16.緑川と群衆女子
緑川視点
「やあどうも初めまして、かな。緑川結絃です。今日はどういった用件かな?」
小さな声で挨拶をして頭を下げた群衆の女子は、机の上に置いたノートパソコンのモニターをこちらに向けてきた。
「『非常用連絡手段へのご理解とご協力のお願い』?……どういうことかな?」
『先日青柳様が非常に危険な状態になっていたのをご存知でしょうか。今までは群衆の中だけで情報を共有していましたが、今後危険回避の精度を上げるため色付きの皆様とも情報共有が必要だと考えています』
……モニター越しにしか話さないのは、話せない子なのかな。いや、さっき一応蚊の鳴くような声で挨拶をしていたから会話が苦手な子なんだろう。なにもわざわざ向いてない子をよこさなくてもいいのに。
「ちなみにそっちの左手では何をしているの?」
彼女の発言が映し出されるモニターを操作するのとは別に、彼女の手がつねに動いている。どうも小さな端末を操作しているようだけど、何をしているのか気になるね。
『緑川様の話されたことを記録しています。言った言わないの記憶論になるのは時間の無駄ですから』
「なるほど、合理的だね。見せてもらってもいいかな?」
『どうぞ』
そうして見える位置に差し出された小さな画面には、先程までの自分と彼女の発言が寸分違わず記録されていた。
書記の出してくる、レコーダーを使ってさえやる気もなく雑な議事録とは比べるまでもない。
「きみ、生徒会に来ない?」
思わず勧誘すると、
『お断りします。今の生徒会は安心して仕事ができる環境にはなり得ません』
ノータイムできっぱり拒絶された。
「僕は配下たちは守るよ?」
『必ずと言えますか?その場限り守っていただいても根本的な解決にはなりません。火薬庫のような生徒会に近づくのは危険しか感じません』
再度重ねて拒絶される。
「ずいぶんとはっきり言うね」
『事実ですから』
「……だからこその『非常用連絡手段』なのかな?」
『詳しくは別の者がお話しします。本日は別件で動いているためお会い出来ませんが、ご都合伺えれば日程を調節します』
あえて今日会わないことに意図を感じる。
「なるほどね。今すぐには日程は答えられないから少し待ってもらえるかな。……それにしても、きみのその技術は素晴らしいね」
断られてしまったが、彼女の技術は素直に惜しい。
『技術を評価してくださって嬉しいです。生徒会以外の用事ならお手伝いしても構いませんよ』
「それは嬉しいね。それじゃ連絡先を教えてくれるかい?」
『いいえ。群衆相手だからといって、メール一本で好きなときに呼び出せると思わないでください』
「……なるほど、三顧の礼だね。承知した。きみに仕事を頼みたいときには僕の方から足を運ぶよ」
『わたしのクラスは二年一組です。普段は教室にいますので、入り口で呼んでくだされば伺います』
彼女をよこした人間の意図は読みきれないが、さしあたっては彼女を使ってみろということだろう。
有能な人間は好きだ。さあこれからどういう展開になるのか、今から非常に楽しみだ。




