なことはしなくていい」
「はいはい。かしこまりました」
僕は敵の多い身の上だ。弱みになりそうなことなど、見せるわけにはいかない。
しばらくソファに座ったまま、従者が石を片付ける音をただ聞いていた。




