19.対岸の火事(本編11の裏側)
緑川視点
昼休み。いつもどおり女史を迎えにきたら、
「どーも。緑川先輩、ちょっと寄っていきません?」
女史と一緒に群衆の男子生徒が近寄ってきた。
「ここだと危ないんで、奥のほうにどーぞ」
おそらくこの男子生徒が女史を僕の所に送り込んだ相手だろう。
「一体何を始めるつもりだい?」
「失礼します」
「月草、きみも関わっているの」
近くに寄ってきた月草が目眩ましの結界を張る。
「普通に話すくらいは構いませんが、大きな声を出すと聞こえますから気をつけてください」
詳細を問いただす暇もなく、それは始まった。
バン!と激しく教室の扉が開いた。
「あたしの邪魔をしてるのは誰なの!」
飛び込んできたのはピンク色の頭を振り乱した妻紅だった。
「シナリオどおりにやってるのにおかしいと思ってたのよ。毎日緑川がこのクラスに来てるのはわかってるのよ。いるんでしょ、この中にあたしの邪魔をしてるやつが!」
「いい感じにピンク頭にターゲットにされたな」
「が、がんばりました……」
この状況で普通の様子で会話をする二人。
「あんたも転生者なの?でも残念だったわね。茶色なんかに生まれたんだから諦めなさいよ。モブごときが主人公の邪魔をしていいと思ってるの?さっさと出てきて殺されなさいよ!」
彼女は誰に向かって話しているのか。目眩ましで見えなくなっている僕たちを除けば群衆しかいない教室に向かって妻紅は話しかけ続ける。
「ふふふ……出てこないのね。どれかわからないなら皆殺しにすればいいのよ。あたしの邪魔をするやつはみんな死になさいよ。ほら、殺しなさい今すぐに!」
妻紅は彼女の使役獣らしい小鳥に向かって命令するが、小鳥はピイピイと拒否をする。
「あたしの使役獣なんだから命令どおりやりなさいよ!」
「……あれはいけないね」
元々使役獣は自分たちよりずっと高位の存在だ。あんな扱いをしていたら最悪の場合、喰われても仕方がない。
このままだとまずそうだったので自分の使役獣に頼んで、彼女の使役獣をこの場から退避させてもらう。
「ちょっとどこ行ったの?なんなのなんで言うこと聞かないのよ!なにが悪いのおかしいじゃない。シナリオどおりやってるのになんで!死にたくない死にたくない死にたくない……」
「あのウザい女、何かあるんですよね?緑川先輩なら知ってるんでしょ。でなきゃ仕事もしないやつが生徒会室に出入りするのを放置しておくはずがないっすもんね?」
群衆の男子生徒の声に、妻紅からこちらに意識を引き戻される。
「なにがあるのか知りませんけどとっとと解決してくださいよ。
……でないと使えるこいつも死にますよ?」
後ろから女史の両肩に手を置いて、男子生徒は言う。
「緑川先輩、おれらと一緒に同じ鉄板の上で踊りましょうよ?」
顔が見えないから表情はわからないが、彼はいたずらが成功した時のような明るい声で言った。
……やられた。姫なんてどうでもいいから傍観していたのに、いつの間にか当事者にされている。対岸の火事だったはずなのに、引きずり込まれてしまった。
思わず男子生徒から女史を自分のほうに引き寄せた。
このままやられるのもしゃくなので最後の悪あがきをする。
「女史だけうちで保護するという方法もあるんじゃないかな」
「こ、この状況で生き残るくらいなら、囮になって死んできますっ」
「……ちょっと?どうしてそういう話になるのかな」
他でもない女史本人に拒絶されてしまい、悪あがきもあっさり破綻する。
「……やられました。完敗です。非常用連絡手段なんて本当はどうでもいいんでしょう?」
「いや、そこは許可してもらえたら色付きと情報共有しやすくなるんで。引き続き検討交渉してもらえると嬉しいっすね」
「……抜け目ないね。ねえ。きみ、僕の所に来ない?」
「申し訳ありませんが、オレが交渉中ですのでご容赦を」
月草がすっと僕の前に入ってくる。
「優秀な人材はどうしても取り合いになるね。もし折り合いがつかなかったら僕の所においで。きみなら喜んで雇い入れるよ」
男子生徒は苦笑したようだった。
「……ところで、さっき言っていた囮というのは何なのかな?」
女史が死ぬ覚悟が必要なことをしているのなら、危険は取り除かないといけない。
「あ、青柳様と彼女から妻紅様の目をそらす役割です……」
「青柳に恋人がいたのかい?」
それは初めて聞く情報だ。
「いいえ。次代にとっては自覚もなく気になっている相手というところです。……今のところは」
「それは恋愛に発展しそうなのかな?」
「……次代の恋愛にご興味が?」
「もちろんだよ。恋愛には人間性が如実に出るからね。今の青柳は底が見えなくてどうにも将来の取引相手としては不安が残る。取引相手についてはきちんと調べておかないとね」
「それじゃ、こいつと一緒に頑張って注目分散させてくださいね?」
「……承知した。妻紅の問題は早急に解決しよう。女史を危険にさらすわけにはいかないからね」
「解決して落ち着いたら、他にも使えるやつ紹介しますよ。特にうちの学年、青柳関係で忙しくて就職活動できてないやつ多いんで」
「きみは本当に人を動かすのが上手いね」
「あざっす」
「仕方がないからのせられてあげるよ。女史も、僕が動いている間は危険なことをしないようにね?」
「は、はい。もちろんです……」
妻紅の目的はおそらく『姫』として認められることだろう。
さて、どうすれば効率よく解決できるかな?腕の見せ所だね。




